第101話 ※はじめての事件簿

 パノライラの本性は八歳の童女だ。基本的にパーソナリティは乙女趣味寄りで、母親代わりの保護者であるコクリカの影響でぬいぐるみも大好き。

 たまに遊びにやってくるマリーシャのお土産と、一緒にゲームをやる時間が楽しみな子供でしかない。


 急に敵対する勢力が自分の部屋にやってくるなど想定したこともないし、彼女にとって敵とは『安全圏から気軽に消し去れる対岸の存在』でしかなかった。


 先程五香に大ダメージを与えたのはパノライラの動かす『戦闘用アバターゼロイド』であり、マリーシャのパンプキンキャンディーとは違って五感すらリンクさせる神経接続型の遠隔操作ゼロイドだ。


 これを動かしている間は八歳の身体のパノライラは完全無防備になり、正直その場合どうなるのかは考えたくもなかった。おそらく戦闘用アバターが三人を始末する前に、八歳のパノライラはボコボコにされてしまうだろう。


 そもそも、現状ではアレは動かせない。いくつかの条件を満たさなければ起動できず、その条件は難しくはないものの行おうとすれば動きが確実に不自然になる。


 正体がバレれば、その時点でタコ殴りにされかねない。敵は弱い内に叩けは子供でもわかる兵法の基本だ。


(落ち着きましょう……パノラがパノライラ・スカイアーチであることはまだバレていないはず……この人たちは無関係の人に危害を加えないようですし。この部屋を出て行ってからゆっくり戦闘用アバターを起動させれば済む話……)


 そこまで状況は悪くないと思う裏で、パノライラは疑問に思う。

 雨桐はどうしたのだろうか?

 彼女が五香を人質に取れば、この混竜種の王女含め多くの人間の動きを制限できるはずだったのだが。


(……しくじったのでしょうか? マミーは送電機構の確認でいないのは納得できるとして……いや。微妙に納得できませんね。この三人が自由に動ける状態ということは雨桐はしくじったのは確定として、それを。連絡すればマミーは必ず帰ってくるはず。

 失敗したとしても生きていれば絶対に逃げ切る雨桐です。そこから連絡することくらい……ま、まさか死んでないですよね?)


 追い詰められているせいか思考がどんどん悪い方向へと向かってしまう。

 そして、子供が故に自分が脆いことを自覚できない。


 五香はその様子を俯瞰の視点で観察し、極めて冷えた思考で場を把握する。


(コイツがさっきのパノライラと同一人物だとすれば、この部屋の存在意義にも納得できる。ここが町長と副町長の部屋なら、そこにいた謎の童女はパノライラだと考えればいい。

 そしてここの内装はどう見ても居住区角。気の置けない誰かしか入れたくないような作りだ。従業員が入るとは思えない。涼風さんの反応からしても、このビルが子供を抱えているという事実は知られていなかったんだろう)


 五香はここ数日でイヤと言う程に理解したことがある。

 中学生の体格で四十歳を越えているドクター。抜群のスタイルと体格を持つ六歳児のメルトア。見た目だけなら普通の人間との区別が付かないゼロイド。


 はあまりにも高い。


 それは目の前にいる、どう見ても十歳未満の謎の童女も同様だ。何より五香は既に知っている。

 マリーシャの例から、ゼロイドはその気になれば遠隔操作ができるのだ。


(この様子からして、今のところ攻撃手段が手の届くところにあるってことは無さそうだが……無策で放置しておけばおそらくさっきの二の舞だ。またパノライラに爆破される可能性が高い。なら――)

(どちらにせよ、パノラの目の前に敵がいる以上排除しないわけにはいきません! ここはパノラとマミーの家です! 後で確実に始末するために!)


 心の裏で非力な二人は自らの勝利条件を設定する。


(見極めるしかないなァ)

(しらばっくれるしかない!)


 パノライラが名前を言うことを拒否してからこの間、せいぜい二秒も経っていない。

 先手を取ったのは五香だった。


「ひとまず余計なことされたら調査の邪魔だしよォ。コイツ、手頃な縄か紐で縛っておこうぜェ」

「!」


 下を向きながらパノライラは動揺を必死で隠す。

 縛られた状態だと、戦闘用アバターを呼び出すのに難儀するようになってしまうからだ。縛り方の具合によっては不可能ではないかもしれないが時間がかかるかもしれない。


 その間にパノライラの正体がバレてしまえば、改めて念入りに叩きのめされる。

 正直、パノライラの正体を知る手がかりは集めるのに苦労しないだろう。ここはそもそも敵の侵入を前提としない居住区角なのだから。


 どうにかやめてくれるよう懇願しようとしたそのとき――


「……イヤだ」

「え」


 パノライラではない誰かが拒否をした。

 チラリ、と顔認証のトラップがないことを確認しながら様子を伺う。


「イヤだぞ、五香お姉。それは」


 明確な意思で拒否をしたのは、この場にいるもう一人の幼女。メルトアだった。


「……気持ちはわかるけどよォ。これは絶対に必要なことだってェ。子供だからって油断できないのはお前が一番よく知ってるだろォ?」


 五香は困った顔で頭を掻き、どうにかメルトアを宥めかそうとする。

 だがメルトアに、こういう方面では取り付く島も無かった。


「イヤだ」

「……う……」

「ダメだ」


 反論というよりは駄々に近かったが、それ故に攻略不可能だった。

 ここにパノライラは光明を見出す。彼女たちは必ずしも平等ではないのだ。そしてそれを他ならぬメルトアが自覚していない。


(……チャンス!)

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