第129話 ※融合解除

「……ん?」


 時間と隙を大幅に無駄にした五香だが、それでも気付いたことはあった。


(……いくら何でも再始動が遅くなかったかァ?)


 上昇気流が起きた時点で相当の熱になっていたはずだ。凍結なんてとっくに溶けていただろう。だというのに動き始めたのはついさっき。


「動けなかった理由が凍結でなかったとしたら、ヤツには熱に関する別のルールが働いている……?」


 相手はこちら側の世界にいない未知の生物だ。強みも未知なら、弱みも突拍子もなくて単純なものなのかもしれない。

 ジョアンナとフィオラが前衛で気を引いている間に、なにかを掴むのはそう難しくなさそうだった。


「逆だとしたら……攻撃のために熱を発しているのではなく、熱が無ければ動けないみたいな……」

「もう一回冷やせばわかることだろう?」

「頼む!」


 メルトアの胸から首、そして頬まで霜が降る。

 そして高圧で超冷却ガスが再び放たれ、ドラゴンに向かって放物線を描く。


(……半ばガスというよりは放たれた時点では液体だな。気体になるのは着弾して周囲との接触面積が増えた直後。この液体、多分混竜種ドラゴニュートの身体から発生しているとは思えないくらい極低温だ。プラスして、そんな低温でも構わず『気化』するような圧倒的な沸点の低さ。

 物凄く冷たいものが、物凄い勢いで、物凄い熱を奪うバカのトンデモSF液体!)

「うう、寒い。あまり使いたくないなぁ、これは」


 当の冷却ガスを使ったメルトアは、寒さに自分の身体を抱くような姿になっていた。

 普段の五香ならここで『温めてやろうかァ? 人肌で』と言っていたかもしれないが、霜の降っている今のメルトアに触れば賢人種サピエンスの肌など一瞬で剥がれ落ちるだろう。


 まともな生物ならまず耐え切れない。寒いで済んでいるメルトアがおかしいのだ。


(どう反応する!?)


 ドラゴンの様子を注視する五香。

 相手の使った手段は、迎撃だった。


 尻尾を勢い付けて一振り。すると鱗がバラリと宙で解け、すべてが自分に向かって落下してきていた液体をつんざくように突き刺さる。


 ボン、と音がしたかと思えばガスの勢いは削がれ、宙で四散してしまった。


(迎撃行動を取った……ってことはやっぱ本体に当たるとヤバいってことかァ。にしても、液化ガスが宙で熱されたら普通空気の膨張で雷鳴もかくやってレベルの音が鳴るはずなんだがなァ)


 異常現象の近くにいるというのに、普通に息が吸えるし、普通に生きていられる。この不条理さは先ほどの太陽と見紛う発光をしていたメルトアの傍にいたのに、何故か火傷一つしていないあの状況に似ていた。


(カタログスペックに比して人類に優しすぎる。ウルトラマンかよ)

「五香お姉! アレ!」

「ん……!」


 メルトアが寒さを忘れたように、興奮気味に指を差す。

 五香もすぐに劇的な変化に気付いた。


「なるほど。面白い! アイツ、そういう仕組みかァ!」


 質量的に、放物線を描いていた冷却ガスを迎撃したのは間違いなく尻尾の鱗部分だけだ。だというのに、その部分には裸になった尻尾はない。

 スッパリと途切れていた。斬り落とされたかのように。


「仕組みは相変わらず不条理すぎてわからない! でもルールはわかってきたぜェ! アイツの肉体部分はしか存在できない! と言い換えてもいい! 三割くらいなら剥がれても問題ないようだが、五割、六割くらい剥がれると中身にくが消滅する!」

「最初からハリボテみたいに存在しなかったのではないのか?」

「いや。瓦礫への沈み方と身動ぎの仕方でわかる! 明らかに鱗だけでは説明できないくらい重さが減ってる! 急に尻尾が切れてバランスが取れずフラフラになってるしよォ!」


 それと、冷却ガスを迎撃した鱗はすべてがクッキーのようにボロボロに砕け、真下に落下する。

 やはり低温に弱いようだ。ただ冷やされるだけで自壊するほどに。


「よし! 様子見は終了! 次はなんとしてでも冷却ガスをブチ当て――」


 ブチ当ててやる。五香のその言葉が言い終わることはなかった。

 バラリ、とドラゴンの鱗が解けたからだ。今度は全身が。


「は?」


 なんのつもりなのか。その答えはすぐに理解できた。そもそも、何トンあるかも不明な巨体で、倒壊した後のビル跡地という最悪の足場で戦おうとしていることを疑問に思うべきだった。


 敵の移動方法は歩行ではない。飛行だ。


「――なっ!?」


 バラバラになった鱗たちはわざと五香たちを擦過するような距離で飛来する。当然、ジョアンナたちも巻き添えにするような進路で。

 五香以外の三人は各々鱗を迎撃し難なく撃ち落とすが、今の本当の脅威はそこではない。


 先程よりも鱗の飛行スピードが上がっている。おそらく時速六十kmを下回ることはないだろう。


「メル公! 火炎放射で一気に焼き尽くせねーかァ!?」

「鱗一枚一枚の状態ならできるかもだが、体調的に無理だ! そんなすぐには熱くなれない! 疲れる!」


 瓦礫を掴んで適当にぶん投げるだけで、メルトアの身体能力ならばショットガンと同値の威力を産む。ただの迎撃ならそれでまったく問題がないが射程も規模も期待できない。


 鱗の大部分の移動を許すしかなかった。ドラゴンは五香たちの後ろにて再構築され始め――


「ぐえっ!」


 加熱能力の結界が発動する前にメルトアが五香を担いで逃げた。

 相変わらず初速からしてデタラメだったので気分が最悪だ。だがこうでなければ五香は死んでいたことを、ドラゴンの周囲の瓦礫が自然発火して教えてくれる。


「あ、ありがとうメル公……」


 辛うじて感謝を伝える。だが、メルトアはすぐに顔を青くした。


「……いや、まだだ! まずい! 全員横へ飛べーーーッ!」


 メルトアの大音声の号令に耳を貸さない者はこの場には一人もいなかった。全員メルトアに釣られるようにして同じ方向へと全力で走る。


 直後――トンネルのように太い熱線が空間を焼いた。


「――ッ!?」


 肺が焼け爛れるような超高熱が、直撃もしていないのに周辺に満ち満ちる。

 なにをされたのか一瞬わからなかった。


 だが仕組みは簡単だ。加熱をする能力があるのであれば、一方向に放熱をする能力もセットでなければ効率が悪い。


竜の咆哮ドラゴンブレス……!)


 ある意味、人類のメルトアが使うよりかは遥かに似合っているだろう。加熱で蓄えた熱を口に集め、前方へと放つだけのシンプルな攻撃だ。


 シンプルであるが故に、致命的。そして一度放たれれば防御不能。


(危なかった。こんなモン食らったらもう炭化もクソもなく、全身が跡形もなく蒸発しちまう……!)

「……しまった。避け切れない」

「は?」


 今避けたばかりだというのに、不可解に過ぎる一言。

 しかし、やはりこれも理由はすぐにわかった。


 鱗のそのすべてが五香の後ろ側へと回ったわけではない。


 ドラゴンブレスが放たれたその先には――


(……え。小さいドラゴン……?)


 余った鱗で作ったような――違う、おそらくミニサイズのドラゴンがいた。といっても成人男性レベルの身の丈はあるが。


 見るからに蓄熱されている。


(あの方向はさっき、ブレスを撃った方向……そうか、さっきのブレスをキャッチボールみたく真正面から受けたのか。なら、つまりは……)


 ギュワ、と小さいドラゴンが口を開ける。その喉の奥に、熱そうな赤光が見える。


竜の咆哮ドラゴンブレスを中継する分身体サテライト!」


 五香たちが蒸発するまで、あと一秒もなかった。


◆◆◆


「おやおや。ドンパチやってますねぇ。元気なことで」


 やや遠巻き。流れ弾がきてもどうとでもいなせる場所に四麻はいた。

 明智家独自開発の偵察用ドローンを用いて、戦闘を眺めている。


 乱入の準備を整えながら。


「さて。急がないとマジで勝機がなくなっちゃいそうですし。早くしないと……ん?」

「あああああああああああいやだああああああああやめてええええええええええ!」


 ふと悲鳴が聞こえたので、そちらに目をやると。

 大きな狼(犬?)に咥えられたツナギの女が、ビル跡地へと運送されていた。顔はよく見えないが大泣きしていることくらいは声でわかる。


「……なんだ今の。まあ、いいか」

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次元裏の散歩者:異種間で百合やるタイプのデスゲ 城屋 @kurosawa

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