第82話 ※全裸でGO! 心がBOMB!

「……なるほどね。怪我をしている五香ちゃんをあまり動かせないのもそうだけど、これのせいで外に出れないのか」


 先にセントラルビルへと辿り着いたドクターは、階段を見上げながら納得した。

 物理的なシャッターならばメルトアにとって物の数ではない。だが、この場合は多少頭を使わなければ突破できない。よく考えられた仕掛けだった。


「エネルギーで柵作ってるよ。触ったら全身真っ黒焦げだろうなぁ」


 高密の赤いビームが壁と天井から投射され網目を作り、空気を僅かに熱していた。おそらく触れば無事では済まないだろう。

 試しに受付に置いてあったパンフレットを投げ入れてみたが、一瞬で発火し灰になってしまった。


「これ厚みは関係ないな。ウチでも一瞬でボロ炭になるかも」


 ビームとの接触面を切り取る、というよりかはビームを受けた対象を当たった面積に関わらず熱する類のビームだ。

 メルトアならば問題なく通り抜けられるだろうが、その他の人間では無理だ。更に、ビームを放つ基部を攻撃しようとすると――


「うるさっ!?」


 ブザーが鳴るようになっている。試しにドクターが壊そうとすると、耳が壊れんばかりの大音量で大合唱し始めた。

 これでは敵に自分がどこにいるのかを教えるようなものだ。怪我をした誰かを背負いながら逃げるにはリスクが高すぎる。


 あるいは敵が来ることが前提で別行動を取り、破壊に専念すると今度は『五香の傍にメルトアがいない』ことを喧伝することになる。やはりこちらも褒められた行為ではない。


(……というか、これメルトアが敵を瞬殺できればまず発生しない問題点なんだけど……相手は何者なんだろう。五香ちゃんに大怪我をさせて、メルトアがすぐに倒せない誰か……考えるまでもないかな?)


 十中八九、生きた人間だろう。彼女は善悪問わず、人を傷付けることをとにかく嫌がる。

 殺すなんてことはもっての他。機械や人形ならともかく、人間が相手だとメルトアとしては相性が悪すぎる。


(さて。どうするか。どうやってここを突破しようか)


 三秒くらい考えて、すぐに結論は出た。


「死なないから別にいいか」


 服をすべて脱ぎ捨て、携帯等の機械もその場に置く。後で来るジョアンナへのいい目印になるだろう。こんなものが無くとも彼女ならば引っかかるまいが。


 助走を付けて踏み出し、ビームの網目に思い切り振れる。


 ドクターの身体は一瞬で燃え上がり、筋肉に至ってはタンパク質が凝固。走る機能どころか動かす機能も全滅し、網目を潜り抜けるころには真っ黒に焦げた身体が投げ出されるのみだった。


「……げほっ!」


 数秒もしない内に沈黙は終わり、煙と凝り固まった血反吐を吐く。そして逆再生するかのように身体が元通りになっていった。

 一分もしない内に、瑞々しい肌が元通りに備わり髪の毛も元の長さまで生え揃う。


 未成熟ながら均整の取れた褐色の身体が、一切の瑕疵なく立ち上がり、階段を上がり始める。


「ストリーキングとかヤバいなこれ。どこかで服調達できればいいけど」


 背中に開いた六つの穴だけが、妖精のような彼女の不穏さを表していた。


◆◆◆


 獄死蝶には、中心幹部と呼ばれる四人の主要人物がいる。

 往々にしてテロ組織というものは、一般的な会社のような縦型の構造をしていない。獄死蝶も例外ではなく、四人の中心幹部を起点として蜘蛛の巣状の組織構造をしていた。


 一人目。始点世界、連結世界を問わずに武器や兵器という形で死を振りまく邪鬼種。クイーンオブウェポン、クレア・ベルゼオール。

 二人目。連結世界における森精種エルフ最大の汚点。性犯罪という形で文化、尊厳を平気な顔で踏み荒らし、のうのうと生きる恥知らず。魔女神官、マリーシャ・エッジグラウンド。

 三人目。ロボット工学の元権威。二十代という若さでこの世の名声を欲しいがままにした鍛工種ドワーフの神童にして、それらすべてを棒に振り己の好奇心に魂を売った外道。人間工場ヒューマンファクトリー、コクリカ・スカイアーチ。


 そして、最後の四人目はチャイニーズマフィア『朱花』の大元締め、林雨桐リンユートン。かつてはアヘンで莫大な財を成した、歴史ある黒社会の頭目が一人だ。


 とは言っても、今は麻薬の売買はそこまで積極的に行っておらず、今の頭目になってからは主に雨桐の趣味による活動を行っている。


 それは盗み。もっと言えばだ。

 中国全土のみならず、ありとあらゆる場所で国宝級の高価な宝石、芸術品、ときには物件を丸ごと回収。

 身代金を要求したり、闇市へ高額で売り捌いたりと悪事に暇はない。


 被害総額は盗みだけに限定しても日本円換算で二兆以上とも言われており、純粋に行動の結果のみで文化を破壊したマリーシャよりも遥かに性質が悪いと言える。


 そんな彼女の犯行を可能にするのが、中国四千年の歴史の裏に埋もれた変装術だ。


 彼女は純粋な技術のみで骨格を畳み、身長を上下五十センチまで誤魔化し、声も喋り方さえも模倣し、顔を、肌の色を変える。

 千変万化。千紫万紅の変装術、名を『傾城傾国』。おそらく後にも先にも、ただの技術を完全に他人に成り済ますという能力へと昇華したのは雨桐ただ一人であり、その能力一本であらゆる困難な仕事をこなしてきた。


 その完全無欠の能力をあっさりと見破られた雨桐は、今――


(……意外に鋭かったネ)


 ドクターの仮面の裏で多少なりとも動揺する。だが、まだ素が出る程追い詰められてはいない。


(さて。助けが来るのは後どの程度か……ビームフェンスがあるから邪鬼種でも多分それなりに時間はかかるだろうし、何よりここも五十階。単純な高低差もあるから、そんなに早いとは思えないけど……)


 雨桐はすぐに心を落ち着け、考える。慌てなければ必ず突破口はあると確信していた。

 メルトアの顔からは恐怖が見え隠れする。この分なら時間さえあれば心理戦で目的を達成できるだろう。


(……ジワジワと心を嬲り殺しにしてやるヨ)


 薄暗い倉庫で、冷たい戦いが幕を開けた。

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