第70話 ※侵入! 関係者以外立ち入り禁止部署!
メルトアにドリンクバーの使い方を教えてから、五香はやっと席に戻ってきた。涼風はまだイラついている感じだったが、努めて怒りを引きずらないようにして会議を再開する。
涼風が知っている限りのセントラルビル(事務所の入っている建物はそう呼ばれているらしい)の内情を聞いた後、涼風は別の注意事項を語り始めた。
「この町の副町長に用事がある。そこら辺はこの私もお前らも同じだろうが……他にどうしても留意しておかなければならない点がある」
「それは?」
「パノライラ・スカイアーチ。この町の正真正銘のトップ。
「……ん? ちょっと待てよォ。スカイアーチ?」
目的のコクリカと同じ苗字だ。しかも役職が、いかにも副町長の真上の町長。とても偶然とは思えないが、種族が違う。
「その辺りにはこの町に住んでいる全員が引っかかった。だから興味を持ったヤツはあの手この手で町長の身元を特定しようとしたんだが……そのことごとくが失敗。誰一人として、パノライラ・スカイアーチのルーツの一片すら掴むことができなかったんだ」
「偽名とか整形とか……そんなチャチな話じゃないんだろうなァ」
「流石にそんなショボい真相は既に何遍も洗ってある。この何でもありの犯罪都市においては合法非合法問わない情報収集が最大の産業なのにも関わらず、あの女だけが正体不明の悪の華として君臨している。不気味なんてもんじゃない。もっと単純に――」
「ありえない女……ってことかァ?」
実際、この世界の犯罪情報に関しては片っ端から頭に突っ込んでいる五香ですら聞いたことのない名前だ。この町の町長をやれるくらいの人間が、まったく経歴がわからない犯罪者というのは不思議と表現する他ない。
「……獄死蝶、か」
最初はクレアだけをターゲティングしていたため、その組織の名前をこんなに頻繁に聞く羽目になるとは五香も予想していなかった。
歌舞伎町三丁目の副町長をしているコクリカ。あのジョアンナをあと一歩のところまで追い詰めたマリーシャ。彼女たちは獄死蝶における中心幹部の面々で、これが同じ町に複数集まることは異常事態そのものだ。
(東京で今、何が起こってんだァ……? 果ては王女までいるしよォ)
「五香お姉! 最強のドリンクができたぞ!」
その王女はと言うと、ドリンクバーの全種類の飲料を同じコップに注ぎ込み、未知のカクテルを作っていた。
子供なら一度は通る道だ。数分後にはあのキラキラした目が曇るのかと思うと心が痛むが、これを機に強くなってくれればいい。
「はいどーぞ!」
ゴトン、と元気よくそのコップがテーブルに置かれた。より詳しく言うなら五香の目の前に。
「は? ……えっ? いや飲むの私かよォ!?」
「美味いぞ! きっと!」
しかも味見をしていない。
五香も既に思春期終盤。こんな得体の知れない物を飲めるはずがない。残念だがメルトアには断りを入れて突っ返すしかないだろう。
五香は顔を上げ、メルトアと目を合わせ。
「余の感謝の気持ちだ。いや、五香お姉だけに感謝しているというわけではないが……余のことを導いてくれるみんなには感謝しても仕切れない。暇ができる内に、少しでも返しておきたいのだ」
顔を赤らめ恥じらいながら、いじらしく、可愛らしく先手を打たれ。
「受け取ってくれるだろうか……?」
「謹んでお受け取りいたします!」
歓びに心を震わせながら即座に口に流し込んだ。
瞬間、口の中に広がる無限の情報の洪水。
何も無い? 否、何もかもある。すべて理解できる。情報がいつまで経っても完結しない。
「ハッハァ! 味の無量空処だぜェーーーッ! げぼっ」
ズガンッ! と眼鏡が落ちた頭蓋骨とテーブルでサンドイッチになった。
あまりのことに五香の優秀な脳ですら自らの口の中で何が起こったのか処理しきれなかったのだ。
吐き出したいと思っても吐き出せないので、やがて五香は考えることをやめた。
◆◆◆◆
「あの王女サマをさっさと親元に返さないと、東京が滅んじゃうんですよね」
「は?」
明智四麻と町を適当にブラつき、目に付いた定食屋に座って注文した料理を待っていると、四麻が急に突拍子もないことを言い始めた。
「なので抵抗せずにあの子渡してくれません?」
「ま……待って。待って待って待って。何もわからないわ。AからZまでの間をすっ飛ばさないで。何がどうして東京が滅ぶって?」
「あの子の親が東京を永久凍土に変えて少なくとも東京に住んでるヤツ全員死にます」
「だから何でよ!?」
「んー……まあ、いーちゃんと行動を共にしている以上、無関係では無さそうですし。喋っちゃいましょうか。私たちがどうやってテロから東京を守ってきたか。大体ここ一週間の話を一から十まで」
先に頼んだドリンクが配膳される。四麻にはカプチーノ。ジョアンナにはオレンジジュース。
だが、ジョアンナはそれに口を付ける気にはなれなかった。
あまりにも突拍子もない話だ。一笑にふして当たり前の内容。信じる方がどうかしている。だが――
(……顔がマジね、コイツ……!)
人が嘘を吐いているかどうかは、ある程度見抜けると自負している。
この女は、五香の言う通りなら意味もなく嘘を吐くようなパーソナリティはしていないはずだ。
つまり。
「これ、ガチ話なのでネットに流したりしちゃダメですよ?」
信じたくない真実を語ろうとしている。
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