第68話 ※急に正論でぶん殴ってくる:急に声色と笑顔で呪ってくる

 結局、五香の正論に何も言い返すことができず、ジョアンナは五香たちを見送ってしまった。

 彼女は最低限の指示だけを置いて行ったが、それは『ジョアンナとドクター抜きで片付ける』という決意表明のようにも聞こえてしまい、ジョアンナは誰に憚ることもなく消沈してしまう。


「……結構遅れたけど、開いてよかったね。シャッター」


 建物の外で起こる荒事から、中にいる人たちを守るために閉められていたシャッターは、五香たちが去った直後あたりに開き始めた。ホテル以外の店舗も、その営業を何事も無かったかのように再開する。

 本当ならば公開処刑された五香たちやパンプキンの撒き散らした接着剤を片付けてから開くのだろうが、残念なことに後処理をするゼロイドはもう一体たりともいない。

 閉めるだけ無駄、という判断なのだろう。


 新しい服を買うだけの金銭的余裕はまだあったので、ジョアンナは適当に入った店の適当なシャツと下着を手に取り、適当に着込んだ。


「まだ買ってないけど」

「いいのよ。『試着して気に入ったから買う』とか言っとけば」

「つーかウチら公開処刑されてた側だよね? ちゃんと売ってくれるかな?」

「金はあるわ。これでウダウダ抜かすようなら銃チラ付かせて脅すしかないわね」


 投げやりだ。何もかもに興味が失せている。

 ドクターはそんなジョアンナの様子を見て呆れたように息を吐いた。


「五香ちゃんに捨てられたからって不機嫌になり過ぎだよ。大人気ないなー」

「捨てられてないわよ! そもそもあの子の所有物になった覚えも一切ないし!」

「じゃあ不機嫌になる道理がないでしょ。ひっどい顔だよ?」

「うるさいわね……!」


 逃げるように、速足でジョアンナはレジへと向かう。

 都合悪く、ちょうど先客がレジに駆け込んでいた。しかもそこそこの量を買い込んでいて、店舗の規模が小さいためレジは目の前の一つしかない。


 並ぶしかなさそうだった。

 その間、ドクターの減らず口をずっと聞いていなければならないと思うと辟易する。


「ああ、待ってよピストルちゃ……うぎゃ」

「うぎゃ?」


 しかし予想は途中から外れてしまった。

 変な鳴き声を上げたかと思ったら、ドクターは先にそそくさと退店してしまう。携帯のアドレスは登録済みだからはぐれようがないが、それにしても不自然な動きだ。


 まるで嫌いな物が目の前にあるかのような。


「あら。カードは使えない? キャッシュのみ? 残念。ポイント付かないんですね、ここ」

「……」


 聞き覚えのある声が耳に入った。

 というか、ずっと臭っていた。ドクターは香水のお陰で死臭はほぼ消えているが、それでもジョアンナの嗅覚は他の森精種に比べても数段優秀だ。完全に誤魔化せはしない。


 それが逆に仇となった。精神が万全なら間違えようが無かっただろう。完全に油断していたと言う他ない。

 この死臭の主は、ドクターではない。別のもう一人だ。


(逃げ……いや無理ね!)


 気付かれない内に逃走しようか、とも思ったが、やめた。

 というか、無理だった。


 そんなことをすれば万引きだ。まだ代金を支払っていない。

 犯罪者の楽園で何を、と思わないでもないが仕方がない。自分から能動的に行う犯罪行為にはどうしても忌避感がある。


 ならば商品を置いてそのまま退店すればいい、と思ったがそれも難しい。今、ジョアンナは商品を持っているのではなく着ているからだ。


(仕方ない。どこかに隠れてやり過ごすしか……!)

「あら。あらあらまあまあジョアンナさん! 奇遇ですね!」


 通常であれば。

 ジョアンナはその声を合図にして床を蹴り、店内の方向へと爆走していただろう。そして隠れてやり過ごし、が諦めてどこか行くまで息を潜めていたはずだ。

 だがこのときのジョアンナにはそれができなかった。


 何故だろう。この声には魔力のようなものがある。思わず最後まで聞いてしまうような抗い難い、呪いじみた力が。


 足はその一瞬、固まったように動かなかった。


 ぱしん、と背中を軽く叩かれる。


「この方向にマッピングの触手を伸ばしたのは何となくですけど。いやあ、運が良かったみたいですね! とても幸運です! 知り合いに会えて!」

「明智……四麻……!」


 親し気な笑みを浮かべ距離を詰めるのは、スカート型のスーツに身を包んだ五香と同じ顔の女。

 昨日、ジョアンナと死闘を繰り広げた特異テロリズム対策課の明智四麻だった。


「いーちゃんは一緒にいないんですか?」

「……別行動よ。私に何かあれば、あなたの後ろから襲撃するかもね」

「あはは、嘘ばっかり! あの子と一緒ならそんなダサい服着たりしないでしょう?」

「は?」


 ジョアンナは今更ながら自分の着ている服を見る。


『銃人』


 白い生地に達筆でこう書かれているシンプルなダサTだった。


「何この服ッ!」

「こっちの台詞なんですけど。読み方はさしずめ『がんちゅ』と言ったところですか?」


 ここまで喋っていてジョアンナは確信する。

 麻酔や毒の類を使われた形跡はない。そんなことをされたら臭いでわかる。


(やる気ならとっくに仕掛けてきているはず。コイツ、何の狙いがあって私に……!)

「で? 何の狙いがあって私に近付いてきたんですか?」

(ホントに偶然みたいね!?)


 質問に対するジョアンナの反応を見たのだろう。四麻の方も、ジョアンナと鉢合わせになったのが偶然だと判断したようだ。


「……情報共有、しません? 大丈夫、もうハメたりしませんから。うふふ」


 五香とは違う種類の、上品な笑い方。

 その笑顔が、ジョアンナには気持ち悪くて仕方が無かった。

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