第110話 ※泥の中でもがく
(状況を整理しないと)
まず、別行動していることに意味があると向こうは思っている。ジョアンナも負傷にのたうち周りながら、脳にまだ残っている冷静な部分でそれが事実だと判断する。
ドクターがやってこないことに合理的理由が見つけられないが、おそらくあちらはあちらでゴタゴタが起こっているのだろう。こうなったら無理にでも連絡を取る時間を作っておくべきだったとジョアンナは後悔する。
(裏切が来ないとこの怪我は治療できない。明らかに致命傷なのに! 対してあっちも致命傷なのは変わらないけど……辛うじて自力の移動ができる上に治療の準備もできているみたいだし……!)
ここが向こうのホームであるということをジョアンナは深刻に捉えていた。決して軽視はしていない。だがそれでは足りなかった。
相打ちは相手の勝ちになる。引き分けはない。死ぬのはジョアンナだけだ。
(まさかここまでするなんて……! ついさっきまで明らかにビビりちゃんだったじゃない! 何があったの!?)
どうしても理解が追い付かない。納得いかない。一体何故ここまで露骨に強くなったのか。ここまでしても絶対に触れられたくない何かが、このビルのどこかにあるのだろうか。
ここまで考えてジョアンナは思考をやめた。もうこれ以上は不毛だ。考えたところでジョアンナにはどうにもできない。
(逆転の一手はどこにもない……ていうかさっきまで凄く痛かったのに段々感覚が鈍くなってきたし。身体中変に熱くて眠いし!)
呼吸も変に浅くなっていてジョアンナ自身で制御できなくなっていた。ブレーキなしのチキンレースをやっているかのような、死に一直線で向かっている感覚だ。
(……ことここに至っては私にできることはただ一つ……!)
痛みと熱さを無視し、ジョアンナは這い這いでコクリカに近付き、その場から離脱しようとするコクリカの足を息絶え絶えに掴んで止める。
「いっ……!?」
「私の身体を滅茶苦茶にしておいて……ごほっ。随分と薄情じゃない……? もうちょっと付き合いなさいよ……!」
地獄に道連れ。それしかない。
こんなワケのわからない相手を、間違っても五香と鉢合わせさせるわけにはいかない。ジョアンナももう意地だった。
意地以外に仕える手札がもう存在していないとも言える。
(相打ちなのにアンタだけ無事とか許すわけないでしょう! 死ぬんならアンタも一緒――!)
バキ、という音がジョアンナの頭蓋骨に響いた。
「――がっ!?」
掴んだ手を振り払われた上に、サッカーボールキックを浴びせられた。
「ふっ……う……!」
反動でコクリカもよろけ、そのまま四つん這いになる。
どちらも体力の限界を超えているのは明らかだった。文字通り死力を尽くしている。
(ああ、ダメね。コレ。本当に死ぬ。先に死んじゃう。負傷に関してはどっちも似たり寄ったりなのに……!)
「ぜっ……はっ……!」
息絶え絶えに、壁に寄りかかりながら歩くコクリカの顔には鬼気迫るものがある。
どんな犠牲を払ってでも何かを守りたい。そんな気概が見えるようだった。
(……
もう顔を上げるのも億劫なので視覚以外の五感を総動員して、位置を確認。またコクリカの足に纏わりついた。今度はコクリカの体勢を崩し、床に引き倒すことに成功する。
身体全体を絡ませるように圧し掛かった。とにかく時間を稼ぐために。
「誰かへの思いの強さならねぇ……こっちだって似たようなモンなのよ……ッ!」
「ぐっ……離して……! 死にぞこないのクセにどこにこんな力が!」
もう見えているのか見えていないのかジョアンナ自身にもわからないが、明らかに見縊られた言動だったので威嚇の意味も込めてガンを付ける。
「私を舐めるな……! 誰にも私を舐めさせたりしない! アンタにも……他の誰にだって……!」
「……離れ……ろ!」
首根っこを掴まれて強引に引きはがされた。床に転がった衝撃は大したことはなかったが、傷付いた身体中に一気に響く。
まさに泥仕合だった。ジョアンナにもコクリカにも、もう決め手がない。
(指……力もうほぼ入んないし……銃撃てるか微妙ね。でも最後に一発くらいなら行けるかしら)
殺すのは忍びない。そもそも相手は五香の計画の上では殺してはいけない相手だった。実のところ相打ちでもアウトなのだ。
だがジョアンナの勘が警鐘を鳴らす。
今の状態のコクリカを放っておけば、必ず悪いことが起きると。ジョアンナ一人が犠牲になるだけで済む気がしない。
(反動で死ぬかしら……まあ……撃ってみてから考えましょうか)
今度は逃げるコクリカをあえて、しばらく放置する。距離が離れてから銃を取り出して撃つ算段だ。
(こんなつまらないところで終わるとは思わなかったわね。五香もメルトア様も……無事に日常に帰ってくれるといいのだけど)
十分に距離が離れた。視力の低下で像がぼやけるが、狙撃不可能という程ではない。相手は背を向けていてジョアンナに注意を払っておらず、いつでも撃てる。握力も幸いにして、そこまで死んでいなかった。
「……」
撃てる、はずなのに。
(……やっぱ死にたくないなぁ)
致命傷を負って最初に至るはずの思考に、やっと至った。
(はあーーー! 滅茶苦茶怖い! 五香に会って癒されたい! 何で私がこんな目に遭わなくちゃいけないのよバカじゃないの!?)
一度こうなれば、出て来るのは現状への不満ばかりだ。溢れ出した本音は止まらない。
もう意地すら折れてしまった。こうなれば、後は口をついてあの台詞が出てしまうだけだ。
「……誰か助けて」
誰にも届かない。届かないはずの一言。情けなさ過ぎるので届かなくていい泣き言。
そのはずだったのだが。
「うんわかった! 助けるね!」
「は?」
一番聞こえちゃいけないヤツが聞き届けてしまった。
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