第128話 ※天変地異

 五香は理解していた。


 ジョアンナ・バレルフォレストとフィオラ・エメラルドアイ。この二人にはある共通点がある。


 そこに多少のズレはあるものの、かなりの部分で『嫌いになりやすい人間の傾向』が似通っていることだ。

 なので共通の敵の前に放っておけば、二人は普段の仲の悪さが嘘のように結託するし、直前の諍いもなかったかのように共闘する。


 余裕が戻れば元通り、ガミガミとお互いのことを罵る犬猿の仲なのだが。


「どうしようもない大人たちだなァ……」


 せめて五香は場の観察に努める。相手が仕掛けてこないか、注意深く観察する……のはもちろんのこと。

 空に浮かぶドラゴンへの観察も忘れない。


(今のところあっちの方はプカプカと浮いているだけ……地上の分身でカタを付けようって算段ハラかなァ)


 さて。東京を焼き尽くすレベルの高熱化の原因であるドラゴンが解放されてしまった以上、これを放置するわけにはいかない。

 幸い、こちらにはメルトア、ジョアンナ、フィオラと別々の方向の戦闘のスペシャリストが揃っている。


 あとは攻略法を見つけるだけだ。それで問題なく叩き潰せると五香は考えていた。


 何故なら、叩き潰せなければ終わりだからだ。ここでどうにかできなければ少なくとも新宿全土は焦土と化す。


(こうなることを察知してリバースは私たちをクレアに焚きつけたんだろうなァ。でなきゃとんでもない不幸な偶然ってことになっちまうし……んん?)


 と、そこで五香は腕に巻かれたデバイスに目をやり、気付いた。

 。ガチャンという音を立てて。


「……五香お姉? どうかしたのか?」

「メル公。ちょっとデバイスがくっついてる方の腕出せ」

「ム? こうか?」


 メルトアが素直に腕を差し出すと。

 またガチャン、という音がした。そして手首に感じる解放感。


「……んっ?」

「くそ。やっぱりか。見事に踊らされちまった。ふざけやがってよォ……!」

「……あ!? 五香お姉! それ返し……ッ! 入れ替わりが!」

「もう平気だァ! ジョーーーッ!」


 今、五香たちとジョアンナの間には距離が開いている。ついでに、段々と風が出てきて普通なら遠くの声は掻き消えてしまう。


 だがジョアンナはその森精種エルフ特有の鋭敏な五感で、五香の声を捉え、喧嘩を中断して五香の方を向いた。


「何よ! 今ちょっと忙しい……は?」


 当然、視力も常人離れしているのでジョアンナはすぐに気付いた。

 そして一瞬固まったかと思うと、手首に巻き付いたデバイスを見る。


「……フィオラ」

「だから名前で呼ぶなって――」


 ガチャン。

 抗議の声は、そんな音に遮られた。


「……へ?」


 フィオラも流石に虚を突かれ、そんな間抜けな声を出してしまう。

 ジョアンナも自分でやって信じられないかのように、摘まんだそれをブラブラと弄びながらフィオラと顔を見合わせる。


「なんかもう……取り外せるみたい……?」

「……そんなバカなこと」


 と言いながら最後にデバイスの画面を見たフィオラは、その文字列に瞠目する。

 画面にはこう表示されていた。


GAME OVERあそびはおしまい


 端的すぎて理解するしかなかったので、フィオラもデバイスを手首から取り外す。腕を切り落とす以外のあらゆる手段での解放が不可能だったデバイスは、あっさりと外れた。


「ええーーーッ!? なんでこのタイミングで!? なんかあったっけ!? ウチらクレアのことを捕まえてもいないのに!?」

「知らないわよ! でもゲームが終わってるのは画面を見れば明らかだし、実際に外せるようになってるじゃない! 五香ーーーッ! どうなってるのよコレ!」


 風が更に強くなってきた。

 ジョアンナ側なら声は聞こえるが、五香側には声は聞こえないだろう。


 だが、五香は特に問題なくジョアンナの質問に答えた。


「もうゲーム云々は全部方便だったと考えるしかない! この状況がリバースの理想形だったってことさァ!」

「方便?」

「今現在、この周辺で一番の脅威はどう考えてもクレア本人じゃない! そこのドラゴンだ! リバースは私たちとドラゴンがぶつかるようにあんなクリア条件を提示したに過ぎなくて、それが達成されたからもうデバイスは用済みってことになる!」

「じゃあゲーム条件を最初からドラゴンの討伐ってしとけばいいだけでしょう!? なんでこんな回りくどいことを……!」

「いや。待ってよ


 イラッと来た。

 予想できてた反撃の一つだったので、今は拳で応酬したりしないが。


「実際さ。ウチらリバースの正体の手がかりとして、クレアとの繋がりという面からも考察しようとしてたよね?」

「その面からアプローチしようとしてたのは五香だけだったと思うけど。私はどうでもよかったし」

「一々口答えするなよウザいなぁ。とにかく、その考察が間違ってたとしたら?」

「……クレアとリバースに因縁があるっていう考察が間違ってたのなら……振り出しじゃない? あ、五香のお姉さんと因縁があるかもっていうルートは残ってたか」

「情報の撹乱だったんじゃないかな。いや、この場合は陽動に近いか。クレアに目を向けさせて、別の情報に目を向かせないようにしていたとしたら……」

「……?」


 ジョアンナはまだ到達していないが、フィオラの考えは五香のそれと同じだった。


(情報を撹乱させる必要があったってことは、リバースはドラゴンとの繋がりを意識的に隠そうとしてたってことになるよなァ。テロ用兵器としてのドラゴンのことを知っていた人間は、今まで調べた限りでは相当少ないはず。リバースが本当に隠したかった情報は明らかにこれだ!

 さあ、限定しろ! ドラゴンのことをの中に、私たちをこの状況に陥れた卑劣な黒幕の薄汚い素顔がある!)

「五香お姉たちはバカだな!」

「え。いきなりどうしたァ? 滅茶苦茶傷付いたんだけど」


 心底呆れ切った顔のメルトアが指差す先には――放置されていたドラゴンがいた。


「もう溶けちゃったぞ!」

「……あっ」


 風が更に強くなっていた。というか、温度も元に戻っていた。


「あー……さっきから風がうるさいと思ったらこれ上昇気流じゃねーかァ……」

「今は余計なことを考えている暇も、当然ながら喧嘩をしている暇すらないぞ」

「……すみませんでしたァ……!」


 六歳に本気の説教をされると、なんというか。

 筆舌に尽くしがたいくらい、堪えた。泣きそうになる。


 その声が聞こえていたジョアンナも、顔の陰を濃くして肩を僅かに落としていた。


「ごめんなさい……つまんない意地悪して……」

「えっ。急になに? キモいよ」

「アイツを発砲ブチ殺すまで一時休戦ってこと」

「……ホントにどうしたの」


 不気味を通り越して不穏なものを感じたフィオラも、事情はわからないなりに協調する。


 すべてはドラゴンを倒さなければ始まらない。

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