第58話 ※気が気でない姉ども

 地上。置いてかれた三人は、遠くの方に見えていた化生山吹がその身体を散らしていくのを、ちょっとした天体ショーのように眺めていた。


 五香は空笑いし、眼鏡の位置を整える。もうここまでやられたらお手上げだった。あれは理解の外どころか、理屈の外にいる生物だ。


 かつてのドクターの言葉を今更ながら実感する。


「……混竜種の王族やそれに仕える貴族連中の戦闘能力はそれ単体で災害レベル……ねェ。まさかで言ってるとは思わねーだろォ」

「あそこまでとは思ってなかったけどね、ウチもさ……」


 だが目の前の光景は、ドクターと五香が想定した理想そのものだ。メルトアのことは後で手放しに褒めなければならない。


「五香ちゃん。多分、ウチと同じこと考えてたよね? この町の攻略法は一つしか無かったし」

「私らの状況の詰み具合はまず逃げられないこと、やってくる敵の正体が不明なこと、包囲されていたことといくらでもあったからなァ。逆転の目があるとするなら一個だけ。

 つまり、この町が危険でなくなればいい」

「まー、あの特テロ課の四麻さんを倒した時点で非現実的な案じゃなかったよね。ウチらは少なくとも外の警察組織を出し抜ける程度には強かったから」


 隠され閉じた町すべてが五香たちを脅かすというのならば、結局のところ害成す者すべてを皆殺しにする以外に道はない。


 だがこの案は実行可能だったとしても一つだけネックがあった。とても簡単な穴だが決して無視はできない大穴。

 人を皆殺しにすることはシンプルに大犯罪だ。できるはずがない。


「私がこの案を無意識に頭から追い出していた理由は、やってくる刺客のことを『生きた人間だ』と思い込んでいたことに尽きる。でも実際、協定があるから町は治安維持の類に人間を使えない」

「人間じゃないなら遠慮なくブチ壊しにしちゃっていい。この時点でウチらに勝ちの目が出て来た。ウチは強い。ピストルちゃんも強い。比較するのもおこがましいけどメルトアだって超強い」


 どれだけ大暴れしても死人が出ないなら持っているリソースをフルで使える。

 それでも化生山吹が出て来たときは肝を冷やした。消耗していたとは言えジョアンナを叩きのめせる強敵の出現。これで絶望するなと言う方が無理だろう。


「……また予想外だったのがメル公の強さだったんだけどなァ……まさか戦力のほとんどを一人に任せきりにしちまうとは……」

「ガス抜きにはなってるから別にいいんじゃない? 全力出せてメルトアも楽しそうだしさ」

「……あの……」


 ジョアンナがおずおずと口を挟む。どこか緊張の糸が切れて緩くなった空気が冷える感覚があった。


「どうしたァ? ジョー」

「死人が一人も出ないっていうのは流石に虫が良過ぎたかも……って」

「え?」

「眩しすぎて顔はよく見えなかったんだけど、今メルトア様が地面に落ちて……巻き添えで生きた人間的な何かが一緒に落ちていくの見えたっていうか」

「は!?」


 今日は予想外のことが続く。メルトアの墜落に巻き込まれるような位置とはどこなのか、そもそもどうしてメルトアが墜落したのか、等々聞くべきことが一瞬で山のように積み上がる。


 だが質問が一つ口から出る前に、遠くから轟音が迫ってくることに気付いた。


 その場に巻き起こる一陣の風。墜落したメルトアが走って帰ってきた。


「ドクター! ドクター! まずいぞ! 空飛ぶ絨毯が百万円くらいするらしい!」

「はい?」

「うっかり踏み潰してしまった! 後で話し合いたいって名刺を渡されたから、ドクター。ちょっと持っていてくれ!」

「はあ……?」


 何か急いでいるようだったので、ドクターはメルトアが差し出したカードケースを受け取る。

 ジュウ、と肉が鉄板に押し付けられたような音と臭いが充満する。


「あっづい!」

「あ。名刺が燃えるとダメだからと名刺ケースごと渡されていたの忘れていた。すまない」

「謝れて偉いね。許す!」

「大概裏っちもメル公に甘いよなァ」


 しかし、聞く限りだと相手は無事のようだ。

 ジョアンナの報告から気を張り詰めさせていた五香は胸を撫で下ろす。人っ子一人出ていないはずの町において、何故外出できていたのかは謎だが、そのあたりは後で本人に訊けばいい。


「さてと。それでは余った山吹たちを改めて全滅させに……お?」


 用事が済んだメルトアはまた大ジャンプをしようとしたが、やめた。山吹たちの方からメルトアに殺到してくる。ジャンボジェットのような空気を吹き飛ばし、風を切り飛ばす音が重なり、まだ遠くとも存在感は絶大だった。


「おお。そちらから向かってくるか! いいだろう! 一匹残らず粉々に破壊してやる!」

「メル公。悪い。ちょっと話を聞いてくれ」

「ム?」


 五香が話しかけると、メルトアは少しだけ振り向いた。

 用事は早く済ませてくれ、自分は早く遊びたいのだ、と背中で語っている。


 本当に楽しんでいるな、とほっこりするが用件はしっかり伝えないといけない。これだけは譲れないポイントだった。


「これからやってくる山吹たちは、倒し方を焼却に限定してくれ。とにかく燃やして燃やして燃やしまくれ。必要なことだからよォ」

「ム。まあ……いいだろう。わかった。よし来い!」


 五香の提案を受けるだけ受けて、メルトアは山吹との戦闘を再開する。

 最初はクセによって素手で破壊してしまっていたが、その内に思い出して、業火で山吹たちを焼き始めた。


「アハハハハハハハ! 燃えろ! すべて! 原形留めぬ炭と化せ!」

「……五香? 何をするつもり? 余計に熱くなってきたわ」

「ま、ちょっと我慢してくれよォ」


 ジョアンナの文句を制し、五香はゆっくりある一点に視線を送る。


「狐狩りの時間だからさァ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る