第106話 ※最後の幹部

 爆弾を武器として使う人間にはある一つの致命的な弱点がある。

 自分自身が爆発の射程に入っていた場合大ダメージを受けるので、間違っても『自分に被害がある場所で武器を使えない』ところだ。


 よって爆弾使いと戦闘を行うケースではとにもかくにも相手に近付くことが必勝法となる。


(運動能力は今までの追走劇で十分観察済み。私の敵になるほどじゃない。目に見える距離にさえ来てくれればインファイトに持ち込んでタコ殴りにできる! 冷静ささえ損なわなければ!)


 念の為、猫型爆弾をいなしながら鍛工種ドワーフの種族的特徴を思い出す。


 鍛工種ドワーフ。見た目に出る特徴は小柄、オッドアイ。

 機能的な特徴は、左右の目で可視光や視力の種類が違うこと。両手が多少の個人差こそあれどすさまじく器用であること。そして小柄な身体からは想像ができない程、筋力が森精種エルフ賢人種サピエンスと比べて強力なこと。


 これらの特徴は生産職において途方もないシナジーを産むため、『鍛冶場で生活するために産まれた種族』と陰口を叩かれることもしばしばある。


 戦闘においては小柄で高攻撃力アタッカーと化すので、顎を狙われれば一溜まりもない。


 あくまで当たれば、の話ではあるが恐ろしいことには変わりない。


(中距離以降だと撃墜不可能の爆弾で攻撃してきて、近接ではハードパンチャー。勘弁してほしいわね。早めにダウンしてくれればいいのだけど……あ)


 算段を付けているときだった。

 思ったよりも臭いと呼吸音が近くなっていることに気付く。


(通路の角ね。そこまで近付いてくれれば威嚇射撃が間違って当たることもなくなるでしょう!)


 近くの壁や照明が弾ければそれでいい。彼女の逃げ方の傾向からして、それだけで驚き、容易く出て来るはずだ。


 ジョアンナは銃を撃ち、コクリカには確実に当たらない軌道で威嚇射撃を行った。


「うぎゃあああ!?」

「感動の再会ね。会いたかったわ」

「あ」


 狙い通り。慌てて飛び出したコクリカの周囲に猫型爆弾は一匹もいない。彼女の周りだけが唯一絶対の安全地帯だ。

 インファイトに持ち込みさえすれば爆弾に悩まされることはもう無くなる。


「あ、あわわわわ! ニャンコども! 強制起爆!」


 苦し紛れ、あるいは煙幕代わりにコクリカがその場にいた子猫すべてに起爆指示を出すがもう遅い。


 身を捻ってジョアンナは盾を真後ろに、背負うように構え――


「なっ……!?」


 爆風を追い風にしてジャンプした。

 縦ではなく陸上競技で行われるような横方向への大跳躍。スピードも乗っており、とてもではないが人間の反射神経ではもう防ぎようがない。


 猛スピードで迫ってくる脅威にコクリカは棒立ちとなり、その隙を見逃すほどジョアンナも甘くなかった。

 歯を食いしばりながら無用となった盾をその辺に捨て、拳を握る。

 勢いのまま、移動しながらコクリカの顔面に向かって迷いなく――


「とーうーちゃーくゥ!」


 渾身の右ストレートを叩き込んだ。


 コクリカは悲鳴も上げる間もなく吹き飛び、廊下の突き当りに背中を激突させて沈黙する。

 髪のせいで表情は見えないが、鼻血くらいは出ているかもしれない。


「……ふうー……百分の一くらいは……憎しみを清算できたわね。残りはどう処理ましょうか」

「ぎっ……い、痛い……痛いよぉー……!」


 流石に意識を一発で刈り取れた、というような都合のいい話は無かったようで。よせばいいのにフラフラとした足取りで、壁に手を突きながらコクリカは立ち上がってくる。


(インパクトの瞬間、バックステップで威力を逃がすみたいな技術は使ってない。近接に関してはズブの素人。これならいくら筋力があっても、私なら勝てる……!)


 ここまで近付いて来られれば、猫型爆弾のような初見の新ネタが他にない限りは絶対に逃がさない。ジョアンナは自分の勝利が現実的なものだということを確信する。


(一発も……一発たりとも貰わなければ)

「ううううううう……!」

「え」


 唸り声が聞こえた。自分の足元から。


「――ッ!?」


 コクリカのことを直視する前に、反射的に身体を捻る。

 受け流すなどとは考えなかった。とにかく掠りさえしてはならないとの確信があった。


 モーションが素人そのものだったのが幸いだった。視界の端に僅かに映るレベルでも大まかなデッドゾーンはわかる。


 結果として回避そのものは成功した。

 


 ヒュバン、というような爆音が廊下に響いた。


「あ……ああ……外れたぁ……!」


 やっとのこと視界を下に向け、コクリカの表情を確認することができた。彼女は攻撃を一発外しただけで、この世の終わりのような顔をしている。


 正直、この表情を見てジョアンナは安心した。素人で良かったと心底から思う。


(外套は……超頑丈だから破けてはいないけど……)


 せっかく買った銃人がんちゅTシャツが、拳に引っかかったのだろう。脇腹の部分が破裂したかのように破け、胸の下のあたりまで白い肌が露わになってしまった。


 回避には成功した。成功したのに、精神に多大なダメージが入る。


(あ、やっば。この感覚……!)


 汗がどっと噴き出す。この感覚には覚えがある。

 ドクターと樹海で戦ったときと同じ。命に関わる恐怖が、心を蝕んでいく感覚だ。


(コイツが倒れるまで無傷ノーミスで攻撃を叩き込み続ける……?)


 無理ではないか。ジョアンナの脳裏に、弱気な想像が浮かんだ。

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