第98話 ※突撃! 町長と副町長の部屋!

「……オフィス……ではないなァ……」


 入って少し歩いた場所にある広いスペースの電気を付けながら、五香は一つの可能性に思い当たる。

 この五十八階、スペース的にはもう彼女たち専用のオフィスを置くだけの余白はなさそうだ。


 つまり彼女たちは下っ端に雑事を完全に任せ、たまにどうしようもない問題が起きそうなときだけ外に出ていた。それの頻度もそう高くはない。

 そう考えねば、この空間から漂うくつろぎの精神と現実が矛盾する。


「これは……アレではないか? 余が日本に来たら母上にねだろうと思っていた……名前は忘れたが『ボタンのオン、オフみたいな名前のゲーム機』!」

「欲しいと思うのは勝手だけど、握り潰したりしないのか?」

「……既に別のヤツを三個程握り潰して母上に苦い顔をされている……次こそは、と思うのだ」

「そ、そうか。頑張れ」


 妙なところで最強の種族の悲哀を垣間見てしまった涼風は真面目に同情する。


 やり取りを放って置いて、五香は窓を見た。壁一面が強化ガラス張りになっているそれは曇り一つなく、シームレスに部屋と外の世界とを繋いでいる印象を受ける。


 そこから振り向くと、部屋をほぼ一望できる。格調高さよりも生活感を選んだかのような、質が良いながらも過ごしやすそうな居住スペースが広がっていた。

 ドアが捻り潰されているという非日常感を無視すれば、五香にも覚えがある日本の一般家庭だ。


「……ここはリビングだなァ……子供とかと一緒に遊んだり食事したり団欒だんらんする感じの」

「子供? どういうことだ五香。町長や副町長以外の誰かと一緒に住んでるっていうのか?」

「あっちの方にキッチンがあったんだけどよォ。プラスチック製の小さくて安全な食器がかなりあったんだよなァ。床に落としても割れたりしないコップとか。人数的には一人分……兄弟はいなさそうだなってことくらいしかわかんないけど」

「ぬう……ぬぬぬぬぬう……壊すのが怖いし、忍び込んでいるわけだから勝手にゲーム機には触れぬなぁ……」


 あまり考えないようにしていたが、メルトアの葛藤の声で思い出してしまった。五香たちがやっていることは不法侵入だ。

 今までは『悪の根城を探索している』という高揚感があったので上手く誤魔化せていたし、逆にモチベーションを維持するのにも役立っていた。

 だが現在、やっていることは空き巣そのものだ。犯罪者の側に立ったかのようで全員内心では落ち着かない。


「……いくつか私室があるなァ。多分そっちにパソコンやタブみたいな端末があるはず……何をしていたのかは調べないとわからないけど絶対に何かある」

「よし。それでは罠に警戒しながら余が先行しよう」

「ここまで来たら不法侵入者が入ったら部屋丸ごとぶっ飛ぶ爆弾とか出現しないか?」


 涼風の推測に、五香は首を横に振った。


「ありえないなァ」

「言い切るじゃないか。根拠は?」

「涼風さん、一手間違えたら爆発する可能性のある部屋の傍でマリカーできるかァ?」

「……無理だな……」


 起爆装置が起動しない限りは火に投げ入れても爆発しない爆弾というものは実在するが、犯罪プロファイリング的に『爆弾を自作できるようなヤツ』は総じて『神経質』だ。わざわざそんな危険性の高いことを居住スペースでしたりはしない。


「そもそも爆弾より強くて安心で使い勝手が良い物ならゼロイドがいたしよォ。部屋の警護、普段はそいつらがやってたんだろォ」

「全部壊したから今となってはわからないだけで、か……」

「ム?」


 二人の視線を受けながらも、メルトアはすぐに視線を振り切って適当なドアを開ける。


「お……おお? おおー」


 妙な反応を示したメルトアは、自分の意思で入るというよりかはまるで何かに惹かれるように中へ中へと踏み込んでいく。


「どうしたァ? メル公」


 続いて五香が中を見ると、そこは見るからに子供部屋という風情の個室だった。

 ピンクがかった可愛いベッド。棚の上に並ぶ熊やら犬やら猫やらのぬいぐるみ。床に散らばる着せ替え人形やらソフビやら。


 傍らには贅沢にも、ぬいぐるみで積み上げた山がある。あそこにダイビングしたらさぞ気持ちいいだろう。


「人形だらけだな! しかも結構ヘタってる物も多いぞ! 大事にはされているようだが……」

「あァ? おお……うん……」


 メルトアの第一印象と五香もほぼ同じ感想だった。五香はまずベッドの上の一際くたびれている熊のぬいぐるみを観察した。

 口に入れても大丈夫な素材でできている上、実際しゃぶられた形跡の見えるぬいぐるみ。その中に入っている綿の偏りや硬さから、相当長い間使い込まれていることがわかった。


「……!」


 ――待てよ。


 五香はそこで凍り付いた。そして反射的にメルトアへと声を掛ける。


「メル公。そこから一歩も動くな」

「何?」

「頼む」


 指示の意図はわからなかったが、わからないなりにメルトアは探索の足を止めた。


「確認したいことがある。メル公。この部屋に入ってから電気付けたか?」

「……いや。余が入る前から付いていたのではないか?」


 そこだ。おかしいのはそこなのだ。

 居住用に作ったスペースならば、それはつまり夜寝るときになったり、外に出かけるときには電気を消す必要があるということだ。

 逆に電気が付いているときは消し忘れを除いてと言っていい。


「最初から電気の付いていた子供部屋。ということは……!」


 もぞり、とぬいぐるみの山が動いた気がした。


「……五香お姉。敵と味方、どっちだと思う?」


 ミシリ、とメルトアが指の関節を鳴らす。

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