第115話 ※肉体と精神の逆転
「ここから先は都市伝説っていう性質上、多分にウチの妄想……もとい想像が入るけど、多分正しいから許してね」
「不安」
「端的な返答助かるよ。都市伝説っていうのは場合によってはタイトルがバケモノの名前だったり、ロケーションの名前だったり、ぶっちぎりでキレた呪いのキーアイテムだったりするわけだけどさ。リバースシフトは語り部が体験した現象って形を取っている」
猿夢とかと似た感じの?
と、ジョアンナは思いついたものの、これは日本のフォークロアだ。日本在住でないドクターには逆に通じないので口を噤んだ。
「内容は要約するよ。『行方不明になっていたお姉ちゃんを街で見かけて、追いかけた。追い付いて話しかけたが、どうも初対面の人間を相手にしてるような反応で話が噛み合わない。その内、何かに気が付いた様子の彼女は自分がどう見えるかを質問し始めた。意味がわからないながらも、携帯のインカメラを使って彼女自身の顔を確かめさせたら……』って感じ。オチはもう言わなくてわかるでしょ」
「自分の肉体が別人に変わっていたことにやっと気が付いた、でしょ?」
「そ。その後、正気を失ったような大声を上げた彼女は、語り部を薙ぎ倒すように突き飛ばしてどこかに消えて行ってしまいましたとさ」
普通ならばちょっとした怪談話でしかない。だが、この話はジョアンナ含むチームメンバーたちの境遇と奇妙な一致を見せている。
ジョアンナたちを突如集め、理不尽なゲームを突き付けて来た謎の女リバースの起こした一連の見せしめ。その記憶はまだ色あせていない。
「あとミソなのはここだよね。この語り部が遭遇したのは『行方不明になったお姉ちゃん』だ。これだけで五香ちゃんだと断定するのは不可能とは言え、少し引っかかるよね」
「引っかかるだけでしょ。仮に五香の身にこんなことが起こったのなら、こんな軽率にネットロア仕立てで情報を流したりしないと思うし」
「場合によると思うな。遭遇して、また見失って、捜しはしたけど完全に見失った。仕方がないから最後の手段として、ネットに情報をあえて流し反応が無いかを探ってみよう……くらいは考えそうだよ」
そこまで行くと完全に悪足掻きの段階だ。反応が無い方が普通だろう。実際に無かったのかもしれない。こうやってジョアンナたちの傍で眠っている十色の死体を見る限りでは。
「……想像なのよね。時間の無駄でしょ、これ以上は」
「引っかかる点はもう一つ。キーワードはやっぱり『今考えてみると』だ。あのときはスルーしたけど、今のウチらは五香ちゃんのことを多少は知っている。知った後だとどうしても違和感が拭えない行動をかなりの初期で五香ちゃんはやってたんだよ。よく思い出してみて? リバースと会って、見せしめに精神をシャッフルさせられた後のことだ」
促されるままにジョアンナはあのときのことを思い出す。
リバースに精神を交換させられた後は、ルール説明と言う名の禁止事項の説明を受けて、その後は。
『宣戦布告だよクソ野郎ォ』
ジョアンナから銃を借りた五香が発砲し、リバースに啖呵を切った。
「……宣戦布告のことを言ってるの?」
「あのさ。五香ちゃんって面倒事に対しては割とチキンかつ合理主義なんだよ。スイッチが一回入っちゃえばキレキレだけど、恐怖心に支配されれば思考も鈍るし、いつもあんなパフォーマンスができるわけじゃない。そこら辺はピストルちゃんももう知ってるでしょ? 端的に言えば自分たちより優位に立っている犯罪者に対して即強気に出れるような精神構造はしていないんだ。時間があって捕まえられる算段ができた後ならともかくさ」
「いやでも、そんなありえないって程では……」
言っている途中で否をかけたのはドクターの声ではなかった。ジョアンナ自身の記憶だ。五香がリバースにかけたあの言葉だ。
『テメェはゴミ野郎だ。ゴミだからいつかは処理される』
「……普段より口汚かったかもしれないわね。今考えると、あの子が誰かをゴミとかクソとか言ってたのあれきりだった気がする」
「まあ実は、態度どうこうよりウチは聞いてたんだけどね。あの地獄の底から響く、ある意味耳慣れた声をさ」
「……何のこと?」
「キミはリバースに完全に集中してたからなぁ。でもウチは忘れないよ。憎悪丸出しのあの呟きをさ」
ドクターだけは見ていた。メルトアですら、声だけは聞いていた。気付かなかったのは、皮肉にも理不尽への敵愾心が一番強かったジョアンナだけだ。
広大な世界の中で、ついに自分の獲物を見つけた狩人の唸り声に。
『お前か』
「……言ってたの? 五香が? そんなことを」
「あのときは『自分たちにこんな理不尽を強いた悪人は』って意味かなと大して気にも留めなかった。でも実際は違ったんだと今のウチは確信しているよ。あの子はリバースの手口と技術に心当たりがあったんだ。おそらく犠牲になったのは彼女自身ではなく彼女に近しい誰か。つまりは」
「五香のお姉さんってわけね」
一つ一つは小さな疑念だ。だが、目の前にある
五香の憎しみも、奇妙な符合を見せるネットロアも、五香がこの町に来てからの四麻との通話以降見せた不自然な焦りも、何もかも。
「もしも……もしもよ? あなたの与太が全部正しいのなら、リバースは」
「五香ちゃんのお姉さんの死に深く関わっている。いや、直で姉の仇である可能性が高く、そして五香ちゃんだけはそのことにかなり初期の段階で気付いていたってことになる」
話が重くなりすぎだ、とジョアンナは思う。これ以上はジョアンナとドクターだけだと確実に持て余す。
真偽を確かめる方法は、幸いにして一つあるのが救いだろうか。
「いやー、でもよかったよかった。この仮説が正しいかを確かめるのは簡単なんだからさ。五香ちゃん本人に聞けばいい」
「待って。それは、ちょっと……まだ……」
「んん? 急に口が回らなくなったね、ピストルちゃん」
そうして、わざとらしくドクターは『ああ』と声を上げた。
「そうか! これを確認するとなると、話の流れ上絶対に明智十色の死体の話に行きつくからね! 五香ちゃんのことが心配なんだ?」
「当たり前でしょう! だって、これは、いくら何でもあまりに……!」
「ウチはさぁ。ピストルちゃんのことが嫌いだよ」
「は? 急に何?」
「マジで全身余すことなく嫌い。性格はそうでもないけど、ということもなく中身も普通に大嫌い」
今更言われなくとも態度からわかることだった。ジョアンナ自身もドクターのことが嫌いだ。
「でも五香ちゃんのことはそうでもないよ。流石に全身ってことはない」
「だったら!」
「ただし一部分だけはキミの総合点を軽ーくブッ千切るレベルで大嫌いなんだよ。具体的には彼女の秘密主義にはそろそろ本当に頭に来てる」
「……!」
そこでジョアンナの口は完全に止まってしまった。
理由はジョアンナにもすぐにわかった。とても簡単な理屈だった。
ジョアンナ自身が心の奥底で思っていたことそのままだったからだ。
「……ウチらは運命共同体だ。ウチ自身が望む望まないに関わらず今は現実としてそうなってるんだ。流石にお尻の穴まで見せろとまでは言わないよ? でもこんなゲームの根幹に関わるかもしれない大きすぎる情報を隠しているのなら、ウチは絶対に五香ちゃんを許さない」
「真偽を確かめて……あなたの推理通りならどうするの?」
「情報次第! 別に正直に話してくれるのなら、ウチは五香ちゃんに何もしないよ。キミとの契約もあるしさ」
「……意外ね。契約を
「キミはどうしたい? ピストルちゃん」
「!」
逆に訊かれて、ジョアンナは戸惑った。
話の流れとしては自然だったが、まだジョアンナの中には答えがない。
「私は……」
「あー。いや、別にいいや。特に聞きたくもなかった。どうせキミは五香ちゃんの味方になるに決まってるしね」
「……はっ」
そう断定されて、ジョアンナはもう反論する気力すら無かった。空笑いを浮かべ、憎まれ口を叩くので精一杯だ。
「アンタ、無神経ね。殺したくなってくるわ」
「無理だよ。まだね」
なし崩しにドクターの方針に賛成し、次の目的地へと歩を進めようとしたそのときだった。
「……ん? 地震……?」
「……う、えっ!?」
ドクターは振動を感知し、それ以上は気付かなかった。
ジョアンナは振動以上のものを察知し、顔を青くする。
「ま……ずいわよコレ! シャレになんないわ!」
「え? 何が?」
「この建物、傾いてる!」
「……へ?」
「しかも多分、現在進行形で! ゆっくりだけど止まってない!」
「……どうする?」
愚問だった。
「脱出に決まってるでしょおバカッ!」
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