第73話 ※大人の会議終了!

「そういうわけですので。あの王女サマ、さっさとこっちに渡してくれません? あなたも氷漬けになって死ぬのは勘弁でしょう?」


 それはもちろんだ、と内心で頷く。

 この話が本当ならばテロリストどころではない。仮にリバースのミッションを完全クリアしたところで東京ごとゲームオーバーになるのは御免だ。


 そしてジョアンナは落ち着いて対面しているからこそ気付いていた。この荒唐無稽そのものの話をしている間、四麻の身体から不自然な発汗は無かった。つまり嘘を吐くことによって生じるストレスが一切なかったということ。


「……本当なのね」

「おや。信じてくれたようですね。そうです。私、嘘は吐いていません。あなたの後ろにいーちゃんがいる以上、下手に嘘を吐くことはデメリットでしかないからです。何故か簡単にバレちゃいますし。というかあの王女サマから事情を聞けば裏付けは簡単に取れちゃいますからね。嘘を吐ける余地がないんですよ」


 この女は、メルトアがリバースによってここ数日の記憶を奪われていることを知らない。だからこそ『嘘』というカードを切れない。

 かつて激戦を繰り広げた怨敵四麻は、今だけは完全に信用できるキーパーソンでしかなかった。下手に利用価値があるだけにストレスが溜まる。


 いつの間にか肩を強張らせていた力を抜きながら、ジョアンナは溜息を一つ吐く。


「私の周囲に寄ってくる女って、子供以外はこんなんばっかり……」

「こんなん呼ばわりは酷いですよー。まあ、私も悪かったとは思いますけど。デパートでは殺そうとしちゃってすいませんでした」

「殺意があったことそのものは否定しないのね」

「家族以外の人間を頭の悪くて話の通じない類人猿チンパン扱いしてしまうのは、私の悪い癖なんです。お恥ずかしいなぁ、アハアハアハ」

「よーしいい度胸ね、支払い済ませて外出なさいこの不良ポリ」


 悪びれもせずに挑発じみた憎まれ口を叩く四麻に拳銃を突き付ける。ジョアンナの我慢は今にも破裂寸前だった。

 やはりどう足掻いてもこの女は好きになれそうにない。


「……ところであなた、いーちゃん以外に誰と行動を共にしています?」

「あ? そんなのどうでも――」

……とかいません?」

「――!」


 その瞬間、ジョアンナの頭の中に浮かぶもう一人の不良債権ゴミクズの顔。五香を実質人質に取った仲間と呼べない獅子身中の虫。

 虚を突かれたその表情を読んだのだろう、四麻は五香と同じ顔をニッコリと動かし、財布から一万円を取り出してテーブルの上に置いた。


「アハ。ここは奢ります。オレンジジュースが溶けるまでゆっくりしておいてください。どうやら交渉に応じたくないくらい私のことが嫌いのようですし。後のことは私が自力で頑張りますので」

「……あなた、どこまで知っているの?」

「あまり知りません。だから質問したんです」


 半分以上、勘頼りの鎌かけだったようだ。引っかかった自分の迂闊さが恨めしくなった。

 痛みに耐えるよう少しだけ目を瞑って俯いていると、その間に四麻はどこかへと消えてしまっていた。


 ジョアンナはテーブルの上に置かれた一万円を手繰り寄せ、ポケットの中に仕舞い込む。

 


(……後のことは自力でどうにかするですって? よく言うわ。毒蛇女)


 きっと一部始終はドクターに見られていただろう。

 五香に連絡するという名目で、見つからないよう隠れながらこちらの様子を伺っていたはずだ。実際、五香に四麻と遭遇したことを連絡したかもしれない。


 ジョアンナは慎重に考える。

 この名刺を捨てるか、否か。持ったところで役立てるか、否か。


(決まってるわよね)


 ジョアンナは名刺を捨てなかった。捨てられるはずがなかった。


◆◆◆


「五香お姉、大丈夫か?」

「あん? 別にへーき」


 メルトアの質問に、五香は軽く返答した。振り返った彼女の右目はガーゼと包帯で作った眼帯で覆われている。


 テーブルに頭を叩きつけた際、壊れた眼鏡のレンズで盛大に瞼を切ってしまったのだ。怪我の程度はそうでもないが、血が止まらなかったため少し大袈裟な風体になってしまった。


 一部始終を見ていて、原因でもあるメルトアは罪悪感が止まらない。


「すまない。余の料理の腕が未熟だったばかりに……」

「あんな訳の分からない場所で怪我したのは別にメル公のせいじゃねーさァ。ていうか私も予測できなかったしよォ。気にすんな。なっ?」

「というかお前、眼鏡が無くなって視力は大丈夫なのか?」


 涼風の質問は至極もっともだったが、それにはキッパリと答えられる。


「全然問題ねーなァ。そもそもあの眼鏡に度なんか入ってないしよォ」

「え? 伊達眼鏡だったのか?」


 ブルーライトカットグラスだ。携帯やパソコン等の液晶を見るときに目の負担を和らげてくれる。

 別に無くても生活には困らない。


 装備には特に不足は無い。周囲を軽く確認してから、五香は自分の掌に拳を打ち付けた。


「んじゃ、正々堂々、真正面から入るかァ」


 セントラルビル、入口近辺。十六時五十四分。

 五香チーム、活動再開。


「目標は副町長の事務所。派手にガサ入れんぞォ」

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