第72話 ※家出の影響
「さっき獄死蝶が抱えている竜の卵の内一つは、卵の状態でも周囲を灼熱地獄に変えると言いましたが……その対抗策としてやってきた件の女王がいれば状況は安定するはずだったんです」
「この暑さから考えて問題は全然解決してないんだろうなというのは察したのだけど……そもそも混竜種の能力は火炎を吐くことでしょ? 冷却したいのならまったく逆じゃないかしら?」
「あ、違います。女王、または王族レベルの血統持ちだとそれだけじゃないんです。あの王女サマはまだ使えないらしいですが」
そう言いながら、四麻はスーツの内ポケットを漁り小型のスプレーを出した。香水瓶のような手に収まるサイズのものだ。
それをシュッと一吹き、ジョアンナのオレンジジュースの入ったコップに振りかける。
「ん……?」
最初こそ意味がわからなかったが、その変化はジョアンナの肌でも感じることができた。あまりの落差にジョアンナは身体をかき抱く。
「
気温が急に真冬並みに降下した。
直接スプレーを振りかけられたコップの方はと言うと、その中身のオレンジジュースを完全に凍らせている。
完全に固まって、もはやストローを吸い出しても飲むことが不可能だろう。
「冷却ガス。まあ言っちゃえば気化熱を利用した冷却スプレーと同じ原理ですが……これの場合はちょっと尋常ではないレベルの熱が奪われるんです。ちょっと振りかけただけでこの通り、オレンジジュースがオレンジシャーベットに!」
「いや飲めないわよ! シャーベットどころかオレンジのブロックじゃない、これ!」
「これが王族レベルの混竜種が使えるもう一つの武器。灼熱の吐息とは対を成す超冷却ガスです。これを使って今現在、東京二十三区全域を冷却している最中なんですよ。散布の仕方はこちらの都合で極秘ですが」
「冗談じゃないわ! こんなモン一歩間違えたら逆に氷河期の到来……ん? 最中? もう使っているの?」
「はい」
「……まだ全然暑いわよね?」
今実演した通り、ちょっと振りかけただけでジョアンナの周囲は真冬並みの極寒と化した。
だがその冷却効果は徐々に拡散し、直接振りかけられたオレンジジュースはともかくとして余波や余韻は消えて行く。
後に残るのはさっきまでの残暑並みの暑さ。
「理由は二つ。一つに、この灼熱を生み出している竜の卵の効果が段々とグレードアップしてきているから。そしてもう一つの理由がまさに、あの王女サマのせいなんですよねー」
「メルトア様はこの冷却ガスを使えないんでしょう? なら女王様と組んでも大した冷却効果は望めないわよね?」
「子供がガチ目の家出して冷静でいられる親って、いると思います?」
「……はい?」
「冷静じゃなくなった状態でマックスバリバリに働ける人間は? どうです?」
「……あー……」
四麻の言いたいことがわかってしまった。それなら仕方がない、と心の底から同情的になってしまう程に。
「メルトア様が家出した影響で本来のポテンシャルを発揮できてないってこと……?」
そもそも東京の冷却にどれだけの労力がかかるのかなど、スケールが大きすぎてまったくピンと来ない。しかし聞くからに重労働であることは間違いない。
そんな状況で一人娘が家出したとなれば、精神が極限までグズ付いてもおかしくはないだろう。
スケールに対して、あまりにもくだらないとは思うが。
「しかもあの親子がこの国に来たことはテロ対策の観点から極秘だったので、あの子の捜索に特テロの私たちが動員される始末だったんですよ。他の課にあっさり回すわけにも行かなくって」
警察全体の動きの鈍さと、四麻の動きのアグレッシブさのチグハグさの辻褄がこれで合った。
それと、初対面時に四麻が何にイラ付いていたのかもハッキリした。
(余計な仕事が回ってきたから気が立ってたのね)
かと言って、この女の悪逆非道のすべてが許されるわけではないが。
未だにジョアンナはこの女のことが嫌いだった。仕事だからと言って、やっていいことと悪いことがある。
義理はないので一々説教したりはしないが。
「あの女王サマ、マジで勘弁してほしいんですよねー! このまま精神の均衡を欠いたまま働かせておくと、そう遠くない内に暴走を起こしそうなんですよー!」
「暴走? 何それ?」
「冷却能力の制御を欠いて、逆にこの東京を冷やし過ぎます」
「!」
どうやらここで話が戻ってくるらしい。
「東京の永久凍土化……ってこと?」
「そ。まさにさっき言った通りのことになります。あの女王サマ、精神の均衡を欠いたままずうーーーっとこの東京を冷やし続けてきたんですが……肉体はともかくとして、そろそろ精神的に限界でして」
「休ませなさいよ」
「そうなったら逆に暑くなりますよ? 新宿にある書店の本が全部自然発火するくらいに」
「……も、盛ってるわよね? 流石に」
「あのですね」
ガシ、と苛立たし気に四麻は頭を掻いた。
必死に笑顔を取り繕っていたのだろうが、この女はところどころ綻びを生じさせる。
そこから覗けるのは、底無しの怒りだった。
「冗談ならいいなと思ってるのはこっちの方ですよ」
眼の奥に灯る怒りの炎が教えてくれる。
何一つとして、嘘も冗談も入っていないと。
(……参ったわね……!)
こんなとき五香がいてくれたら、と弱音がジョアンナの脳裏をよぎる。
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