第102話 ※情報凌辱

 これはもはや理屈は不要だが、他人の住居に不法侵入し、邪魔だからと言う理由でそこの住人の童女を拘束する人間は異常だ。

 問答無用で後ろ暗いし罪深い。故にメルトアは絶対に賛同しない。増してや無実に見えるただの童女相手なら尚更だ。


(ふ、ふふふふふふ! Lucky僥倖! いやある意味当然と言えましょうか! 何の判断材料もなしにパノラを拘束するとか、そんなことをする人間がいるわけ――)

「コイツ、さっきのパノライラの本体だぞ」

Whaaaaaaatほわーーー!?)


 五香にはとっくにバレていたので判断材料を無慈悲に投下された。

 メルトアはポカンとした様子だったが、涼風はすぐに意図に気付き顔色を変える。


「なっ……ほ、本体!? つまりさっきのは……」

「ゼロイドさァ。アレが町長本体ってわけじゃない。なァ? 何か違うことあるかァ? パノライラ・スカイアーチ町長」

「……さあ。何のことやら――!」


 惚け方は上手かったと思う。パノライラは聡い。少なくともコクリカからはよく八歳とは思えないと言われる。

 場数も踏んで来た。ここまでのピンチは経験がないが、かと言ってずっと安全だったわけでもない。

 だというのに、口を開いた途端に背筋を走るのは怖気と寒気だった。氷をしこたま服の中に突っ込まれたかのような錯覚。


「……へえ」


 その眼を見た瞬間、涼風も、暴力では最強のはずのメルトアですら総毛立った。三つ編みを解いた髪の隙間から見える眼光は怪しく光っており、相手の心の奥の底まで見透かそうとしている残酷な好奇心がチラ付く。


 麻酔なしで相手を解剖するような、メルトアとは違う方向の暴力性だった。


「お前……賢いなァ。見た目の年齢よりかなり賢い。きっとこんな修羅場に遭遇したのも初めてじゃないんだろォ?」

「……!」

「でもさァ。だからダメなんだよなァ。誤魔化せない。いや、誤魔化しが上手すぎるから逆説的にダメなのさァ」

「……誤魔化すも何も隠し事なんてありませ――」


 続けて反論しようとしたら、ポンと肩に手を置かれた。

 無思慮なボディタッチに一瞬震えてしまう。そして、いけないとわかっていたのに思わず反射的に五香の顔を見てしまった。


「普通の八歳児は修羅場を潜らない」

「――!」


 そこで息が完全に詰まった。

 考えてみれば至極当然の理屈を説かれたから――ではない。


(こ、コイツ……何故パノラの年齢を……!?)


 体格からの大雑把な概算、ぬいぐるみのタグに書かれている誕生日ケーキの絵のロウソクの数、キッチンにあった子供用食器の摩耗と、段々と普通の食器へとシフトしていく様子も考慮に入れ、八歳になったばかりだと結論付けた。


 半分は勘だ。だが外れていても問題はなかった。その場合は外れてほっとした場合の反応を見れる。決して無意味ではない。

 相手は御しやすい子供だ。普段ならばもっと証拠を集めて揺さぶるが、この場合はそんな手間を掛ける必要すらない。


 その証拠に、肩から首に手が移動しているのにも気付いていない。頸動脈から伝わる鼓動で緊張と動揺が丸わかりだ。

 もっと他にグッサリ刺すような単語ワードがあれば更に情報を引き出せるかもしれない。


「そういえば、お前のママが誰なのか直で聞いてなかったなァ。ほぼ確定したようなモンだけどよォ」

「!」


 表情から情報を取られていることはわかったのだろう。またパノライラは下を向き掛ける。


「眼を逸らそうとか思うなよ」

「ッ……」


 寸前、口の周辺を鷲掴みにされ無理やり顔を合わせられる。

 遠近感が狂う程に、五香の眼がパノライラの眼に近付けられた。瞳孔の収縮からすら情報を読み取るためだ。


 夢中になりすぎているのか、五香はパノライラの尊厳に一切配慮しない。


「お前の心がよく見えなくなるだろうが……!」

「ぐ……ぎ……やめ……!」

「もうやめろッ!」


 バシ、と五香の手の甲が軽く叩かれた。パノライラの顔面を離してしまい、かと思えば目の前からその姿が消える。

 何が起こったのかを正確に理解し、移動した先へと眼を向けたころには五香の表情はもう元に戻っていた。


「……邪魔すんなよォ。メル公」

「流石にやり過ぎだ。ここまでやるようなら余も止めないわけにはいかない!」


 パノライラの小さな体躯を庇うように抱き、メルトアは五香に僅かな敵意を滲ませる。


「……一定の理解はする。余とて五香お姉がもう一度爆発するのは御免だ。神経は使うに越したことはない。だが余の視界からでは何もわからないのだ! 本当にこの女の子があのパノライラの本体なのか!?」

「反応からして無関係ってことは絶対に無いなァ」

「確定ではないのだろう!?」


 問い詰められる五香は、大して残念そうではない調子で溜息を吐いた。


「言ってしまえばそうだなァ。まだ確定じゃない。でも確率は依然として高いし、逆にそいつがパノライラじゃないという証拠もない」


 放置しておくにはあまりに危険だ。そこまではメルトアも納得するしかない。もはや何の拘束もなしに放置するなど考えられないことだ。十分すぎるほどにわかっている。


 だが、やはり幼気いたいけな女の子を縄や紐で縛るというのは、メルトアとしてはどうしても抵抗がある。


「……ならば五香お姉。こういうのはどうだろうか」


 メルトアは譲歩案を挙げた。

 その提案に最初は五香も閉口していたが、これ以上時間を取られるのも、メルトアを完全に説得するのも無理だと判断したのか、あっさりと返事が出た。


「ああ、じゃあ……よろしくなァ」

「よし!」

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