謎の日記(年数不明)

 五月四日

 歌舞伎町三丁目のグランドオープンまで三日を切った。既に多くの出資者を確保し、ただ人を済ませる運用だけでなく幅広い娯楽に至るまで取り揃えている。

 多くの課題をクリアし、ついに自分の野望を叶えられる下地を手に入れた。クレア様には一生頭が上がらない。


 しかしクレア様に『代表が必要だから町長やってくれる?』と言われたときには流石に断った。自分はそんな役職を望んではいない。裏方でサポートする分にはいくらでもやる覚悟はあるが、犯罪者たちの矢面に立つのは御免だ。


 どうしたものか。


(ページの下の方に、料理サイトのアドレスと『野菜ハンバーグ』の文字が書いてある)


 五月五日

 どうにかはぐらかして誰かに押し付けられないものかと抵抗してみる。町長など自分には絶対にできない。無理だ。助けてHELP。

 などと言っていたらクレア様が乗り込んで来た。そして私にビンタを一発かました。痛い。


『はたいている私の心の方が百倍痛いんだよ!』


 とか言っていた。しゃらくさいし嘘くさい。相変わらずのアホさ加減だ。殴り返したら力を入れ過ぎて首をふっ飛ばしてしまい、できたばかりの自分たちの居住区角を盛大に血で汚してしまった。


 クレア様を無理やり帰らせた後、二人で一生懸命掃除したが憂鬱さは消えない。


(ページの下の方に『昨日の晩の野菜ハンバーグは大成功だった! パノラに人参を食べさせることに成功! 前進的な!』と顔文字付きで書かれている)


 五月六日

 どうやら本当に強硬姿勢のようで、自分はこのままだと町長にされてしまうらしい。イヤだ。凄くイヤだ。くっそう。

 そんなことを思っているとパノラが戦闘用アバターゼロイドでやってきた。普段はあまり使わない人形なのにどうしたの、と訊くと。


『マミー。パノラが町長役、代わろうか?』


 ……願ってもない。願ってもない申し出だが、果たして頼ってしまっていいものだろうか。一応保護者だし、そう簡単に飛びつきたくない提案だ。

 しかし善意で言っているのを無下にするのもなぁ、と思いクレア様に遠回しに断ってもらおうと話を振ったのだが。


『別にいいよ。その型ならちゃんと大人の女性に見えるし。あ、バレないようにメンテはしっかりね?』


 無遠慮かつ無思慮なクレア様の一声で逆に纏められてしまった。この人は本当に後先考えなさすぎる。大恩があるのは確かだが、たまに凄く黙っててほしい。


『いいじゃん、やらせてあげれば。ある意味で彼女以上にこの町の長に相応しいヤツはいないよ』


 別れ際、止めのつもりか悪戯っぽくそう言っていた。

 まあ一面ではけども。町長とはまた話のベクトルが別だ。

 戦闘用アバターで笑うパノラは自分よりもかなり背が高いので、椅子に乗って頭を撫でてやった。


『パノラが町長になったら、マミーはずっとこの町にいてくれる?』


 驚いた。子供ながら取引のつもりで申し出た提案だったらしい。

 だが、条件を言うのが見返りをもたらした後だと取引としてはあべこべだ。後で修正させよう。


 でも、この場ではひとまずずっと一緒だと言ってやった。

 この町はどういうわけか、自分にとってとても居心地がいい。


 ところがもう最高だ。自分にとっては桃源郷的な。

 問題は解決したし、グランドオープンが楽しみでしかない。

 早く明日になればいいのに。


(下のページに材料リスト付きの何かの設計図が書かれている。おそらく『猫のぬいぐるみ』だと思われる。『完成と贈呈が終わるまでパノラにバレないように! サプライズ的な!』という注意書きが見える)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る