第30話 生か死か
パーティーが行われる会場は、ロサンゼルスの郊外に位置し、ネバダ州に近い。
百年以上前に建てられ、保存のために何度か建て替え工事を行い、今もなお当時の形を残している。
「おびただしい数の怨霊の溜まり場となっている……か」
「今は動画配信者の溜まり場となっていますがね」
シンは運転席で、リックの独り言に丁寧に答えた。
向かっているパーティー会場は、幽霊が出ると噂されている。髪の長い女が出ただの、子供の笑い声が聞こえただの、動画配信者たちの的となっていた。真実は分からないが、ホテル側も暗黙の了解としている。
駐車場には黒い高級車だらけで、間に挟まれながらリックたちは降りた。
「建物の構造は、頭に入っていますね」
「ウィルにも叩き込まれた」
「よろしい」
今夜はここに宿泊することになっている。もちろんシンと同室だ。一応、パートナーという間柄なので、もし聞かれたときに別々の部屋だと怪しまれる。
かしこまった席ではないと言われていたが、スーツを着て正解だった。
監督を見つけるには簡単だ。人だかりを見つければいい。
人の波をくぐってイアン・エドニーの元へ行くと、彼は片手を上げて答える。
「ありがとうございます。君も来てくれてよかった」
「こちらこそお誘いありがとうございます。彼は僕のパートナーのシン・オーズリーです」
同性愛者に理解があるのか、イアンは嫌な顔一つせずシンを迎え入れた。
もう少し話したかったが、イアンは次々ともみくちゃにされて距離が遠くなっていく。
山盛りのフルーツやステーキ、真っ赤なスープに浸る野菜。口にするには勇気がいる。
リックはフルーツに手を伸ばし、イアンと話す機会を待ち続けた。だがそのような時間は訪れはしなかった。何かが起こりそうで起こらない時間がもどかしくて仕方ない。
お開きとなる前に部屋に戻ると、シンは冷蔵庫を開ける。
「焦りは禁物です」
シンは冷たいミネラルウォーターを口にする。リックも分けてもらった。アルコールの摂取は控えていたが、香りにやられてしまうのだ。
「彼もお酒の類は口にしていません。今夜はここに宿泊するらしいですし、何かあるとすれば今夜です」
シンは冷静で、観察眼がある。こうして見ると、ウィルといいコンビだ。前線で迷いなく銃を構えるウィル、裏で流れを読むシン。氷と炎のように対照的でも、うまく混じり合っている。
「スマホばかり見ていないで、頭を冷やしましょう。……今のあなたを見ていると、恋人の帰りを待っているように見えます」
「待っているのはウィルからの連絡なんだけどね。ちょっと言い合いをしてしまって、いい別れじゃなかったんだ」
「どうせ彼の心配性が原因でしょう。どうやら頭を冷やすのは彼の方だ」
「シンに対しても心配性なのか?」
「ええ。まさしくその通り。でも、彼の隣が心地良く感じているのも事実なんですよね」
「それはちょっと分かるかも」
リックはシャワーを浴びた。しばらくじっとして強めのシャワーを頭から浴びた。
戻ってくるとタイミングを見計らったように、部屋の電話が大きな音で響いた。リックもシンも一瞬身を固くした。
「僕が出るよ」
手を伸ばそうとする手を、リックは制止した。
「ハロー?」
『夜遅くに申し訳ない。イアン・エドニーです』
部屋番号は教えていなかった。泊まることすら話していない。ひとりであれば、音もない鎖で身動きが取れなっていた。隣にいる警察官がいるだけで、なんとも心強い。
「何かご用ですか?」
『本格的に俳優の道に来ないかと、君を誘いたいんだ。ぜひ、ホテルのバーで飲みませんか? もちろん、あなたの恋人も一緒に』
シンはベッドを指差す。
「寝てるんですよ。起こすのが申し訳ないので、僕ひとりで行ってもいいですか?」
『モリスさんがよろしければぜひ』
「では、今から伺いますね」
電話を切っただけで、どっと疲労が押し寄せてくる。背中がじんわりと暑かった。熱は留まる一方で、汗が吹き出す。
「念のため、銃を持ちますか?」
「いや、バーなら人の目もあるし、逃げようと思えば逃げられる。ちょっと話を聞きに行くだけだよ。まさか本気で俳優にスカウトなんて思ってないしね」
「部屋に来るように誘われたら、絶対に断って下さい。約束してくれないと、あなたをここから出せません」
「分かった。約束する。わざわざ危険に突っ込まないよ」
「…………そうですか」
嘘つき、とリックは自身に鞭を打った。
銃の代わりにはならないが、服に盗聴器と発信器をつけてもらい、リックは廊下に出た。
ホテルには、シンの他にも警察官が待機していると聞く。いざとなれば迷わず引き金を引く組織だ。心の拠り所にはなる。
カウンター席に、イアンが座っていた。数人の客やバーテンダーとも交わることもせず、グラスを見つめている。
「疲れていませんか?」
「まだまだ平気ですよ。何か頼んでもいいですか?」
「もちろんですとも。私の奢りです」
彼は赤い液体の入ったカクテルを飲んでいる。度数が分からないので、同じものを注文する気にはなれず、ミモザを注文した。オレンジジュースとシャンパンのカクテルだ。
半分ほど口にすると、イアンは先に話し出した。
「電話の通りなんですが、次はあなたを主役として、売り込みたいと考えています」
「どうして僕なんでしょう? 演技の経験はないし、花があるわけでもない。選ばれる理由が分かりません」
リックはばっさりと切り捨てた。
「自然の美しさがあるんだ。オーラがあり目立つタイプではないが、人の目を惹きやすい。おまけに新しいことへの挑戦する気持ちや思い切りもある。君が今、していることだよ」
太股に、何か硬いものが当たる。
イアンのズボンがおかしな形に膨れていて、想像した通りのものであるなら、一瞬で命を奪われる。
視線を上げると、イアンは表情は一切崩さず柔らかい笑みのままだった。
「別の場所で飲み直さないか?」
「奇遇ですね。僕もそう思っていたところです」
「いい場所を知っているんだ」
イアンはブラックカードで支払い、リック腰に触れた。
逃げようと思えば逃げられたが、近づいてきたスーツの男は仲間だ。二対一では到底逃げられない。盗聴器も発信器もあると言い聞かせ、リックは真ん中に挟まれてバーを出た。
「一緒にいた男性は警察ですか?」
「恋人だって言ったろ」
「なるほど。あなたは普段、そんな言葉遣いなのですね。お互いにざっくばらんに話ができると嬉しいです」
エレベーターに乗ると、スーツの男は遠慮もなく背中に不躾なものを押しつけた。
「黄色い声ならいくら向けられても嬉しいんだけどね。そういうものは嬉しくないな」
「聞かれたことに答えれば、撃たない」
低めの声で、男は答える。
今のでシンには何をされているか、状況が伝わったはずだ。あとはひとりでどこまで動けるか。
イアンの泊まる部屋は、スイートルームだった。ソファーが二台置かれても走り回れるほどの余裕があり、奥にはカーテン付きの大きなベッドが見える。
イアンはリックをソファーに座るよう促した。
「あなたは神なのか?」
イアンは笑顔でいるというより、笑顔を貼りつけている。べっとりと塗りたくって、皮が厚い。この人は心の底から笑ったことがあるんだろうか。
だがリックの質問に、面食らった顔をして一瞬だけ化けの皮が剥がれた。
「神か……そうだね。私をそう呼ぶ人もいる。神の代わりなだけなんですがね。神はすでにこの世にいないのだから」
「組織は主に何をする? 消えた子供たちはどうした?」
「あなたは少し知りすぎている。落ち着いて話をしましょう」
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