第2話 傷跡の記憶

 私があの人に出会ったのは、今から遠い記憶。

 それは脳内の記憶が覚えているのではない。

 私の体にいくつも付けられた傷痕が、今の私に教えてくれるのだ。

 あの人と出会った、違う、この傷が出来たのは私が七年目のことだった。

 私が他の子と比べたら頭の悪い子だったから、あの人は私を叩いたの。

 強く、二回叩いたの。

 痛みは我慢出来たから、痛いと伝えなかった。

 もし私があの人に何か言おうものなら、癇癪(かんしゃく)を起こしてご飯もくれないのである。

 でも叩いてくれたおかげで私は、一時的に他の子達と一緒に遊べるの。

 

 疲れたからお休みが欲しいな。

 ある日、あの人は笑顔で家に帰ってきた。

 あの人の側には知らない子が手を繋いでいた。

 私はそれを見て思ったのだ。

 私はいらない子なんだって。

 でも嬉しいことにあの人は全く私の事を見てくれなくなった。

 それは今までみたいに叩かれる事がなくなったのである。

 ご飯はくれないけれども、私はそれでも良い。

 あの人が笑顔でいてくれるなら、私はそれで良いのだ。

 

 ある日突然リビングで、あの人は泣いていた。

 ドアの隙間から覗くと、あの子が眼を閉じて寝ているのが見えた。

 父は何度もあの子の体を動かしても、変化は無かった。

 お医者さんが言うには流行病のウイルスに感染して、死んでしまったのである。

 父はその晩、誰もいない部屋で泣いていた。

 あの子の姿はどこにも無い。

 お医者さんが引き取っていったからである。

 父の手元には、いくらかの金銭が残されていた。

 私は思い切って、声を出した。

 声を出したら昔、父に怒鳴られたけど、私は父を励ましたかった。

「私はここにいるよ」

 すると父は顔を上げて、私がいる部屋の扉を開けて入ってきた。

 私は父に微笑む。父は私をそっと抱きしめてくれた。

 一人にして済まないと何度も父は私に謝っていた。

 私はその度に、

「私は大丈夫だよ」

 と返事をした。 

 

 それから父は私を大事にしてくれた。

 無くなったあの子の為にも。

 父は良く、娘の話をしてくれた。

 娘は本当に良い子で、日本という国に行きたいと何度も祖国に帰る度に懇願こんがんされた。

 娘は私の事も知っているようで、いつか私が大人になったらこの子を私に下さいと言っていたそうだ。

 だから、私には許嫁がいると言うことを冗談まがいで父は良く言っていた。

 そしてもし娘と会うことがあれば、父のことを娘に伝えるよう私に言った。

 私は多くの事は出来ないが、この父の願いだけは守ると誓った。

 私はこんな父との時間が続けば良いなと思った。


 でもある日、父が死んでしまった。

 私は一人ぼっちになってしまった。

 残されたのは昔の傷痕だけだった。

 知らない大人達が私を無視する。

 そしてようやく私に気が付いたと思えば、

「これも処分しておきますね」

 と重いだの悪態をつきながら、私を父の部屋から連れ出そうとした。

「待って!」

 すると突然、若い女性の声で彼らを引き留めた。

 彼女は私を見ると、

「ここにいたのね。ずっとあなたのことを探していたわ」

 と涙ながら言った。

 私も彼女に出会えたことに涙しながら、父が娘に託した事を伝えた。

 何度も何度も止まったが、父が伝えたかった言葉をそのままを伝えるのに必死だった。

 私は全てを彼女に伝えると、

「今までご苦労様。ここでゆっくりおやすみなさい」

 彼女は私のまぶたを手で閉じた。

 そして私は永遠の眠りについた。

 父がいたこの部屋で。

 データはもう無いけれど、私の記憶は体の傷と共に残るから怖くない。

 だってここにいれば、いつも父と一緒に居られると、そう感じるからだ。


娘は最後に亡き父の書斎に壊れたパソコンを設置した。押し入れには、何台かパソコンがあったけど、娘は自分が初めて父にプレゼントしたパソコンを選んだのだ。安くて当時でも旧品ではあったが、娘にとっては思い入れのあるパソコンなのだ。

周りは傷だらけで、父がずっと使ってくれたのだろう。

娘は亡き父の書斎を出た。



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