第56話 ※無敵幼女
「……リカ! 全部の個体のギアを上げろ! は!? 後の補給費!? 知るか! 後でユーユーに融通してもらえ!」
元パンプキンは誰かに何事かを要求した。聞く限り化生山吹のパフォーマンスを上げろと言っているらしい。
やがて残った化生山吹たちは揃って駆動音を上げ、改めてメルトアに標的を定める。もう五香たちその他のことは見向きもしていない。
「メル公! 気を付けろォ! さっきまでと敵の強さが変わる!」
「そうか? ならもう少し熱を蓄えるか」
メルトアの言ったことの意味を考えるまでもなく。
次の瞬間から、三人は世界のスピードから振り落とされる。
「……!?」
感覚に優れたジョアンナだけが辛うじて認識できた。
化生山吹の速度が全体的に向上している。先程までは手足などの末端が音の壁を破るのが精一杯だったはずだ。
だが今は全身で音速を突破し、ソニックブームを巻き上げながらメルトアに殺到している。
そのすべてが子供の喧嘩に見えるような桁の違う速さで、メルトアは動いていた。いっそ瞬間移動と言ってくれた方が納得できるし、目の前の光景が夢だと言われればきっとジョアンナは無条件で信じただろう。
まだ周囲には化生山吹の群れが数体残っていた。
それが文字通りの瞬く間に減っていく。
「脆い」
山吹が攻撃のモーションに入る前に、その首を張り手でふっ飛ばした。
「遅い」
姿が見えた、と思ったときには消えている。代わりに置いてかれた山吹の全身が炎上していた。
「易い」
当然、山吹とてメルトアを捉えようとはする。
攻撃が終わった直後の隙を突こうとする姿勢は、紅染向日葵とは別方向の達人業そのものだ。
しかし、見ていて悲しくなってくるほどメルトアとの基礎スペックが違いすぎる。
「あはっ。あははははははは!」
あっと言う間もなかった。
音の壁を踏み荒らした末に発生する轟音が遅れて来る始末だ。
後に残るのは山吹たちの残骸、残骸、残骸。
そしてメルトアの無邪気な笑い声。
その惨状に脳が追い付かない五香は、本当に率直な感想を漏らす。
「おいおい。笑ってるよ、メル公……」
「そりゃあ楽しくもなるでしょうね。今までこんなことできるなんて私たちにも言ってなかったもの」
全力で走り、全力で勝ちに行くのはどのような種目であれ面白いことだ。メルトアの場合、それのスケールが大きくなっただけ。
「……今のメルトアを見ると思うよ。ウチらと一緒にいた時間、滅茶苦茶気を遣ってたんだろうなって」
今、比喩でも何でもなく全身から業火を噴出しているメルトアは、こんな状況で。こんな状況だからこそ。
六歳の無垢な女の子に見えた。
◆◆◆
「いや! いやいやいやいや! おかしい! 何でこんなところに王族クラスの
「考えても答えが出ないけど。ひとまず目の前にいるっていう現実は受け入れないとねー。副町長、超焦ってるだろうなー。アッハッハ」
「アッハッハじゃないヨ!?」
もうこれは賭けどころではない。絶対の正義の象徴である明智四麻と、最強の暴力の化身である
リスクの詳しい勘定などする必要がない。どう考えても獄死蝶のかつてない危機だ。
しかしまともな神経で慌てる雨桐に対して、クレアはどこまでも余裕だった。まるで最初から予測していたかのように。
「……ん? ちょっと待てヨ。もしかしてお前……向こうにいた混竜種が王族クラスだって気付いてた?」
「初見でね。と言っても、その初見ってのがまさに今日。今さっきなんだけど」
「いや今さっきだったとしても副町長への連絡は十分間に合ったヨ! お前、何で黙ってたネ!?」
「まあ別にいいかなって」
「いいわけあるかヨォーーー!? ここどこだと思ってるネ!? 私たちの金の成る木の栽培所ヨ!? それを……!」
「あ。待って?」
「あァ!?」
ブチ切れた雨桐は、悲しいかなクレアの言うことは良く聞いてしまう。待て、と言われればすぐに怒りを収めるしかない。
「ねえ。ごめん。見逃したんだけどさ。あの王女様、どこ行った?」
「は?」
雨桐はクレアから目線を外し、再び犠牲者たちの方へ目を向ける。
いつの間にか、あの混竜種の王女が消えていた。後には隕石が落ちたかのような小型のクレーターが残っているばかりで、どこにも見当たらない。
「ん? あのバカげた身体能力でまたどこかに高速移動でもしたネ?」
「あの場にいる山吹は全滅させたんだから、今更一体どこに行くって――」
ところで、雨桐とクレアは揃って空飛ぶ絨毯に乗り、賭けの対象となったあの五人のことをずっと眺めていた。
多少遠いとは言え、高みから生で命のやり取りを見るのはとても迫力があり、極上の見世物だったと断言できる。
そして同じく空から飛来する化生山吹たちは、実のところいつでも戦闘ができるだけの準備はしているものの、その役割はあくまで演出。地上にいる山吹たちが全滅することなど想定していなかったので、今は町長と副町長の指示を待っているところだろう。
指示が無ければ自前のAIで最適解を導き出し、自立稼働を始めるはずだ。
位置関係を整理しよう。飛来する化粧山吹の位置は、上客であるクレアと雨桐の視界を遮らないよう配慮されてはいるものの、彼女たちの前方だ。距離的にはそこまで離れてはいない。
なので。
「よかった! どうにか捕まえられたぞ!」
バギンッ、とありえない音が響いた。ついでに、その声もロケット噴射の音にほとんど掻き消されながらも、二人の耳にはキチンと聞こえていた。
「は?」
雨桐が空を見上げる。声の主がそこにいた。
ホバリング飛行している山吹の肩に無理やり両足を乗せ、頭を鷲掴みにしている。
どうして気付かなかったのか。あの場から彼女が消えてから、クレアたちに届く程明るい輝きが強くなった。
光源が近付いたからだ。太陽の化身と化したメルトアが、声が届くくらい近くにいる。
「まだ足りないからな。こっちの方が数が多そうだし、もっと本気を出せそうだ」
(……え? まさかコイツ、この高度まで、あの距離から……ジャンプで来たのか!?)
マズイ、と雨桐の背中に汗が噴き出す。
このときの雨桐はまず真っ先に、メルトアに対して『やめてくれ』と叫ぶべきだった。
ここまで来た方法を考察したのが仇となる。何故なら――
(アイツ、どう見ても私たちに気付いてな――!)
「今度は五香お姉たちもいないし。もっと派手になるぞ?」
蹂躙、第二ラウンドが始まる。
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