第26話 ※報復は太陽の如く熱を持つ
『四麻叔母さんは合理性の怪物だァ』
今さっき聞いた五香の言葉を、ジョアンナは再度脳内でリフレインさせる。
『四麻叔母さんと初対面のジョーや、日本に来て日の浅いメル公は絶対に気付かない。だからあの人はやったのさァ。
子供を蹴りでボコボコにしたのはメル公をおびき出して射撃するため。その後にメル公を言葉責めにしたのはメル公から戦意を奪うため。何なら、傷付いたメル公は俯いて四麻叔母さんから目を離した。これも四麻叔母さんの計算通りだァ。
信じられないのも無理はないかもしれないけど、普段の四麻叔母さんは子供好きの気のいいお姉さんで、あんな酷いことは絶対にしない。普段はしないことをしているということは、そこには必ず理由があるってことだァ』
それは解説をしているというよりかは、まるで四麻のことを庇っているように聞こえた。
ジョアンナがそれとなく嫌味を言うと、五香は疲れたように笑いを溢してから続ける。
『ま、否定はできねーなァ。話がちょっと脱線した。私が言いたいのはたった一つ。
四麻叔母さんが合理性に基づいて動いている限り、そしてジョーたちがその範囲から意図的に脱出するような作戦を取らなければ、これから先すべて四麻叔母さんの思い通りに動く。あの人の勘はすげぇんだぜェ? 実際、ちょっとした会話だけでメル公とあの幼女の関係を見抜いて、見事に射程内に誘い出したわけだしなァ』
確かに要素だけを見れば推理そのものは不可能ではなかったが、それを短時間で行った脳の回転は感嘆に値する。
あの思考回路から逃れるのは急務だろう。逃げる側にいるジョアンナたちにとっては、あまりにも危険すぎる。
しかし、これから急に四麻が合理性に基づいた思考を放棄するとは考えられないし、彼女の思考の範囲から脱出するような作戦と言ってもジョアンナにはその具体策が思い付かない。
わざと悲観的なことを言うと、五香は喉を鳴らして忍び笑いした。
『……ああ。大丈夫さァ。今から説明するってェ』
そうして僅かに元気を取り戻した五香の作戦を聞き、ジョアンナは快諾した。
一番責任の大きな役割を持たせられたことが、とても嬉しかった。
意識をゆっくりと現在に戻し、集中する。
(……私のいる位置と、エスカレーターに対戦車ロケット弾がぶつかった位置との整合性が取れないことに気付いたかしら)
四麻の視線を追いながら警戒を強める。
計画はここからが大事だ。間髪入れずに息を吸い、叫ぶ。
「どう? 私の精霊の加護は!? まさかロケットランチャーにまで適用されるとは思わなかったでしょう!?」
「!」
ジョアンナはまだ勝ってはいない。
そんなことはジョアンナ自身、知っている。
だが、勝ち誇ったように言わなければならない。ふてぶてしく、大胆に。
「この程度でお釈迦になるようなら、しょうもない玩具だったわね!」
◆◆◆
「そうだ。ジョー。それでいい。最高にバカっぽいぜェ」
モニターを見る五香は呟き、万が一にでも見逃さないように眼鏡に手を添える。
作戦は今のところ上手く行っていた。
「四麻叔母さんはすべてを合理性で考える。宝くじは外れて当たり前だと思ってて、本田圭佑とのジャンケンキャンペーンも負けて当然と挑戦すらしない」
故に、挑発が効く。理想的な挑発とは、それが挑発だとバレない言動で行わなければならない。
まさかこれが四麻の性格を逆算した誘いだなどと、四麻だけは絶対に気付けない。
四麻の視点からすれば目の前の
つまり――
「そいつが私の
◆◆◆
『坂を利用すれば理想の車に多少なりともダメージを与えられる。でも、結局はその程度だァ。決定的な破損にはならない。だから、もう一段階攻撃のチャンスが必要だァ』
挑発が上手く行ったかどうかを祈っていると、また五香の声がリフレインされた。
『ジョー。車にダメージを与えた後はせいぜい勝ち誇ったみたいな態度取ってろ。そうすりゃ四麻叔母さんはお前のことを徹底的に舐めてくれる。考察に値しないバカだって、四麻叔母さん自身気付かない内に見下してくれる。そこが最大の隙になる』
ぶおん、とエンジンが唸りを上げた。
四麻はバックと前進を繰り返して、ジョアンナの方へ車体を向ける。
ジョアンナは身構えた。
五香の計算はここまで寸分違わず間違っていない。
『必ずお前を始末しに、アンストッパブルバリアを全開で突進してくるはずだァ』
予想通り、三白眼となった四麻がやってきた。ハエでも払うような気分なのだろう。
殺意はあっても覇気がない。
(……五香! あなたやっぱり最高だわ! 後でキスしてあげる!)
ジョアンナは逃げない。
その場で足場を固め、マントから二つの短機関銃を取り出す。
トリガーを引けば無数の弾が出る短機関銃を、両手で引き絞り、放った。
ジョアンナが見た説明書には一秒ごとに十五発は撃てると書いてあった。両手で合わせればほぼ三十発の弾丸が車の真正面に着弾することになる。
当然片手で撃てる短機関銃などそうそう存在しないので、それを別々に両手で撃てば命中率は劣悪になるが、ことジョアンナに限ってはその心配はしなくていい。撃てさえすれば必ず当たる。
四麻は僅かに驚いた顔をしたものの、すぐに拍子抜けしたような顔になった。
(『その程度か。つまらない』って顔ね! 真正面から撃っても全部分解されることは承知の上よ!)
このまま行けばジョアンナは車に轢かれ、身体は跡形もなく分解されてしまうだろう。
まず間違いなく惨たらしく死ぬ。
その様を想像するだけで吐きそうだ。
だと言うのに、ジョアンナは高揚感に身を任せていた。
『ご存知の通り、無敵の盾なんかない。ついでに、どんなエネルギーにも限りがある。二つの条件が揃えば、あのバリアは突破できるはずだァ』
(一つ目の条件。フルスロットルで前進! 二つ目の条件。前方から強い攻撃を受けている! 共にクリア!)
そして、五香は当たり前のように達成できるだろうとわざわざ条件に追加しなかったが、必須の前提がもう一つある。
真後ろから攻撃ができることだ。
『走行する車のガード。前方への圧倒的脅威への対応。これを同時にこなしている間、全方位万遍無く防御するなんて至難の業。機械である限り合理的な優先度には逆らえない』
(だから、この状況でなら背面へのバリアは通常時より遥かに薄い――!)
あえて外した弾丸の何発かが方向転換。
ブーメランのように戻ってくる。
第一、車は急には止まれない。
ドガン、とトランクにやっと鈍い金属音が響いた。
バリアに阻まれた音ではない。
車本体に弾丸が着弾した音。
まさか、と四麻は振り返る。
そのときにはもう手遅れだった。
「バックで
無数の弾丸がリアガラスを突き破り、車内を蹂躙する。
「なっ……!?」
四麻の顔面が、今度こそ困惑で塗りつぶされた。
今度は絶望の色も混じっている。
そして内側から弾丸に蹂躙された結果、どこか決定的な場所を傷つけたらしい。
バリアが全体的に、何の前触れもなく消え失せる。
前方からの弾丸もすべて当たるようになり、制御すら失い、盛大にスピン。
紙一重でジョアンナの傍をすり抜け、ついには横転までし始める。
もう興味は無いので、ジョアンナは振り向きもしない。
やがてすべてのエネルギーを使い果たした車は、パンクしたタイヤを地に付けて止まり――
「……害虫退治終了。終わってしまえば呆気なかったわね」
爆発し、室内のスプリンクラーを叩き起こした。
◆◆◆
「……思い出した。あの顔。顔!」
モニタールームで一部始終を見ていた八重は、戦慄していた。
銃をあそこまで自由自在に扱う森精種など、この世でたった一人を除いてありえない。
「弓矢を自由自在に操る『精霊の加護』……それを森精種で初めて銃弾に適用した歴史に名を遺す大偉人。美しく猛きガンスリンガー……ジョアンナ・バレルフォレスト!」
銃弾の軌道を針金のように曲げ、エルフの投射武器の種類を大幅に広げた生ける伝説がモニターに大写しになっていた。
「いーちゃん、一体あの人とどこで……!?」
八重は気付く。
今、この部屋には八重しかいない。
「あれ!? どこ行っちゃったの!?」
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