第79話 ※それでも衣服は消し飛ばない

 パッ、と部屋全体が明るくなった。

 照明が点いたのではない。部屋に入った直後から既に点いている。


 壁を突き破ってオフィスに入ってきた存在が眩く輝いているのだ。


「メル公!?」

「……しまった。バックステップで壁をブチ抜いてしまった!」


 それは先ほどと同じ、熱を発しながら太陽の如く光るメルトアだった。元は赤銅色だったオレンジ色に輝く髪の毛が、熱の対流によって柔らかく揺れている。

 五香の顔を見てやっと失敗に気付いたらしい。身体に付いた埃を払い、体勢を立て直す。

 幸いなことに、メルトアは焼死体には気付いていないようだ。まだ廊下にいる何者かに全ての注意を送っている。


「五香お姉! 急に襲われた! 敵だ!」

「数は?」

「一人と一体!」


 妙なカウントをする。五香は壁に開いた穴の向こうが見える位置まで数歩移動した。

 不思議なことに、メルトアの放熱は五香を含む味方を温めこそすれ、焼きはしない。なので、巻き添えに関して心配はしなくていい。


 そうして移動すると、ちょうど穴を誰かが潜り抜けるところだった。


「やれやれです。まだ後処理が残っているというのにナイスタイミングでのお邪魔虫ですね。しかし一応、まだパノラは町長のつもりですので。一応挨拶はしておきましょうか。Welcomeようこそ


 長身の女だった。流石にメルトア程ではないが、見た目から賢人種サピエンスだと思われる女が出て来た。

 服装はスーツ。ただし、一目でカタギの者ではないとわかるような白いジャケットにズボン、派手な黒地のシャツ。

 髪は茶色の長髪で、腰のあたりまで伸ばしているようだ。手入れは行き届いており、メルトアの光を受けて輝いている。


 後ろにいるのは――


「……!?」


 生物かどうかもわからないだった。

 見た目は盾のように見える。正面には眼のような柄の文様が描かれており、それが不気味に明滅を繰り返している。

 そして、床から浮いていた。すい、とスライドするように女の後ろを付いてきて、穴を潜り抜けた途端にメルトアの身長と同程度まで巨大化する。


 一見すればどう見ても無機物。

 だが、それでは説明が付かない気配とでも呼ぶべきものを、その盾型のオブジェクトは放っていた。

 正体はまるで見当が付かないが、少なくともただの道具や武器ではない。


「……おい。メル公。ありゃ何だァ?」

「余にもほとんどわからない。わからないが、おそらく……!」

「ストップ。まずは自己紹介から始めましょう。あなたたちも名前も知らない誰かに殺されるのは御免でしょうし。Rightねえ?」


 ヤクザスタイルの女が場を仕切る。

 少なくともすぐに攻撃を仕掛ける気はないようだ。五香も情報を引き出すために、その提案に身を任せる。


「お初にお目にかかります。この身はパノライラ・スカイアーチと申す者。この歌舞伎町三丁目の町長を務めさせてもらっております。Nice to meet you初めまして

「……明智五香。ただのJKさァ」

「メルトア。ただの王女だ!」

「おい! 何を素直に名乗って――!」


 バシン、とパノライラは大きな音が響く柏手を打ち、涼風の意表を突く。

 反射的に口が止まり、会話が打ち切られたその隙にパノライラは涼風の顔をじっくり眺める。


「あなたは山城涼風ですね? 十一月上旬にやってきた」

「なっ……!?」

「町長ですもの。入って来て三日もすれば顔は覚えられます。Obvious当然に


 そんなわけがあるか、と叫びたい衝動に駆られる涼風だったが、現実に言い当てられているので何も言えなかった。

 いつの間にかこの場をパノライラが仕切っていることに誰もが気付いていたが、一種演説のようなパフォーマンスに釘付けになってしまう。


(コイツが町長……犯罪者の楽園の総元締め!)


 少し離れた場所で相手を睨む涼風が自称町長の身元について何も言わないのを見るに、誰かが騙っているという線は薄い。涼風がこの町に来たのは最近のことのようだが、彼女がこの町に詳しいのは既に十分過ぎる程知っている。


(一体何のために出て来たんだァ? 私たちの前に出て来るメリットなんか無いはず……)

「ではお別れです。Good die良き死を


 考察する余暇はまったく与えられなかった。パノライラが指を弾くと、後ろで待機していた盾型のオブジェクトが光る。

 メルトアとは違う光り方だ。どちらかと言えば、ジョアンナの使う銃のマズルフラッシュのような一瞬のもの。


(……何かが発射された!?)


 やっと理解できたのは、超スピードでメルトアがそれを叩き落してからだった。五香と涼風の二人に向かって放たれた正体不明の飛来物を、メルトアは靴の踵や側面で器用に叩き落す。


「ちっ! またこれか! 数が多くて面倒臭い! 手も使えないし! 燃えないし!」

「メル公!」


 ほぼ残像でしか何も捉え切れない。

 撃った直後は連発できないのか、盾はその後沈黙する。いつまた発射するかわかったものではないが、それをしげしげと観察する余裕があるかどうかもわからない。


 だが、あの攻撃を受けると何が起こるのかだけはわかった。


「……ッ!」


 五香の傍にあった焼死体が、発する熱と煙を更に増していく。

 何事かと目線を落とすと、その死体には爪型のカードが刺さっていた。


(熱……ッ!)


 思考が一気に弾け飛ぶ。

 死体が内側から爆発し、衝撃を伴う熱波が五香の身体を包み込んだ。


「――ッ!」

「まず一人……いや。ザコすぎて数に含めるまでもありませんでしたか」


 真横に吹き飛ばされた五香は、机の上に無防備に身体を叩き付けた。


「いっ……五香お姉ッ!」

「五香ぁーーーッ!」


 ――あ、痛い。


 痛みに意識が掻き消されていく。

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