第80話 ※エマージェンシーコール!

「やあやあ! さっきは災難だったねピストルちゃん! まさか四麻に遭遇するなんて――」


 能天気な笑顔でドクターがジョアンナに近付いた五秒後。

 銃弾を三十発以上撃ち込まれたドクターが歌舞伎町三丁目の地面に転がった。

 血だまりに沈みながら、くぐもった声で抗議の声を上げる。


「……再会した頭から何を……げふっ。何をするのさ。痛いよ」

「よくも逃げてくれたわね」

「仕方ないじゃん。ウチ、あんなのと顔カチ合わせたくないし」

「私だってそうなのよ!」

「ウチの場合は話がもっと違うんだって!」


 犯罪者なのだから当然だ。普通の人間のそれと違う理由で、四麻とは遭遇したくないに決まっている。

 だがジョアンナはドクターの都合など配慮したくない。気に入らない人間が気に入らない行動を取ったことがそもそもの怒りの原因だ。

 制裁は加えたので少し気が晴れたが。


「あーもー。服汚れちゃったじゃん。特別製だからすぐに色消えるけど水分は残るんだよ?」


 邪鬼種イビルなので、どんな怪我をしたとしてもすぐに復活し、立ち上がってくる。殺せない種族というのはサンドバッグとしてとても便利だ。

 本当に殺したいときになっても殺せないという不都合はあるが。


 痛みも感じていたはずだが、そちらに関してはもう消え去っているらしく、服に付いた穴の方をむしろ心配している。


「……後でまた繕わないと」

「裁縫で直しているの? 器用ね」

「他人事みたいに言ってくれるよね……」


 呆れ切っていると、ドクターのポケットからバイブレーションの音が響いてきた。


「あら。裏切。電話よ?」

「いや何で気付くのさ。気持ち悪っ」

森精種エルフの耳を舐めないで。そんなことより出ないでいいの?」


 しかし、しこたま撃ち込んだはずなのによく携帯が無事だったなとジョアンナは感心していた。

 防弾仕様なのか、本当に掠りもしていなかったかのどちらかだろう。どちらにせよ別方向に凄まじいのは変わりないが。


「あれ。五香ちゃんからだ。何かあったかな?」


 ポチ、と画面をタップして耳に当てる。


「あー、五香ちゃん。何かあったの――」

『ドクタぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』


 ギインッ、と耳がトぶような声量が飛び出して来た。

 ドクターは眼を回し、携帯を取り落として真後ろに引っ繰り返る。


 ジョアンナは取り落とされた携帯を器用に足でトラップし、リフティング。右手で掴み上げた。

 ドクターの治療がかなり効いているらしく、もうほとんど痛みはない。戦う分には問題がなさそうだ。


「メルトア様? どうして五香の携帯を使っているの?」

『あ、あれ? ジョアンナ? ドクターは?』

「メルトア様の大声でグロッキーよ」

『そ、そうか。すまない。いや今それはどうでもいいのだ! 助けてくれ!』


 かなり切羽詰まった懇願だった。ジョアンナの胸中に嫌な予感が広がっていく。


「どうしたの?」

『五香お姉が……五香お姉がっ……大怪我を!』

「――」


 目の前が真っ暗になる、という感覚を味わったのは初めてだった。

 すぐに明るくなったが、目に映るものすべてが遠くに見える。


『すまない……余が付いていながら、こんなことになるとは……! もうこれは余たちではどうにもできない。早くドクターをセントラルビルへよこしてくれ!』

「……待って。怪我ってどの程度? 意識はある?」

『ない。呼びかけても起きてくれない』


 メルトアは、今は泣いていないようだったが本当に追い詰められているような声色で。

 故に、必死さが伝わってきた。要はメルトアは泣いてないのではなくのだ。そんな余裕が現状、無い。


「ピストルちゃん。携帯返して」

「……え、あ」

「もう。テンパりすぎだよ」


 ワンテンポ遅れたが、ジョアンナは震える手で携帯をドクターへ渡す。

 その後、ドクターは一種事務的にメルトアから症状を聞き取り始めた。


 頭は打ったか?

 震えたりしているか?

 呼吸は浅くなったりしているか?

 気絶した後動かしたりしたか?

 どこにどんな怪我をしているのか?

 応急処置はできるか?


 その間、ジョアンナは何をしていたのか覚えていない。俯いていたような気がするし、ドクターをじっと見ていた気もする。

 少なくとも口は動かしていなかったことだけは確かだ。


「なるほどね……今すぐに突然死ってことはなさそうだ。わかった。すぐ行く。それまで五香ちゃんのことはもう動かしちゃダメだよ。頭の中を怪我してたら取り返し付かなくなるかもだし。ウチが辿り着ければ後はどうとでもなる」

『わ、わかった!』

「ああ、そうだ。メルトア。ついでに、これだけは約束しておいてくれる?」

『む? 何だ?』

「もしもウチ以外の誰かに『治療してあげる』とか『助けてあげる』とか『こっちに来れば助かる』とか言われたら、それはキミを騙そうとしている悪いヤツだ。全部断っていい。それでも押してくるようならその辺のものを投げつけて帰らせちゃえ」

『……わ、わかった』

「うーん、グッドガール。じゃ、しばらくしたら辿り着くと思うから」

『あ! ドクター! 余らは今……!』

「言わなくていい。場所はわかるから」


 メルトアが何かを言いかけるのを制し、ドクターは通話を切った。

 携帯をポケットに仕舞い直し、ジョアンナに目を向ける。


「大丈夫? ひっどい顔だけど」

「……今すぐセントラルビルってところに行くわよ。五香たちが向かったあのデカいヤツよね?」

「多分そうだね。ウチらなら別に、そんな確認しなくても居場所はわかるんだけど」

「先に行って。あなたの足は私より出来がいいでしょう?」

「オーキードーキー」


 軽薄に返事をしたドクターは、そのまま何の後腐れもなく走り出す。

 五香とメルトアの場所に向かって一直線に。


 相変わらず、バカげた俊足だった。

 それを見送った後、ジョアンナも追うように走り出す。


「……五香!」


 不安で胸が圧し潰されそうになりながら。足をもつれさせないように全力で走る。

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