第74話 ※虎穴に誘い込む虎児
歌舞伎町三丁目、セントラルビル。一階。
町長と副町長の牙城。鉄の協定を敷き犯罪者の楽園を成立させる楔。中に入ってすぐ、階層ごとの役割を箇条書きにしたフロアマップが目に入る。
ビルの一階はエントランスホールとなっていて、受付の席もしっかりとあるが、全体的に無人無音であり、寂しい印象を受けた。
五香たちの活躍の影響が出ているのかもしれない。中にいた人間は町長、副町長どころか平の職員に至るまで、とっくに逃げたのだろう。
多少の抵抗は覚悟していたのだが、完全に肩透かしを食らってしまった。
セントラルビルは地上五十八階建て。書類やデータ上の事務を人力で処理する部が最上階五十八階と、その下の五十七階と五十六階。
町長、副町長の事務室は共に最上階にあるようだ。
目的地は判明した。判明したものの、五香はこのビルの構造の
「五十八階もあるのに人が活動してるのは上部三階層だけ……?」
「五十五階から四十五階まではサーバールーム兼常駐メンテナンス業者の詰め所。と言っても、その業者は普段町の外で暮らしてて必要なときだけ副町長が招いているらしいから無人だけど。ゼロイドの自動制御で大まかなメンテとセキュリティは十分らしい」
「今更だけど、そのゼロイドの制御って……」
「サーバールームが負担しているな。もちろんそのためだけの部屋じゃないが」
つまり自己で自己を守っているらしい。
この世に永久機関は存在しないため、この方法を取ったところで人の手を借りなければならないのは変わらないが。
「つーか、クラウド全盛期の令和にそんな大規模なサーバールーム作るとか不合理極まりねーなァ」
「中身は犯罪に腰までどっぷり浸かったデータばかりだろうからな。どんなに手間がかかろうと自分たちで管理した方が良いという判断だろう」
「壊していいものか?」
メルトアがワクワクしながら訊ねてきたが、今のところどうとは言えない。
壊した方がいいデータと言う物は実在するが、役に立つデータならば持ち去りたい。
「……中身をどうにか見てからだなァ。壊すにしたって」
思えば、一行には情報が足りていない。
歌舞伎町三丁目を探すのにも一苦労したし、中に入ってからも命の危機に晒されたので無理もないが、そもそもこの町の成り立ち自体まったく知らないのは致命的だ。
副町長がクレアと同じ獄死蝶の中心幹部となれば尚更だろう。
「副町長の事務所で証拠収集した後はサーバールームの情報漁ってみっかァ……」
自分の会社で管理しているくらいだ。おそらく権限のある者の部屋の端末なら直でサーバールームにアクセスできる。
何かしらのセキュリティシステム、基本的なところで言えばパスワードなどで守られているのは想像が付くが、そこは実際に触ってみて判断することにした。
(……つーかこういう力技で犯罪をするタイプの企業だし。完全ペーパーレス化してるとは思えねーよなァ。どっかしらに物理的な資料くらいあんだろォ)
大体のセキュリティにおいて、最大の穴は人間だ。
極論、自分に与えられた端末やアカウントのパスワードを覚えるのが面倒だからという理由で、パスをメモって張り付けている可能性はある。
人間、百人いれば一人くらいは迂闊なことをする者が混じるだろう。
「んじゃあ、さっさと上行くかァ」
「ところで五香お姉。あとの階層は何をしている場所なのだ?」
「職員専用の寮と……ほとんどはファクトリー……? って書かれてるなァ」
「ふぁく……?」
ピンと来ないメルトアの顔。それを見た五香もいまいちよくわからなかったので涼風に頼るような目線を投げるが、彼女も首を横に振った。
涼風にもわからないのか、あるいは単純に答えたくないのか、細かい意図は汲み取れなかったがどちらにせよ情報は無いらしい。
「……時間ありゃ覗くさァ」
五香がそう言ったとき、涼風の顔が僅かに曇る。
(……答えたくないの方だなァ。何があるってんだァ?)
まるで予想はできないが、予感だけはあった。
こんな場所だ。まともな意味でのファクトリーではありえないだろうと。それでも、最終的には進むしかない。
「よし。行くぜェ」
心の奥底にわき出した恐怖を抑え、三人は進む。
副町長の足取りを掴むため、敵の懐深くへ。
(ジョー。裏っち。待ってなァ。絶対に成果を掴んでくるからよォ……!)
◆◆◆
「……で? 入ったはいいが、何でこんな場所で隠れなきゃならない?」
セントラルビル三階。不満を隠さずに涼風が言う。
そこは職員専用の寮のフロアであり、こちらもやはり人気が無くガランとしていた。
無音で逆に耳が痛くなりそうであり、メルトアに至っては退屈そうにあくびまでしている。
意気揚々と乗り込んだ先で、五香が選んで降りた階層だ。五つ並んだエレベーターの傍で、三人は何をするでもなく佇んでいる。
「急いでいるんだろ? 何故こんな場所で油を売っている」
「まー、そうなんだけどなァ。ちょっと引っかかってよォ。何も無ければこのまま五分後には活動再開するから、このまま待機で頼むってェ」
「こんなことに何の意味が――」
「釣り」
途中で言葉を切られた涼風は、言葉の意味が理解できなかったのか眉を顰めた。
「……はあ?」
「そういう反応もまあわかるんだけどなァ。でも確実にいると思う」
「何の話だ?」
「
それは実に単純明快な答えだった。単純すぎて威力が高く、涼風は眼を見開いたまま黙ってしまった。
「人数は、まだわかんないんだけどなァ」
五香はエレベーターの現在地を示すランプを、じっと見上げていた。
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