第97話 ※ビル全体の違和感と愛の巣
階段を昇る途中、五香はいくつかのビームの柵を見た。
道を塞ぐように作られたそれは、適当に物を放り込むとそれを消し炭に変えてしまう物騒な効果を持つ代物で、通過する度にメルトアに破壊してもらわねばならなかった。
そのときブザーも鳴っていて、これも一々潰さねばならなかったのが心底面倒だった。大きな音を出す割に、メルトアでも破壊に手間取るくらい小さくて硬かったからだ。
だがやがて、誰一人としてブザーの元に駆け付けてこないことを確信し、メルトアはブザーの破壊を放置するようになった。
「しかしこれ……どう考えても電気代の無駄だよなァ? 確かこういうビームって金属の加工とかにも使われてて、ちょっと動かすだけで莫大な電力を使うって聞いたことあるし……」
「いや。確かに電力量自体は舌を巻くが、五香が考えている程非効率でもないぞ」
「あん?」
「かつて大昔の電気技師が提唱した『無線送電システム』と似た物だよ。これはビームの柵でもあると解釈するべきで、本当の役割は『エネルギーが剥き出しになった電線』なんだ」
涼風の言葉に五香は眼を丸くしてしまった。
首を傾げて遠慮がちに訊ねる。
「……モロSFだなァ? マジで言ってんのかァ?」
「マジだよ。大マジさ。残念だけど私は、この町に関してはお前より先輩だぞ。ここで情報収集したのは僅かな時間だけどコクリカがどんな技術力を持っているのかはとっくに知っているんだ」
「な、なるほど……」
ゼロイドの時点でとっくに認識していたつもりだったが甘かった。やはりコクリカも相当の化け物には違いない。
「……でもだとしたら、これどこに電力送ってるんだァ? 私たちが入ってきた時点ではこんなモン一つたりとも……」
「わからない。わからないけど私たちがあの町長に出会ったのは、あるいはこれをやるための前準備をしていたときだったのかもしれない」
「……ん……」
考えられる、と五香は黙った。
もしこのビームが丸ごと電力としてどこかに送られていると仮定するなら、その前に点検や前準備は必須だ。その最後の段階で侵入してきたのが五香だったとしたなら、タイミングには一応説明は付かないでもない。
五香たちを都合のいい場所に追い詰めるのも兼ねている。
「それでもやっぱり、ここの従業員をアレした理由はわからないままだけどなァ」
「いくつか心当たりがある、みたいな口振りじゃなかったか?」
「一つだよ。今のところ考えたくない可能性だなァ。まあ、本人に会ったときにでも確かめるさァ」
話している内に、五十八階へと辿り着いた。町長の姿は見えず、相変わらず焦げ臭さが漂っている。
「今度は直で副町長と町長のオフィスを探すぜェ。従業員のデスクの傍には無かったみたいだけど……完全に別室だなァ、ありゃ」
「普通、見張りの意味も兼ねて上司のデスクは従業員の席が見える位置に置かないか?」
「役職が似たようなヤツならまあそうだろうなァ。それと一段階上とか地位にそこまで差のないヤツ。町長と副町長がこの町でどれだけ偉くてどんな仕事してるのか私には想像もできないけど……」
「ひとまず偉そうなヤツの席を探せばよいのだろう?」
メルトアが纏めた。
かなり乱暴に目標を設定するのならそれで間違いはない。正解ド真ん中と言える。
結局のところ、シンプルなのが一番いいと五香は同意に頷く。
「ま、そういうこったなァ」
「ではさっきとは違う場所を探せばよいのだろう? あっちが怪しい気がする!」
この際、情報が不足しきっている今は立ち止まることこそが最悪の手だ。メルトアの勘に任せるのもいいかもしれない。
「よし、じゃあメル公の言う通り行ってみっかァ!」
「会いませんように……カチ会いませんように……!」
殿を祈るように両手を組む涼風に任せ、一行は奥へ奥へと進んでいく。
そうして、特に苦労もせずあっさりと見つかった。
町長と副町長の事務室。その入口のドアが。
見つかったのはいいのだが。
「
「おお! 同時に見つかったぞ! やったー!」
無邪気に喜ぶメルトアの横で、揃って五香と涼風は眉を八の字にしていた。
「……何で纏めてんだァ……? 別々の事務所にできるだけのスペースはあるだろうに」
「想像も付かないな……ひとまず中に入って……」
そう言ってドアノブに手を伸ばそうとした涼風は、何かに気付き手を引っ込めた。
「……何か罠あったらイヤだな。仮にそんなものが無かったとして鍵は当然掛けているだろうし。掛けてなかったらそれは中で誰かが仕事中ってことだろ」
「ま、それもそうだなァ……メル公。悪いけど頼めるかァ?」
「ああ! 余に任せよ! 周囲の被害を最小限でキチンとドアだけを壊してみせるとも!」
本当に頼り甲斐のある少女だ。五香は頷き、ドアから距離を取った。涼風もそれに続く。
まず最初に、メルトアがドアノブを回して鍵を確認した。
どうやら掛かっているらしく、次にメルトアはドアノブを思い切り捻り上げ――
「よし」
握力でドアノブを捩じり切った。
ここまでしてもブザーの類が鳴らないことを見るに、罠の類は実装されていないようだった。
その後、ドアノブ周りに執拗に負荷を掛け、メルトア自身も不意の内にドアは開いた。
「よし! 開いたぞ二人とも! 早速中……へ……?」
喜びに笑顔を向けていたメルトアは、中の様子に気付き、固まる。
「……ん?」
中に衝撃的な物があったわけではない。ただ、何か重大な違和感を覚えての硬直だった。
「……あ、れ……? 仕事場……という話だったな?」
メルトアの様子に疑問を覚えながら、五香と涼風もドアに近付いていく。
「どうしたメル公。中に何が……あァ?」
五香も固まった。中に広がっていた光景。それは――
「……家?」
多少豪華で広い居住スペース。どこからどう見ても誰かの家だった。
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