第7話 オーパーツ/レガシー

「私は機械が苦手だ」

 断言出来るほどに私は機械音痴である。亡くなった父親も又、機械音痴ではあった。でも、私達親子はそうであるのにも関わらず、機械と向き合って生活をしている。

 というよりも、このご時世で機械を使わずに生活しろだなんて不可能に近いでしょう。でも、父の生きた時代は機械と生活が本格的に融合しようとしていた時代だった。それまでは機械に頼らずとも生きても可笑しくは無い時代だった。でも、それが次第に当たり前になっていこうとしていた時に、父は断固として嫌がっていた。

 その結果、父の仕事が上手くならなくっていった。周りから置いていかれた。時代から取り残されていった。

 だから、私は当時では旧式だった安めのパソコンを父にプレゼントした。安いとは言っても当時の私には結構な大金であった。

 父は渋々、というよりかはかなり嫌な顔をしながらも使ってはいた。実際に、父はその後に新しいパソコンを買うほどになるけど、私が買った旧式のパソコンをずっと使っていた。傷だらけになるまで使ってくれるなんて、どこか嬉しくはあった。だって、ボロボロじゃ無いと言う事は、父は全然使っていないと言う事だから。

 まあ、せめて父のことだから癇癪を起こしてパソコンを叩いていないことを願っている。

 そう思えば、このパソコンを買った場所――というよりかは譲ってくれた人の事で思い出した。

 あの盲目の旅人の事を。

 あの人はどこに行ったのだろう。今あの人はどこで何をしているのだろうか。


 父の書斎に入り、パソコンを起動した。

 けたたましいファンの稼働音が鳴り響く。暗い画面に緑の文字が表示される。

 正直、小さい頃から、この乱数が何を意味しているのか今でも分らない。

 使用にまだ時間が掛かりそうだ。

 私は父の書斎に置いてある本棚を見た。

 昔から変わらない。英語で書かれた分厚い本と小説が沢山あった。

 どれも小さい時に私が父の書斎に入っては、手に取りそこに書かれた内容を理解しないで見ていた。ただ、挿絵を見ていた。挿絵と言うべきか文字と言うべきか、それが何であるのかは分らない。と言うよりかは何を見ていたのか思い出せない。

 ひとつ本を手に取り、中を開いてみた。

「違う」

 別の本を手に取り、開いた。

「これでもない」

 1段目の本に目を通した。

「ここにもない」

 2段目3段目、全て見たがここにはなかった。

「どこにもない」

 本棚にあった本が足元で散らかっていた。

 あの紋章はこの本棚にあったはずなのに、どこにも見当たらない。

 疲れてパソコン前の椅子に座る。

 いつしかパソコンは使用可能であった。

 ファイルを開き、最後の父が残したメッセージを見る。

 遺品整理以来だ。

 そのメッセージには父に関する過去について書かれた。

 その中にはあの忌まわしき、あの放火事件について書かれたモノもあった。

 父の幼少期の友人――だった人が大勢の人を殺した事件だった。

 その人はまだ生きているらしく、どこかでひっそりと闇に紛れて暮しているそうだ。

 その他にも父には仲の良い友人が一人いた。芥原さんと言う名前で確かおじさん同士が友人らしくて、知り合ったそうだ。

 芥原さんとは父の葬式で会ったのが最初で最後だった。

 芥原さんは二十三歳の時に行方不明になり、それから四十年後に発見された。

 彼はその間の事を一切、警察や親族には話さなかった。私の父だけを除いて・・・・・・。

 私は一度だけ、父と芥原さんの会話を一度だけ聞いた事がある。

 確か「神様の操り人形を見つけた」と言っていた。

 その晩、父と芥原さんはどこか出かけて、翌日のお昼になるまで帰ってこなかった。

 二人の顔は神妙だった。それから二人は、なぜだか放火犯の話をしていた。

「アイツは不幸だった。最初から最後まで不幸な人生を送るだろう。だけど、せめてもの慰めだ。彼の復讐に乾杯」

 二人はいない放火犯に向けて、祝杯をした。

 二人が何をしたのかは分らない。でも、悪い事をしたのは間違いなかった。

 それから長い年月が経ち、父の葬式に来た芥原さんは私に言った。

「本当に済まないことをした。君のお父さんと私は神様の操り人形を殺して、悪魔になった。これで地獄に落ちることは間違いない。だから、死後の世界で君とお父さんが会うことは出来なくなってしまった」

「そうですか・・・・・・ひとつだけ教えて下さい神様の操り人形って何だったのですか? 」

「いつの世も人間社会に不幸を振りまく人の形をした病気だよ」

「それって、あの放火犯の事ですか?」

 私の問いに芥原さん怖い目でにらんだ。

「確かにあの事件でアイツは大勢の不幸を招いた存在にはなった。でも、それはアイツ自身が最初から病気だった別けでは無い。あそこにいたのは被害者と加害者という明確な境界で別れていない。あそこには少なくともその両方を司っていたニンゲンモドキがいた。ソイツは事件後も生き延びていた」

「あの事件で生き延びたのは放火犯だけじゃない! 」

「そうだな。私達を除いて、その生き残りがいたのを知っている人はいない。記録も自動的に抹消される」

「何を言っているの? 一体何を話しているの!」

「言っても信じないが、あの現場には二人だけ生存者がいた。私達の友人ともう一体。それが神様の操り人形――怪物の正体だ。ソイツを壊すと世界のバグを処理されるように存在が抹消される。だが、ソイツが残した爪痕はちぐはぐに残され、世界から孤立する。また、それを壊した存在にもペナルティとして死後はデータを消される」

「データとか末梢とか、世界はパソコンのシステムじゃ無いんですよ!」

「じゃあ、君は父のパソコンを探すと良い。そこに全て書かれている。私達は適当な神様によって造られた世界で演じられている役者なんだって」

 そういうと芥原さんは私の元から去って行った。


 それからのことだった。

 私は父のパソコンを調べると一台だけ、動いていた。

 この世界のモノでは無い存在。この世界たちと反発する存在。

「人の記憶は消えたとしても、傷跡は残される」

 ポップアップ表示されたメッセージを閉じると、多くの人生が書かれていた。

 その人がどう生きて、どのように死んでいくのか記載されていた。

「まさかこれが彼女が言っていた『神様のテキスト』と言うべきだろうか。造られた世界と思っていたのにいつしか現実を書いていた」

 いや、父が造った世界を現実にしようとするモノ達がいたのは明白だった。

 こんないい加減な世界を奪った存在がいた。その責任を取るべく、父と芥原さんはソイツら探した。父達は神様の操り人形を倒したと言うが本当に全て終わったことなのだろうか。

 それが分らない限り、このパソコンを壊すわけにもいかない。

 でもそれは、ここに書かれた者達が自由にはなれない。決まられた人生を歩むことになる。あの放火犯みたいに抗えず、無意識に演じられてしまう。


 訪問鈴がなった。誰かが尋ねてきたようだ。

 私は父の書斎を出ると玄関に向った。

 私がドアに手をかけると

「ドアは開けなくて良い」

「えっ?」

「このままで良いんだ。ただ、私の質問にさえ答えれば良い。君は人生が自分で思うまま造れるとしたらどうだ? 辛い事は消して、楽しい現実を謳歌するだけで良いと思った事はないかい?」

「それはありますけど――でも」

「でも?」

「人生って、辛いことも嬉しいことも両方大切だと思うの。上手く言えないけど、辛い出来事も皆が助け会うことが出来れば、それは必要なアクションなのかもしれない。むしろ、楽しい現実だけが世の中なら、誰も他人に対して無関心になってしまうのではって思うの! 」

「そうか――なら、この世界にアレは必要なくなった」

「えっ」

 ドアの向こうから大きな破裂音がなった。

 私は後ずさりするようにドアから離れた。

 扉の中心にぽっかりと焼けた穴が開いていた。それと対になるように私の体にも肉片がむき出しに大きな穴が開いていた。

 一定の間隔で血が噴き出していた。

 私は急いでその場から離れた。

 這いずりながら父の書斎へと逃げた。

 体の感覚が徐々に消えていく。既に足の感覚がない。

 書斎に辿り着くとパソコンが床に落ちていた。

「ああ――」

 私は急いで両腕で駆け寄った。

 パソコンを起し、画面を見ると大きなひびがはいっていた。そのひびの中心には。大きな穴があった。暗い画面に反射する私の姿が映し出され、私に開けられた風穴と画面の穴が一致する。すると突如として画面に一人の人物が表示された。

 そこには私のデータが映し出されていた。私の人生がことごとく詳細に記録されていた。だが、最後の記述が可笑しい。私は幼い時に流行病で亡くなっている。

 なのに私は生きている。どうしてだろうか。

「ああ、私は彼女では無く、造られたデータだったのか。私は父によって造られた娘の模造品――機械でしかなかったのか・・・・・・」


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