第125話 ※ダブルアタック

「こけら落とし的な」

『……部隊が歌舞伎町三丁目のことだとしたら随分と遅いこけら落としだね。マミー』


 雨と距離のせいで大部分が掻き消えているが、ジョアンナの耳に僅かに届くその声は、会話の内容をギリギリ把握できた。


(コクリカの声……と、誰かしら。全然わからないわ。初めて聞くし、生の人間の発声器官で喋ってないような……)


 かと言ってゼロイドのようにスピーカーというわけでもない。

 一応、生物の発声ではある気がする。インコとかオウムとかの『人間の声を真似する生物』と同じだ。


(動物を遠隔で操る加護……まあ、なくはないけど。でも何故かしら。さっきから……)


 ところで、雨のせいだろうか。

 その場にいる四人は、小さく震えていた。


(寒気が止まらない! 息を吸ってるだけでツララを喉元まで突っ込まれてる気分になる! 何故!?)


 恐怖。

 今までに出会った敵の比ではない。人の言葉を喋っているはずなのに、これから出会おうとしている相手が理外の存在であることを本能が先に悟ってしまっている。


 そうして震えを止める暇もない内に、雨がいきなり強くなった。

 夏でもそうそうありえないような、滝の中に突っ込んだような土砂降りだ。


「んなっ……このタイミングで豪雨ゲリラ!? タイミング悪すぎるでしょ!」

「ピストルちゃんさぁ……これもしかしてだけど、相手が天候を操ってる説ない?」

「バカも休み休み言いなさいよ! いくら何でも人類にお天道様が操れるわけ……」


 ――あれ。


 ジョアンナの口が途中で止まる。

 その日の天気を決めるものは、一言どころかA4用紙一ページでは足りないくらいの要因がある。


 それでもかなりのウェイトを占めるものが三つ。一つは風向き。もう一つが湿度。それと


 これらの内、どれか一つでも大規模に変動させることができれば限定的な条件一つ二つは付くにしても、天気をかなりの精度で操れる。


「まさか……さっき落ちて来たものって!」

「痴話喧嘩は中断だね。結構面白い見世物だったのにさ」

「ほざいてなさいよ。この夜が終わるころに口が利けたのならね!」


 ジョアンナはすぐに両手に適当なハンドガンを構える。

 ドクターも、豪雨のせいで透明性が掻き消えているが透明爪クリアクロウを生成。


 ズシン、と地響きが鳴る。それが足音だということはもう疑いようがない。


 だが唯一メルトアだけは、どこか上の空だった。というか、現実に上空を見ていた。一番先に敵の接近に気付いたにも関わらず、どこか地に足が付かない様子だ。


(あれ。最初は落ちて来た一体だけかと思ったが……同じ気配が二つの方向にあるな……? 気のせいか?)


 その様子に気付いたのは五香だけだ。メルトアは確信が持てないので声に出して言ってはいない。

 ジョアンナとドクターは揃って、雨に紛れて近付いてくる謎の敵に意識を向ける。


 先に仕掛けたのは、相手だった。


「……飛来物多数! 避けるか防御するかは――」

「好きにしろって!? 言われるまでもないさ!」


 先に警告されれば、見えるのが直前であっても対処は可能だ。

 いや、常人には不可能だがドクターなら容易い。赤い何かの破片のようなものが複数飛んでくるのを、ドクターはすべて爪で叩き落した。

 つまらない攻撃だ、と断じかけたそのとき。


「……ん。何だこれ?」


 叩き落した爪が不自然に熱くなっていることに気付いた。爪に触れる水滴が軽く蒸気を上げている。夏場に外に放置された鉄板くらいの熱さだ。

 メルトアと五香はと言うと、その赤い破片に見覚えがあったので顔を青くする。


「二人とも、気を付けろォ! そいつに触ると問答無用で高速加熱される!」

「なるほど。なら私の出番かしら」


 遠距離攻撃ならジョアンナの出番だ。視界がいくら悪かろうと、ここまで雨が降っていればやりようはある。聴覚に特化した森精種でなくとも、集中すれば雨に飛来物が接触したときの音は聞き分け可能だ。


 第二波が飛んでくる。先程よりも数が多い。後でハンドガンよりも連射が簡単な銃に持ち替えることを検討しながら、ジョアンナは銃弾をバラ撒いた。


 飛来物はそこまで強度はないらしい。撃ち落とされた傍から気持ちのいい快音と共に割れて散乱した。


(……突っ込めるな、これ)


 そう判断したドクターはノーガードで駆ける。特に示し合わせたわけではないが、ジョアンナもそれに後ろから続く。

 仲は悪いがお互いの能力値は知っているので、こういうときは息が合うのだ。


 その動きが相手の意中である、ということに最初に気付いたのはメルトアだった。

 上空の方に滞在していた方の気配が濃くなる。


「待て二人とも! 敵の攻撃が上からも来るぞ!」

「ッ!」


 前方に意識を完全に持っていったところでの不意打ち。

 しかし、メルトアの指示は僅かに遅かった。いや、早くても関係無かったかもしれない。


 何故なら――


「は――!?」


 どんよりとした雨と夜の黒色を、斑模様に赤く染めるような大規模攻撃だったからだ。


 今までの攻撃が蚊一匹なら、上から降ってくるのはハンマーの一撃。迎撃は現時点での装備だと不可能。


 五香の上に降ってくる分に限ってはメルトアの竜の吐息ドラゴンブレスで呆気なく溶解するが、ジョアンナの上に降るそれはジョアンナにはどうしようもない。


「世話が焼けるなぁ!」


 ドクターが方向転換。すぐにジョアンナを押し倒し、地面に組み伏せ、背中側に粘獣スライムの盾を展開する。


 破片そのものの威力は大したことがないので、防ぐだけならこれで十分だ。

 粘獣と繋がっているドクターが大火傷をするだけで。

 盾と繋がっている背中を中心に、肉が焼ける音と臭いが充満する。


「熱ぅい! 死ぬぅ!」

「死なないでしょ、アンタは」

「礼くらい言えよ、助け甲斐がないなぁ!」


 そうして撃ち尽くされた末、攻撃はあっさりと止んだ。

 雲の中身をすべて吐き出すかのような雨も段々と弱まっていく。


「あ……星……」


 空を見上げることができるジョアンナは、うっかりそんなことを口にした。


「……殺されかけたにしては随分と悠長な感想だね」

「私は余裕だし」

「次は助けないよ!?」

「助けるわよ、アンタは。私、強いもの」


 ――足元見やがって、このババァ。


 と、思ったものの正面から無駄に撃たれるだけなので言わない。

 腹は立つが、お互いにお互いが有効な存在であることは事実なのだから。


「どう見る? ピストルちゃん」

「……さっき聞こえた会話と、これ見よがしな足音と正面からの攻撃は今の不意打ちを成功させるためのブラフかしら」

「となると、敵の本体は」


 ジョアンナが空に視線を這わせる。いるのならば、彼女の目で発見できるはずだ。


「……ええ。上空うえよ。最悪」


 端的かつ、絶対的な相手のアドバンテージの正体を。

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