第25話 ※運命坂の破壊作戦
あくまで結果的に、の話だがジョアンナとメルトアはいくつかのファインプレーをしていた。
一つは恐怖に任せてデパートの外に出なかったこと。
ジョアンナたちは徒歩。四麻は車。この絶望的な速力の差は埋めがたい。
素直に外に出る逃走経路を辿っていれば即座に捕捉されていただろう。
あの時点では、下へ下へ逃げると見せかけて途中の階層で隠れるのがベターの選択肢だった。
心理的盲点を突き、四麻への撹乱にもなった。彼女はジョアンナたちを探してずっと下の階を探す羽目になり、その分だけ時間も稼げたと言える。
もう一つはジョアンナが時間稼ぎをしたという事実そのものだ、と五香は語った。
作戦の位置に付き、ジョアンナは笑う。
言われるまでまったく気付かなかった自分を自嘲するように。
「……もしもあのバリアが本当に理想の境地にいるのなら、時間稼ぎなんかに拘泥してメルトア様を追うのを中断するはずがない、か……」
セーフティバリアとアンストッパブルバリアの併用はおそらく不可能なのだろう。
敵だと認識した者は分解して、そうでない者はセーフティバリアで守るというような都合のいい運用も論外。
四麻はメルトアのことをうっかり分解してしまうことを恐れていたのだろうか。
そうも考えたが、あの性格だとそれも怪しい。
五香の結論はこうだ。
銃をバカスカ撃ってくる森精種が危険だったから先に始末する必要があった。
辿り着いてしまえば簡単な答えだった。
あの車には弱点があると四麻自身が露呈させたのだ。
「でも五香、いつ気付いたのかしら。私のマントの機能に」
ごそり、とジョアンナがマントの下を漁る。
ジョアンナのマントはただのマントではない。こちらもこちらで
名を『矢筒の外套』と言う。
◆◆◆
「……この辺りですかねぇ」
百貨店六階。
四麻は慌てず、メルトアのことをゆっくり探す。
今はセーフティバリアのモードになっているため、死角から突然飛び出してきても安心だ。
もしも奇襲されたとしても、セーフティバリアは対象が車から遠くへ吹っ飛ぶように調整されている。
弾丸並みの速度だろうが、車に触れる寸前でメルトアはあらぬ方向に吹っ飛ぶだろう。
その代わり非生物はすべてバリアを素通りするが、四麻はその寸前にスイッチを切り替えられる自信があった。
伊達に警察はやっていない。
特に、あそこまでの手練れなら敵意が研ぎ澄まされすぎていてすぐにわかる。
「……しかしあの
仕事柄、注目度の高い異種族のデータによく触れるが、それは相当な分量だ。
危険が少ないと四麻が独断と偏見で感じた者の記憶はずっと薄くなる。
「うーん、まあどうでもいいですかねー。私の敵じゃなさそうですし」
などと、呑気にしていると視界の端に映る影がいた。
「あ! 見ーつけた!」
メルトアだ。エスカレーターの上の方、七階にいる。
眠そうな目で、必死に四麻のことを睨みつけていた。
「……車の構造上、エスカレーターを昇ることはできまい? 階段を昇るのですらかなり無理があったはずだ」
「いえいえ。そうでもないですよー……っとォ!」
モードをアンストッパブルバリアに切り替えた。
確かに、車の構造上『触れた物を分解するバリア』を纏ったところで、先に足が坂に引っかからなければ車は前に進むだけだ。
坂すら消してそれでも前に進むようなバカげた挙動をするだろう。
通常ならば。
「……!?」
「ええ! ええ! そうです! この車は理想の車なんです!」
車は手すりだけを器用に分解していく。
段差も適度に削って坂へと均していく。
この車には高機能AIが搭載されており、手すりのある階段の類は手すりや段差のみを消して道を消さないように走れる。
アンストッパブルバリアの強弱と形状を変えることによって。
「さあ! これで終わりです! もう弾丸を掴むような高速機動もできないでしょう! 射程まで持ち込んだら私の麻酔弾でフィニッシュです!」
「……本当に……!」
そのときだった。
車が宙に浮かんだと感じたのは。
「……本当に五香お姉の予想通りだった……!」
爆音に包まれ、メルトアの驚いたような声は四麻には届かない。
そもそも、もう四麻はメルトアの前から消えようとしていた。
エスカレーターが四麻とは別の原因で盛大に破壊されたからだ。
爆炎のようなものが四麻の車の窓から見える。
「――!?」
堕ちる。
一階分の高さだろうと、人間には大ダメージだ。
車の中にいようが、それは決して変わらない。
落下の衝撃で、思わず四麻の喉の奥から悲鳴が漏れかけた。
「な……に……!?」
決定的なダメージにはならなかったが、下からの攻撃に車のAIは対応しきれない。
バリアの形状を変え、強弱まで調整したタイミングでの爆撃だ。
ここまで見事に嵌められたのはいつぶりだったか、四麻にはよく思い出せない。
真下のエスカレーターの手すりに激突した車は、そのまま一階下の平地に転がり落ちる。
ダメージの余波に身体を震わせていると――
「ここまでは予想通り」
「ッ!」
研ぎ澄まされた敵意が四麻の首を絞めつけた。
探せば、遠くにあのエルフが見える。
打ち終わったロケットランチャーをその辺に投げ捨てていた。
「いいザマね。ようこそ、地獄へ」
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