第57話 ※罠カード発動! 《自業自得》!

「ギャアアアアアアアアアア!?」


 雨桐の色気ゼロな悲鳴が夜空に響き渡る。

 と言っても、もう既に光量だけで言えば夜ではない。完全に昼だった。


 メルトアの発する熱が一秒ごとに指数関数的に増していき、雨桐のたおやかな黒髪も熱によって、毛先から段々カールを描いていく。


 この空を飛ぶ絨毯はブレインマシンインターフェイスだ。登録者は雨桐。彼女が望めば絨毯はどこにでも、どのようにでも飛んでいくが、最大速度が思念の強さで変わったりはしない。


 逃げ切るには出力が不足していた。


「アアアアアア熱熱熱暑暑暑アアアアアア!」

「あははははははは! 走れ走れー! 迷路の出口に向かってよー!」

「言ってる場合かクソボケモヤシーーーッ! そのなまっ白い肌をこんがりトーストされたいのかヨ!?」

「もうなってる」


 急いで振り返る。

 クレアは邪鬼種なので寿命が来るまでは不死身だ。なのでどんなに大怪我をしたとしても気にする必要は特にない。


 ないが、基本的な人体の仕組みと構造は賢人種のそれと違いはないので、見た目から痛そうだなとは思う。

 クレアの肌は既に、火傷で真っ赤に爛れていた。笑っている顔面の皮膚も痛々しくはれ上がっている。


「ええっ!? まだそんなに熱くはなってないヨ!?」

「いや何回か熱波が来てて、それから雨桐を庇ったから結構モロに焼けちゃって」

「私のせいかヨ! ごめんネ!」

「仲間だし別にいいよ」


 なお、この二人は協定による加護を意図的に打ち切っている。

 協定がある場合、町は彼女たちを守らなければならないため、屋外での賭けの鑑賞ができなくなる。その対応を振り切るための仕込みだったが、完全に裏目に出た。


 この焦熱地獄から、二人は自力で逃げなければならない。絨毯が耐熱性だったのがせめてもの救いだった。


「つーか! 何ネ、アレ!? いくら炎を吐く種族とは言え、全身からこんな異常な量の光と熱を撒き散らすとか! 本当に生物かヨ!?」

「王族クラスは完全に別モンだからねー。混竜種ドラゴニュートが人類最強の種族であることは周知の事実なんだけどさ。彼女らの体内にある『火を作り出す臓器』そのものが凄まじい熱を持っていて、それを全力でフル回転させるとああいうふうに体表に光や熱が零れ落ちるんだってさ。

 ほら、あの子の周りにあるオーラみたいな光と炎。よく見てよ。綺麗だよねー」

「お前焼かれてるのに凄げー呑気だネ!?」

「死なないし」


 しかし本当にありえない熱だ。

 混竜種の王族や貴族はそもそも、強いからこそ権力を持っている。種族の特性上、強い者からは強い者が産まれやすいし、その系譜は遺伝によって『最強』を保証してきた種族であると表現できるだろう。


 だが、その傾向を差し引いたとしてもやはり格が違う。


「今代の女王は世界を一晩で二回滅ぼせる力を持っていると話題だったけど、娘も娘でパないねー」

「ていうか! 戦地から離れて行っているはずなのに、何で熱が引かないネ!? おかしいヨ! どう考えてもアイツ、こっちに向かってきているとしか思えな――!」


 話の途中で響く激突音に、雨桐は小さく悲鳴を上げる。

 一歩間違えれば絨毯に落下するような軌跡で墜落するのは炎上する化生山吹だ。


 雨桐は運転に集中していて振り向けないが、まさか、と思うことはできる。


「……もしかしてネ?」


 雨桐は無双ゲーというジャンルのアクションゲームを連想した。

 簡単に言えば画面の半分を埋め尽くすような大量のモブエネミーたちを切り倒しながら進んでいくジャンルだが、これには一つの共通点的特徴がある。


 攻撃をしたとき、必ず操作キャラクターの立ち位置が動くことだ。

 前方の敵を倒せば前方に移動する。あるいはダッシュをしながら敵陣を切り裂くようなコマンドもあり、ゲームデザイン上、このタイプの攻撃は多様される。


 何故そのような特徴があるのか。実際にやってみればすぐにわかる。


 からだ。


 そして大抵移動先は自分では意図的に選べない。選べるような達人もいるだろうが、ゲーム素人の子供には不可能だろう。

 どの敵をどの順番で倒すかを、プレイしながら綿密に計算する必要があるが故に。


 つまり。


 今のメルトアは眼に付いた飛行する化生山吹を適当に倒し、そして次の狙いである山吹を見つけたらそちらに飛び、また倒す。

 化粧山吹は、そのメルトアを追う。そして止めようとする。反撃を受けて墜落する。


 その繰り返しの結果として、たまたま雨桐の方向へと群体が移動していったとしても不思議ではない。


「運悪いなー、雨桐」

「うっさい! ちょっと黙ってろヨ! いや黙るなやっぱり、後ろを見てどの方向に逃げたらいいか指示ネ! 今すぐ!」

「はいはーい。それじゃあまず三時の方向に……」

「疲れたぁ」

「え?」


 流石に虚を突かれた。頭上のかなり近い場所から降ってきた声に、思わずクレアは上を見る。


「すまない。ちょっとこの足場、借りるぞ」

「え? え?」


 クレアは困ったような笑みを浮かべながら計算する。

 混竜種は、その膂力と耐久度を象徴するかのように、同じ身長の賢人種よりも遥かに重い。


 彼女の場合、目測で百キログラムは軽く越すと確信できる。熱気が和らいでいるのは焼け石に水だ。


 大質量と言って良い、そんな彼女が真上から空飛ぶ絨毯に着地すれば――


「あれ?」

「まあ普通に壊れるよねー」

「にゃああああああああああああああっ!?」


 意外そうな顔をしたメルトアを連れ、空飛ぶ絨毯は雨桐とクレア諸共落下していく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る