第6話 ※沸点激低エルフ女
「まず一つ目。お前が嘘吐いてるだろうなと思ったのは、さっきの鳥のときの会話さァ。言ったよな? それは自分の獲物だったが、メルトア様が駆けつけて横取りしたって」
「……そうだ。何も嘘なんかない。そもそも嘘だという証拠がどこにある?」
襟を正して反論するドクターは、しかし追い詰められているという表情を隠しきれていない。
五香はそれに気を良くするでもなく、しかし物怖じも一切せずに淀みなく喋る。
「規則性だよ。しかもとびきり下らなくてシャレでしかないヤツ。私たちを襲った化け物は、何もランダムに選ばれたわけじゃない」
「規則性……?」
「まあ……日本人じゃないとわからないと思うけどよォ。桃太郎って知ってる?」
「……世界中色々飛び回ってるから聞いたことくらいは。化け物に人間と、人外のお供が立ち向かう系のどこにでもよくある話で……」
「そのお供の内容は犬、猿、雉なんだよなァ」
「……!」
ドクターはそこで再び息を飲んでしまった。
自分の失敗を悟った顔、と言い換えてもいい。
メルトアは首を傾げていたが。
「きじ……? とは何だ?」
「あ、メルトア様は知らないのかァ。端的に言えば鳥っすよォ。どこにでもいる飛ぶことができなくもないけど苦手な鳥。私の故郷の国鳥なんすわァ」
「ほう。鳥なのか。しかしそれは今の話と関係があるのか?」
「それが大アリ黒アリ大当たりなんすよねェ。まさにそれこそが私たちを襲った化け物の規則性なんすから」
ここまで言われればジョアンナにも話の輪郭が見えてくる。
確認するように、指折り数え始めた。
「五香を襲ったのは狼……今となっては犬ね。私を襲ったのは白い猿。ドクターを襲ったのが飛べるのかどうか不思議な体躯の怪鳥……雉かどうかは議論の余地があるけど、本当ね。ピッタリ。でも――」
言いながら目線を指から、すぐ傍で転がる大木の巨人に向ける。
「桃太郎にしては、そこの巨人が邪魔じゃないかしら。ノイズと言っていいわ」
「この大木の正体が桃の木だったとしてもかァ?」
「ああ、なるほど。桃太郎そのものの象徴ね。それなら納得――待って。桃?」
つい最近、そんな単語を聞いた覚えがある。
あれは確かジョアンナと五香がドクターに連れられている最中のことだ。
五香はこう言っていた。
――しかし、アイツいい匂いすんなァ。これ桃の果実の匂いかァ?
「まさか……!」
「桃の木の巨人を倒したときに、体に桃の果汁の匂いが付く。割とありそうな話じゃねーかァ?」
「……それは……!」
この時点でなら、まだ言い訳は効くだろう。
だが五香はそれを許さない。こういうことは慣れっこだ。反論する前に追い詰める。
「少なくともお前は、この桃の巨人が倒れたその現場にいたってことだァ。そうすると、妙だと思わねーかァ? お前の言うことには時系列は
一つ、メルトア様が桃の巨人を倒す。
二つ、メルトア様が雉に手こずるお前に手を貸し、続けて撃破。
三つ、私たちと合流。メルトア様のところまで連れてくる。
と、こういう三段階のはずだろォ? 一つ目の時点で大嘘じゃねーかァ」
「違……だから、それは……この木が桃の巨人だという前提自体が間違ってて」
「なら探してもいいぞ?」
「ぐっ……!?」
刺すような視線。射貫くような言葉。
それがドクターの舌を鈍らせる。
「桃の果実。どっかの土にでも埋めたのか、焼き潰して処分したかは判断付かねーけどよォ。こっちには
「……」
「お。やっと黙ってくれたなァ。いやー、こうなると超楽だぜェ。まあお前は頑張った方だったさァ」
「あなた
ドクターは黙り込み、ジョアンナが引き気味に呟く。
五香の口振りは『頑張らなかった方にもこんなことをしました』と言っているも同然だ。
手口に常習性がある。ジョアンナは増々この少女のことがわからなくなってきた。
「さて。お前の経緯の話が一切合切間違っていたとするなら、この桃の巨人を誰が倒したのかの認識も当然怪しくなってくる。ここで問題になってくるのが、ここからでも見えるくらいくっきりと残った見覚えのある四つ爪の引っかき傷だ!」
「は!? そんなのここから見えるはずない! だって――!」
「へえ。あるはずがない、じゃなくてかァ?」
「……あっ!」
――ハメられた!
ドクターは気付き、口を塞いだがもう遅い。
五香は笑みを深くし、ついに耐え切れないとばかりに笑い出した。
「くっはははははは! いや、ごめん。流石に嘘だよォ! どんな名探偵だって間違えるときは間違えるし、全部正しいなんてありえないってェ! ちょっと揺さぶって口を軽くしたかったのさァ」
「……ぐ……この……!」
「でもまあ、今更言質なんていらなかったけどなァ。お前の王女様、鉄火場慣れしてねーんじゃないのかァ?」
「は?」
また似たような口車か。
そう思いつつドクターはメルトアに振り返る。
「あわわわわ」
「め、メルトア様ーーー!?」
傍目からわかるくらい深刻にテンパっていた。
冷や汗がダクダクで、しかも小刻みに震えている。
「ところで犯罪学の超基礎なんだけど、共犯関係の絡む類の犯罪って全部恐ろしいくらい成功率が低いんだよなァ。仲間割れによる破滅の可能性も物凄く高いんだ。単純に心理的揺さぶりの被弾率が二倍になるんだから当然の話なんだけどよォ」
「……ウチらは別に悪いことをしてたわけじゃ……!」
「問題はそこだ。お前たちは悪いことをしていない。この嘘で私たちに不利益なんかまったくない。だとすればこれは何のための嘘なのか」
五香は悠然と歩を進め、メルトアの座っている玉座の目の前に立つ。
そして顔と顔を近づけて、目の奥の奥まで見透かすつもりで凝視する。
「メルトア様。これは今の内に確認しておいた方が絶対にいいことだ。心して聞いてくれよォ」
「……何だ?」
「アンタ本当に強いのか?」
結局のところ、確かめたかったのはこの一点に尽きる。
ドクターとメルトアが結託して嘘を吐いてまで隠したかったもの。
それは、この嘘によって真相がわからなくなるものの中にある。
どちらの化け物もドクターが倒したとするのなら、メルトアは一体何をしていたのか。
止めを刺すつもりの最後の質問は、果たして――
「……お?」
五香に困惑を与えた。
メルトアの眼の奥にある揺らぎが、思ったよりも遥かに少ない。
(……手応えが今一だなァ。ということは……)
瞬間、耳をつんざく破裂音が連続で聞こえた。
「いっ!?」
ビックリして振り向くと、そこには驚愕の表情で固まるジョアンナ。
手には硝煙の漂う拳銃。
「……嘘でしょう?」
「そりゃこっちの台詞だァ! いきなりバカスカ撃ちやがって……待て。今、お前何を撃った?」
「……すまない。質問に答える前に一ついいだろうか」
メルトアの声。再び五香はメルトアに目を移す。
「何だコレは?」
その掌の中には、四つの煙を上げる豆粒があった。
よく見るとその豆粒は、ただの豆粒ではない。
「よくわからないが、五香の後ろから飛んできたので思わず掴んでしまった」
「……ジョー……まさかこれって……」
着弾する前に掴まれた弾丸だった。
五香は何度もそれを確認する。だが間違いない。現実としてそれはあった。
推理はそこまで的外れではなかった。
だが何かが微妙にズレていた。
つまるところ、メルトアはまったくもって弱くない。
「どういうことよ五香。弱いと思ったから先手を打って
「アホウ! 今の推理だけでコイツが弱いかどうかなんて判別できるかァ! だから訊いてたんだろうが! ていうかお前、一体何して……!」
「これはそこの
「うっ!」
まずい。
怒らせたか?
いや、怒らないはずがない。銃弾で害そうとしたのだから。
ジョアンナと五香は警戒に身を固める。
だが、メルトアは明るく笑っていた。
子供のように、無邪気に。ワクワクした調子で。
「それはどういう玩具なのだ?」
「……あ?」
「凄いな。もうちょっとで一個逃がすところだったぞ。凄まじく出来がいい。一体誰が作った何という名前の玩具なのだ?」
「ッ!」
カチン、とジョアンナの頭に一瞬で血が昇る音がした。
怒りによって警戒心が一気に吹っ飛ぶのが五香にもわかる。
「私を煽ろうなんていい教育受けてんじゃないのよ……私と遊びたいんなら素直に言えばいいじゃない?」
「ほう! 遊んでくれるのか?」
「ええ。遊んで遊んで遊び倒して、その辺にヤリ捨ててやるわッ!」
「待て待て待てェ! 沸点低すぎだお前、ちょっと落ち着――!」
結果から言って、ジョアンナとメルトアの乱痴気騒ぎは起こらなかった。
それを遮るように、場に殺意の奔流が溢れかえったからだ。
次の瞬間、それはジョアンナを呑み込んだ。
空間が引き裂かれるような風切り音。そして、地面を抉る四つ爪の痕。
「……は……?」
ジョアンナが、斬られた。
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