第71話 ※外交の深層
「竜の卵って聞いたことあります?」
「……何かの隠語かしら?」
「ああ、じゃあ竜……ドラゴンのことは?」
それは知っている。連結世界出身のジョアンナとしては常識に等しい。
「あっちの世界でたまに発生する原因不明、突発的な生物災害のことを十把一絡げにそう呼ぶわね」
要はいつどこで産まれるのかさっぱりわからない上に、どうやって成長したのかもわからないほど強力な生物群だ。
世界に対して殺意を持っており、
ドラゴンとは言うものの、その姿は千差万別。爬虫類どころか哺乳類に似た特徴を持つ物もあるし、たまに鉱物や機械じみた無生物の姿を取ることもある。
どういうわけか連結世界では、これらのドラゴンが台風や地震と同じくらいの頻度で現れる。今では対策には慣れたものだが、それでも毎年これのせいで何人かが死んでしまうし、規模が大きいものなら何千という単位での死傷者が出る。
「
「ところで不勉強で恐縮なのですが、
「全然違うわ。あれでも一応人類には違いないし。名前の意味はほぼドラゴン並みに強いってところね」
第一、原因不明で産まれるわけのわからない生物群なのだから混竜種と違って研究も遅々として進んでいない。
強すぎるドラゴンは自然消滅するかのごとくどこかに行ってしまうし、倒せたドラゴンも体組織の大半が何故か消滅してしまう。
解析できないという脅威も相まって対症療法的な扱いしか出来ず、災害であると考えるしかないのだ。
(それと同規模の混竜種は
「じゃあ前提が共有できていることが確認できましたので、改めて説明しますね。竜の卵は文字通り生物災害ドラゴンの卵です」
「あるわけないでしょう、そんなの。原因不明だからドラゴンなのよ。百歩譲ってドラゴン並みに強い生物がいたとしても、ドラゴンの卵なんてものが実在するわけ……」
「どこかのテロ組織が原因を解明したとしたら? それも全世界で真っ先に」
「はあ……?」
それならば、とは思う。思うが意味の無い仮説だ。そんなことが実際に起これば町どころか都市や国の一つや二つ、軽く吹っ飛ぶ。
どこかの善良な研究機関が解明するのならともかく、悪用する気しかなさそうなテロリストの手に渡れば何が起こるか分かったものでは――
「えっ」
違う。四麻は仮定の話などしていない。そんなことをのんびり話すようなメンタルの持ち主ではなかったはずだ。
この女は実際に起こった最悪のシナリオを話している。
「まさか、獄死蝶が……!?」
「そこまで知ってて何故竜の卵の情報が抜けてたのかが疑問ですが、そういうことです。ヤツらは一個孵化すれば都市一個終わらせかねない災厄を手に入れたんですよ。で、現状今すぐ使えそうな卵が三つあることもわかりました」
「待ちなさい! それは、いくら何でも……本当だったら
言うなればそれは『国の真上にどこからともなく超大型台風がテレポーテーションしかねない』のと同じことで、現実的ではないが実際に起こった場合の被害は考えたくもない程甚大なものとなるだろう。
経済にもダメージが行くことは言うまでもなく、この国は物理的にも世界的にも沈没する。
「一つは諸事情でとっくにぶっ潰れてますが、あとの二つが問題でして。特に、片方は卵の状態にも関わらず東京を灼熱地獄に変えられる力があることもわかりました」
話が繋がってきた。つまりこの残暑のような、十一月にしてはありえない暑さの正体がそれだったのだ。
「当然、そんなことはさせられない。ですのでうちの国は極秘裏に、グレイヴベルト王国に協力を要請したんです。まさか女王サマが来るとはこっちも完全に予想外でしたけどね。オマケに娘さんもいましたし?」
「メルトア様のことよね」
「王女サマが来た理由は『見学』だそうです。グレイヴベルト王国の主な産業は
「……でも、メルトア様は……」
「原因は知ったこっちゃありませんが家出しました。女王サマの携帯を借りて、ボイスメモでの書置きを残してね」
メルトアは文字が読めないし、書けない。だから黙って出て来たのではないかと不安だったのだが、どうやら親にはキチンと(一方的に)連絡していたようだ。
少しだけ胸を撫で下ろす。
「これが十一月の四日に発見されたボイスメモです」
ポチ、と四麻が携帯でスイッチを入れる。
『母上が遊んでくれないので、余が単独で竜の卵とやらを壊して来る! 終わったら帰るので心配はいらない! 余に任せよ!』
「任せられるかァッ!」
録音に本気でツッコミを入れてしまった。
メルトアのポテンシャル自体は凄まじいものだが、それでも彼女は子供だ。悪い大人に騙されればフィジカルの一切が簡単に通用しなくなる。
端的に言って、頼りなさ過ぎて信用するに値しない決意表明だった。可愛らしいとは思うが、それがテロリストに通用するかは別問題だ。
というか十中八九、可愛らしさは武器にならない。
「……で。ここから将棋倒し状に状況が悪化し始めたんです」
四麻の顔が、僅かに忌々し気に歪んだ気がした。
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