第7話 ※実は五発貰ってました

 僅かに時間は遡る。


 メルトアは、自分に向かって飛んできた四つの豆粒を何とはなしに掴んで止めた。

 そのとき、別の五つの豆粒がドクターに向かって飛んでいくのも見送った。


 威力は大したことが無かったし、それで怪我をするなんてことが万が一にでも起こるとは考えられなかった。

 億が一大怪我をしたとしても、彼女は邪鬼種イビルだ。


 その程度で死ぬなど決してありえない。後遺症すらないだろう。


 なのでドクターの方向へ飛んでいく豆粒を見るのを適当にやめて、自分の手の平に収まったそれをしげしげと見ていたのだった。


 視界の端に血飛沫のようなものが上がった気がしたのだが、それはメルトアにとって己の好奇心より優先すべきものではない。


 薄情なのではない。知っているからだ。物心付いたときからの常識だからだ。


 邪鬼種イビルの人間は寿命以外の理由で絶対に死なない。


◆◆◆


「……賢人種サピエンスの方はひとまず保留……森精種エルフの方は粛清決定。申し訳ありません、メルトア様。お見苦しいものを見せてしまいました」


 服を血で染め上げた少女は言う。

 言うまでもなくそれはドクターだったが、少し見ない内にかなり様変わりしていた。

 混乱のあまり、今度は五香が言葉を失う。


「な……お前、まさか……!」


 服の前面に小さな綻びのような穴が複数開いている。

 額からも血を流しているようだ。


 状況から鑑みて弾痕だとしか考えられない。だが位置がありえない。

 何なら、メルトアのように弾丸をすべて素手で防いだのならまだ信じられる。


 ドクターの弾丸への反応は、異形のそれだった。


 心臓や脳に風穴が開いても死んでない。


「……げろ」


 ドクターは口から血の塊を吐いた。粘っこくて、熱そうで、新鮮なそれの中には小さな異物がいくつか入っている。


「全部で五つか……随分と派手にやってくれたなぁ。ていうか一発メルトア様に飛んでった数より多いじゃん」

「どういう身体の仕組みしてんだァ……!? 内臓にめり込んだものが口から出るなんてアリかよ!?」


 言いながら、五香は自分が凄まじく間抜けなことを言っていることを自覚した。

 どう見ても異変はだろう。


邪鬼種イビルだからね。ウチ」

「……!」


 邪鬼種は寿命以外の理由で絶対に死なない。

 ジョアンナに教えられた特徴の一つだ。


 まさか本当だったなんて思わなかった。


(……違う。責任逃れをするわけじゃねーが、こればかりは仕方ねーだろォ。!?)


 理解の外の生命体。

 故に、五香はそこで思考を切り替える。


 先ほどまでの推理はかなりいい線を行っていたはずだ。

 現実に、ジョアンナが受けたのはあの四つ爪の一撃。切創は地面を抉るようにハッキリと残っている。


 こちらの化け物二体を倒したのは、ドクターで間違いがない。


 だが――


(……攻撃が……いや、何も見えねェ!)


 ドクターが弾かれたように移動し、ジョアンナの懐に入ったのは見た。

 ドクターが腕を下から上へ掬い上げるように振るったのも見た。

 その結果、地面に四つ爪の切創が出来上がるのも見た。


 だが

 すべての挙動が賢人種の五香でもギリギリ捉えられるレベルのスピードで行われていたにも関わらず、どういうわけかドクターはずっと素手のままだ。


(サイコキネシス? 空気圧操作? 単純に透明な武器を振るってる? それとも私の知らない未知の魔法じみた何かか……? いずれにしろ、この状況はマズイぜェ……!)

「さて。それじゃあ、どの程度重傷なのかキチンと確認しないと……足りないんなら追加で刻まないとだし」


 ドクターは面倒くさそうな顔をしながら歩を進める。

 それを見て、五香は声を荒げた。


「バカ! そいつに近付くんじゃねェ!」

「いやだね。コイツは百回くらい千切りにしないと気が済まない。ウチはともかくとしてメルトア様にまで銃向けてたしさ」


 すっかり素の口調に戻る程度には激怒しているらしい。

 だが受け答えが頓珍漢だ。やはり状況がわかっていない。


「そうじゃなくて! そもそもその場で切り裂いたはずなのに、どうしてお前が歩かないと確認できないところまでジョーが吹っ飛んでるのか考えろォ!」

「へ?」

「受け流して自分から後ろに飛んでんだ! ダメージなんか大してあるわけ――!」


 警告は間に合った。

 破裂音とは種類の違う、もっと豪華な音が響く。


 今度はドクターが仰け反った。


「……五香。あなた、どちらの味方?」

「どっちもに決まってんだろォ。お前が勝手に敵対してるだけだってェ……!」


 地面に転がっていたジョアンナは、両手にハンドガンを装備していた。いわゆる二丁拳銃で弾をありったけ叩き込んだらしい。

 今度は五発程度では済まないだろう。


 警告がなかったならば。


「……危な」


 ドクターは無傷だった。

 今度は一発たりとも被弾していない。


 冷や汗をかきながら、乱れた服を軽く直している。


「今度は全部頭を狙ったね? 別にそんなことしてもウチ死なないのに」

「無駄ではないでしょう? 邪鬼種だって不死ってだけで無敵ではないもの。アンタみたいなのを相手する手段なんてこっちはいくらでも持ってんのよ」

「……第一印象通り、口も尻も頭も軽い女だなぁ。跳ねっ返るならキミの方だって一目でわかってたよ」

「品が無い女より億倍マシよ。そんなをプンプン振りまいて、恥ずかしくないのかしら?」


 平手打ちの応酬のようなやり取りを聞いている内、その内容のいくつかを解釈できない五香はすぐに一つだけ理解した。


(……この二人、滅茶苦茶相性悪ィ! 何で!?)


 悪口合戦もそこそこに、二人は臨戦態勢に入ってゆく。


「千回千切りにしてやるよ」

「ケツにしこたま発砲ブチ込んであげる」

「二人とも、待――!」


 幸いか不幸なのかは微妙だが、この相性最悪の二人にも場所を選ぶ理性は残っていたようで。


 二人は銃撃の音と剣戟の音を響かせながら、風よりも早く走り抜けていく。

 後に残されたのは、メルトアと五香の二人だけだった。


 三十秒もすれば、すっかり二人の姿は見えなくなった。


「……やべーぞオイ。マジでありえねェ! こんなアホなことする理由がどこにある!? すぐに追いかけて止めねーとォ!」


 と、すぐに五香も後を追おうと走り出したのだが。


「うげぶっ」


 すぐ後ろの襟首あたりを掴み上げられて止められた。

 見るまでもないが、メルトアだろう。


「んだよッ! アンタだって、あのドクターってヤツがジョアンナにボロボロにされるのは本意じゃ……あァ?」


 振り返った五香は固まる。

 ありえないものがそこにあった。


「……あ……あー……あー……あー……なるほどねェ……」


 しかし、ようやく推理が繋がった。

 ドクターはを隠したかったのだ。


「……その……これが最後の質問なんだけどよォ……アンタ――」


 そして、その質問の答えを得た五香はすぐさま後悔に苛まれる。罪悪感に耐え切れず――


「……ごめんなさい……」


 素直に謝った。

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