第20話 ※百貨店に咲く八重桜
「あーい。いーちゃんの従姉妹の
暗闇に慣れたせいもあるだろうが、一度姿を捉えてしまえば全体像がわかりやすくなる。
八重はぎこちない笑顔でダブルピースしていた。
客商売なので愛想を良くしているつもりなのだろう。
容姿が同じでも五香と随分印象が違う。
五香が聡明さと獰猛さを内包する猟犬なら、八重は屋根裏で悠々自適に過ごすネズミと言った風情だろう。
並べて喋らせれば間違えようがない。
だが、それを差し引いても。
「……似すぎじゃない? 本当に従姉妹?」
「あー、大体みんなそういう反応するんだよなァ……うちの家系、何かに呪われてるみたいに産まれる女性がみんなほぼ同じ容姿になるんだよォ。原因はさっぱりなんだけどなァ」
「みんな美女だから特に不自由ってわけでもないんだけどねぇ」
あ、でも困ったような顔は一緒だ。
ドクターは並ぶ二人を見てこっそり笑う。
「……しかし聞くことが増えちまったなァ。十一月三日のこととかも
「何があったの? まるで完全に忘れたみたいな口ぶりでさ」
「実際忘れてんのさァ。事情は訊かないでほしいがなァ」
「ふーん。まあいっか」
八重はいかにも軽い調子でそう言った。
身内が記憶喪失に陥っているというのに、あまり興味はなさそうだ。
「で。また来たってことは何か情報が欲しいんだよね。まず見積もりするから欲しい情報を優先度順に列挙してくれる?」
「グレイヴベルトの王族の現在の詳しい所在。次に歌舞伎町三丁目の入り方。最後に十一月三日に私と裏っちが何したか」
「最初から百万円、一千万円、ゼロ円。全部買うなら千百万円用意してね」
「ばっ……!?」
ドクターは目を剥いた。
いくら何でも高すぎる。軽く言っていいような値段ではない。
対照的に五香は涼しい顔で、ポケットから携帯を出すとメッセージを送る準備をしていた。
「ポイントは……どんだけ溜まってたっけ?」
「全部買うなら五百万円分不足かなぁ」
「三日前に起こった港区の通り魔事件の真相。二日前に失踪して行方不明のミュージシャン『USAMI』の所在。これで五百万円分になるかァ?」
「……若干不足気味かもだけど、いっか。サービスってことで受け入れるよ」
「決まりだなァ」
五香は携帯をタップ。
すぐに八重のパソコンに通知音が鳴り、彼女はキーボードを操作する。
「はい、受領。まいどありー」
「……色々と信じがたい単語が列挙されてたけど、五香ちゃん。いつの間にそんな事件を解決してたのさ?」
「ニュースをチラチラ見て、簡単そうな事件をいくつかピックアップしといたんだよォ。あー、念のためやっといて
五百万円の取引が、夏休みの宿題感覚で片付けられてしまった。
この空間は何かが狂っている。
「……まるで探偵だなぁ、五香ちゃん」
「うっ」
「……ん? 探偵?」
ドクターは自分で言ったことが、とても的を射ている実感を得た。
五香の背中がビクついたのも気になる。
「探偵……探偵……あっ!?」
そうして、やっと思い出せた。
何故今の今まで忘れていたのか、今となってはそちらの方が遥かに不自然だ。
理由は一応説明できなくはないのだが。
「あ、あの……裏っち……バレたならバレたで、みんなにこのことは内緒で……」
「え? 何で? 立派な経歴だと思うけど」
「私にとっちゃそうじゃねーんだよォ……」
顔を真っ赤にしてうつむいている五香は、とてもただ謙遜しているだけのようには見えなかった。
納得はできないが、ひとまずドクターはこのことに言及するのは止めにする。
「さてと。それじゃあ、最初はグレイヴベルトの王族の所在だね」
タイミングを見計らい、パソコンを弄りながら八重が口にする。
「女王様と、その一人娘の王女様が現在来日中だね。それも秘密裏に」
「秘密裏に?」
「……これ、十一月三日にいーちゃんたちが何してたのかと、そのまま直結する話なんだけどさ。外、十一月にしては気温がおかしくなかった?」
八重としては順を追って説明をしているようだが、五香とドクターには取り留めのない話にしか聞こえなかった。
「確かに暑かったけどよォ。それが何だってェ?」
「これは人為的なものなんだ。どうにかするために、日本はグレイヴベルト王国から
「……待て。天気なんて人の手に負えるもんじゃねーだろォ? それ確かなんだろうなァ?」
「情報屋だから確定してる情報しか言わないよ。順を追って話そうか」
八重の背後にある九つのモニターが、すべて切り替わる。
表示されたのは外国語で書かれたネットのニュース記事のようだ。
「端的に言うと、グレイヴベルトの王族が日本に飛んだのは十一月二日。その日を境に女王と王女の二人は宮殿から姿を消して、超小さいながらも記事になってるよ。見出しは訳すと『姿を消した女王親子。一体いずこへ』ってところかな。まあまだたかだか姿を消して一週間だから騒いでるヤツも少ないんだけど。
で、十一月三日前後の入管のデータを入念に調べたら、この二人は間違いなく日本に来ていた。日本にも自国にも、一部の関係者以外には一切秘密でね」
「何でそんなことを秘密にする必要があったんだァ?」
「彼女たちが、これから日本で起こる大規模テロへの対抗策だからだよ」
大真面目に八重は断言した。
彼女はジロリ、と五香とドクターを睨むように見つめる。
「……本当に忘れちゃった? キミたち二人はこの事件を追ってたんだ。テロ対策課とはまったく別のアプローチでね」
まるで身に覚えのない話。
そして、まるで現実感のない話だった。
「
「四麻叔母さんかァ……今はあんまり聞きたくない名前だなァ。こっちの面子的にさァ」
「?」
話についていけないなりに、ドクターは予測する。
警察関係者、なのだろうか。
五香のルーツ的にいくらいてもおかしくはないが。
「あ、忘れてた。あと少しで四麻さん、こっちに来るよ」
「は?」
「いや、いーちゃん最近ずっと行方不明だったから、四麻さんに協力仰いで探してもらおうって思って……」
「何時に約束した!?」
「あと三十分くらいで来ると思う」
「長話できねーじゃねーかァ!
泡を食った五香はすぐに現在時刻を確認する。
十一時ちょうどだった。姿を眩ます時間も含むと話せてせいぜい二十分程度だろう。
「八重お姉! この話は中断でいい。歌舞伎町三丁目の行き方について教えてくれ!」
「え!? ちょっと待って! まだ全然詳しく話せてなかったけど!?」
「裏っち! もうそれどころじゃねーんだァ! ウチの叔母さんは――!」
そこで五香の話に割り込むように、電話の音が鳴った。
五香の携帯だ。通話相手は、朝の間に連絡先に登録しておいたジョアンナ。
ちょうどいいとばかりに、すぐ五香は電話に出る。
「ジョーか!? 今すぐ――」
『今すぐこのデパートから出るわよ! 早く用事を済ませて!』
「えっ」
まさかジョアンナの方から言われるとは思わず、五香は口を噤んだ。
だが、待ってもジョアンナの話がそれ以上続くことはなかった。
電話の向こうで、デパートでは到底ありえない破壊音が響く。
まるで近場の物が片っ端から崩れるような。
『なっ……はあ……!?』
ジョアンナの困惑の声。
電話の向こうで、何かが起こっている。
「ジョー! おい! どうした!? 何が起こってる!?」
「あっれぇ……?」
パソコンを見下ろしていた八重が、首を傾げていた。
その額には汗が浮かんでいる。
「……
五香が今一番聞きたくない名前が出て来た。
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