第67話 ※獄死蝶を探せ

「あなた気絶しすぎじゃない? どれだけ心臓が小さいのよ?」

「今度は気絶していない。精神のヒューズが飛んでいただけだ」


 わかる、と裏で五香は同意する。本気で怒ったジョアンナは怖い。それこそ精神が摩耗して世界すべての輪郭がぼやけて見えるくらいだ。

 先程ジョアンナに説教されている間、ちょっと泣きそうになったのは五香だけの秘密だ。涼風への仲間意識は胸に秘して五香は話を続ける。


「さて。それじゃあコクリカに関する情報の擦り合わせだ」

「待ちなさい。その前に、そのコクリカってヤツを見つけたところで、その後どうするの?」

「使い道はいくらでもあると思うけど……まずは出口を開けさせて私たち外に出ることになるかなァ」

「四麻は?」

「口八丁で置いてきぼりにするに決まってんだろォ」

「あなた自分の叔母に対して容赦無さ過ぎじゃない!?」


 ジョアンナのツッコミはもっともだったが、五香は一切怯まない。


「家族同士の食い合い、騙し合いは明智家の花さァ。ま、多分あっちも隙あらば目的のために私を食うだろうしなァ。お互い様お互い様」

「……あなた、虐待サバイバー?」

「酷い偏見すぎる! 明智家はちょっと特殊なだけでみんな仲良しの家族だってェ!」


 ジョアンナは微妙に納得しない顔のままだが、ひとまず五香の言葉を信用する。五香の未来に禍根が残らないのなら心配することは特にないらしい。


「じゃ、擦り合わせに戻るぜェ。コクリカ・スカイアーチ。年齢は二十四歳。職業は元ロボット工学の権威。科学者だなァ。身長は百三十九センチ」

「小さい。その上に元ロボット工学の権威にしては若すぎないかしら?」

「種族も相まって、というところはあるだろうけどなァ。まあ天才児だったのは間違いねーさァ」

「種族?」

鍛工種ドワーフ


 おお、とそれを聞いたメルトアが声を上げる。


鍛工種ドワーフ! 知っているぞ! 余の国には賢人種よりいっぱいいたからな! 力強くて器用で、総じてとても小さい頑丈な種族であろう!」

「はい、メル公大正解」


 ついでに言うと、この日本においては森精種エルフと並んでよく見る種族だ。と言っても街を適当にブラ付いても目撃するのは稀だろうが。


「あとの特徴を上げるとするなら引き籠りがちなところだな」

「そこまでは言わなくていいわ」


 引き籠りがちというよりは、もっと単純に外に出たがらない種族と表現すべきだろう。生物学的には賢人種とそう変わりはないのだが、この種族は太陽に忌避感を持っており、昼に直射日光が当たるような場所にはやってこない。


「別に太陽に焼けやすいとかそういう特徴でもないのに、何で太陽の下に出て来ないのかは未だによくわかってないんだけどね」


 ドクターの補足はよそに置いて、五香は続ける。


「涼風さんの言うことにはコイツが外に出る手段を握っているはず。さっさと確保して先に出口に到達し、後の作戦はそのときに考えればいい」

「まだこの町にいるかしら」

「いると思うぜェ? 何せ仲間のクレアが四麻叔母さんに捕まったままだしよォ」

「……それにしても、クレアと同じテロ組織の仲間が同じ場所にいるとはね」


 偶然と考えるには出来過ぎている。仲間なら一緒に行動するのは当たり前のように思えるが、不穏な情報が既に五香の下に入ってきている今となっては簡単に看過はできない。


「……異常気象を引き起こすテロ……かァ……今は考えても仕方ねーけどなァ。それもついでに訊いてみっかァ」

「ウチらにとっても無関係ではなさそうだしねぇ」


 失われた四日間の中で、同行していた五香とドクター。その謎を解く一助となるかもしれない。


「時間はそんなにないかもしれないなァ。今のところ主導権は私たちより、クレアの身柄を抑えている四麻叔母さんにある。だから何が何でも出入口のシステムを真っ先に知ってそこからアドバンテージを取りたい。四麻叔母さんはそんくらいしないと出し抜けねーからなァ」

「そう? 一度勝ってるでしょう? しかもあなたの作戦で」

「簡単に言うなってェ。あんときはから上手くハメられたんだ。今度も上手く行くとは思えねェ」


 五香はジョアンナとの会話の裏で、勘定を弾き出す。

 歌舞伎町三丁目は、メルトアの大暴れのお陰で今はほぼ安全地帯だ。仮に危険が残っていたとしても以前程ではない。


 ならば二手に分かれてもリスクは無視できるレベルだろう。

 コクリカに関してはネットで検索すればクレアと同様、顔写真は出て来る。情報の共有の不都合は考えなくてもいい。


「よし。そうと決まれば、だなァ」

「どうするの? 五香」

「二手に分かれる。チームAは私とメル公、そこにいる涼風さん。チームBはジョーと裏っちだァ」

「え?」

「私たちはコクリカの足取りを正攻法で追う。副町長って呼ばれるくらいだから事務所の一つでもあんだろォ? ひとまず真っ直ぐにそっち行って……」

「ちょ、ちょちょちょ……」


 ガシリとジョアンナが喋っている途中の五香の肩を掴んだ。


「何だよォ」

「何だよォじゃないわよ! 私をコイツと二人きりにする気!?」

「仲良くしろよォ」

「できるかァッ! いや、というかチーム分けするにしても私はコイツと一緒にはなりたくないわ! メルトア様と交換を……!」

「え? イヤだなァ。つーか無理だなァ」

「何で!?」

「だってジョー、怪我人だろォ? 服もボロボロだしよォ」


 うぐ、とジョアンナは黙らされてしまった。


「もうちょっと休んで、服も着替えて来いってェ。じゃないと逆に迷惑だしよォ」

「歯に絹着せなさいよ……!」


 だが正論だった。

 どこまでも五香らしい、理詰めだった。

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