第100話 ※詰将棋:現れた本性

「……あ――!」

「待て!」


 童女が何かアクションを起こす寸前に、メルトアがその口を右手で塞ぐ。

 五香も涼風もそのスピードに肝を冷やしたが、どうやら力加減に関しては完璧だったようで童女の頭蓋骨が握り潰されるようなことにはならなかった。


 ひとまずほっとするものの、目前の絵面の最悪さに正気に戻った。完全に家主と遭遇した空き巣犯の絵だ。


「余らは! 怪しい者ではない! 本当だ! 安全だ! わかったか!?」

「むぐー!?」


 メルトアが焦りのあまり情報量実質ゼロの自己紹介をするが、それで安心するわけもなく幼女は全力で抵抗していた。

 通常ならば振り解けるはずがないが、メルトアも相手が相手なので全力が出せず、非常に困った顔でオロオロとするばかり。このまま放置していれば遠からず脱出されるかもしれないという程に狼狽しきっていた。


「落ち着けメル公。起きたなら起きたで別にいいってェ」

「え?」

「忘れたかァ? このビルは全部屋防音。騒がれたところで問題はないし、離してやっても別段不利益はねーってェ」

「……そ、そうか? それなら……その……」


 五香の静止に一番安堵していたのは誰であろうメルトアだった。

 理由があったとは言え、明らかに年端も行かないような童女を力尽くで拘束するようなマネは卑劣だ。本来ならばやりたくもなかったのだろう。


「すまない……慌てた。あの、大丈夫か? 痛いところは無かったか……?」

「……大、丈夫……」


 ゆっくりと拘束を解かれ、自由になったときには童女も落ち着きを取り戻していた。だが、やはりと言うべきか恐怖の混じった警戒心は隠しきれていない。

 三人の顔を順繰りに眺め、小さく震える肩を縮こまらせている。


 五香は片膝を付いて、目線を合わせできる限り優しく語り掛ける。


「……こんにちは。私の名前は明智五香。キミのママに会いにきたんだけど、今どこにいるかわかるかァ?」

「え、あ……」


 そう問いかけると、童女は何かに気付いたように周囲をパタパタと捜索し始める。おそらく携帯を探しているのだろう。


「あ。携帯ならこっちにあるぜェ」

「……ッ!」


 五香がそう言って携帯を見せびらかすと一瞬だけ童女は顔を上げたが、すぐに顔を伏せた。


(おや?)


 五香が最初に疑問を持ったのはそこだった。

 確かに今、五香は童女をハメようとした。画面側、つまり携帯の内カメラを向けて顔認証を突破しようとしたのだ。

 後は携帯を弄ってそこから情報を引き出せるだけ引き出す腹積もりだったのだが。


(……バレたなァ? コイツ、頭の回転が速い。今の一瞬で私の目論見を見抜きやがった。でも……)


 おかしなことだった。目論見を看破するも何も、この童女はさっき起きたばかり。五香たちが何を求めて来たのかの情報がまったく不足している状態で、五香の目的をここまで見事に看破できるものだろうか。


 確かに『お前のママに会いに来た』とは言いはしたが。


「……ッ!」


 そして極めつけに、童女は焦ったような顔で下を向いたまま喋らない。

 おそらく彼女のママは外に出かけているのだろう。だが、ここで携帯に飛びついて一度ロックを解除すれば、そこを後ろから五香たちに奪われて情報を攫われることが予測できている。


 そうでなければもっと形振り構わず『携帯をよこして』と見た目相応に喚いているはずだ。一刻も早くママに電話して助けを呼びたいだろうに。


(何だ。この違和感。コイツ、妙に小賢しすぎるような……)


 現時点で、五香の興味をもっとも引いている存在はこの童女だった。まだ言語化できないが、どこかがおかしい。


「……そうだ。お前の名前を聞いてなかったなァ? 名前、お姉さんたちに教えてくれるかァ?」

「ッ!」


 まただ。意識もしていなかったようなところで、この童女は妙な反応をよこす。ただ名前を聞いただけで僅かに身体をビク付かせ、しかも何かをような仕草。


 名前くらい素直に教えてもいいもののはずなのに。


(……待てよ。まさか、コイツ……)

「い……言いたくありません……」


 その返答に、メルトアと涼風は首を傾げた。

 確かに不法侵入者に名前を名乗る義理はないだろうが、この状況で拒否するようなことだろうかと。


 だが五香の中には、ある一つの突飛な仮説が産まれていた。

 目の前の童女が子供なのは間違いない。その証拠に、返す反応の一々が極めて素直だ。

 頭が悪いわけではないのだろうが、メルトアと同じく経験の不足が祟っている印象しかない。

 もし場慣れしていれば、この場はおそらくそれらしい偽名でも名乗っていただろう。


(……これは……思ったより確信に近付いたかもしれない、が……!)


 童女に気取られないよう、五香は努めてポーカーフェイスを維持する。

 やはり迂闊だったのかもしれない。この童女はきっと起こすべきではなかった。


 五香の脳内に浮かんだ最悪の仮説。それは目の前の童女がであるというものだ。


 そして、最悪の仮説というものは得てして当たるもので、五香の仮説が大正解だった。

 この童女の名前を、五香たちはよく知っている。ついさっき自己紹介されたばかりなので。


 童女は腹の中で、唐突な理不尽に悲鳴を上げていた。


(な、何故……何故コイツらがの部屋にぃーーー!?)


 童女の名はパノライラ・スカイアーチ。先程五香に大ダメージを負わせた張本人、その同一人物だった。

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