第5話 ※その推理は始まりの狼煙
「着いたよ。あれが待ち合わせのランドマーク。多分一番デカいからわかりやすいと思ってウチが指定したんだけど。どう?」
「一番デカい? 何が……が……が……!?」
確かに遠目からでもわかりやすかった。
今までの十五年の人生で、五香が見たどの生物よりもデカい。
「で、デケェーーー! 最後の一匹は大木の巨人かよォーーー!」
「そう。アレがメルトア様の本来の獲物だよ。あの巨体でも容易く屠れるっていう力の誇示と証明にも使えるかなって……あれ? 何か前見たときより焦げてるな?」
不思議そうに首を傾げる少女の脇から、五香は巨人の様子を伺う。
「本当だ。さっきからすげー焦げ臭いなァ……焚き木でもやってんのかァ?」
「……待たせ過ぎたかな。不機嫌なのかも」
「何だってェ?」
「何でもないよ」
何でもありすぎるような独り言だった気がする。
五香は段々とイヤな予感がしてきた。
(……あまり怖い人だったら勘弁だぜェ。そういうの苦手だし)
◆◆◆
思えば、五香にとってこの樹海に来てからの三日間はスケールというものを狂わせる期間だった。
まず下手な熊より巨大な狼。
更に木々を腕で薙ぎ倒すふざけた膂力の白い猿。
死んではいたが、飛べていたのか不思議になるほど大きな鳥。
最後に、地面に伏して沈黙する大木の巨人。
「メルトア様。残りの二人を連れて、ただ今帰還いたしました」
だが、今目の前にいる存在はそれらとは巨大さの種類が違う。
まず身長が百八十cmを越している。巨人の頭を崩して作ったらしい、即席の玉座に座っていても存在感が一切減衰していない。
胸がデカい。尻がデカい。
そしてジョアンナとは違う方向性の美貌。
露出度の大きい赤いドレス。非現実的な宝飾品の数々は、彼女の輝きを称えているようで。
特に胸の正中線上にあしらわれた真っ赤な宝石の美しさとの調和は息を飲むばかりだ。
「嘘でしょ……本物の混竜種……!? げぇっほ!」
驚愕に打ち震えるジョアンナはうっかり口を開き、無用な苦しみを味わう。
そして――
「抱く方と抱かれる方、どちらがお好きですか!?」
空気が一瞬でビシリと凍る。
「……ん? あ、すみません! 遠回りすぎました! 抱いてください!」
空気が絶対零度になった。
「……ちょ……五香、あなた……ことの重大さとか……段階とか、ほら……」
「段階踏んだところで誰が抱くか。メルトア様は王族――」
「ふむ」
思ったよりも可愛らしい、少女のような声が響く。
混乱して喋り散らかしていたジョアンナと少女は、口を噤んだ。
「まずはドクター。ご苦労。短くない旅、大儀であった。後で頭をしこたま撫でてやろう」
「……ハッ……」
恭しく礼をするドクターと呼ばれた少女。
それにメルトアが向ける表情は、柔和な笑顔だった。
そこまで堅苦しい人柄ではないのかもしれない。思ったよりも話ができそうだ、と五香は判断する。
「さて。そちらの賢人種の少女。名は?」
「はい! 五香です! よろしくお願いします!」
「余は母上に抱きしめられるのが好きだぞ?」
「えっ」
「メルトア様……!」
微妙に違う。五香の意図とは別の返しが来た。
ドクターと呼ばれた少女は訂正したものかどうか判断に迷っているようだった。
「で。抱いて欲しい、と? 別によいぞ? ハグくらいなら挨拶の内であろう。あんまりやったことはないが」
「メルトア様……!」
更にズレた返しが来た。
流石にドクターも首を振って『違う』とほんのり伝える。
「……ぬ? 何故だドクター。流石に余も力加減を間違ったりはしないぞ? 賢人種の脆さは知っているつもりだしな? 母上から教えられたし」
「いえその……色々と前提が違うと申しますか……ひとまずこの件は後回しということで……」
この一種微笑ましいとも言えるやりとりを前にして、五香とジョアンナは揃ってこう思った。
(何か予想と違う!)
どちらともなく顔を合わせ、一歩引いたところから相談する。
「……そういえば聞きそびれてたんだけど、
「私もあんまり知らないのよ。でも断片的に聞こえる情報としては……自分の故郷から滅多に出ない。どちらかと言えば閉鎖的。そして素手で国を亡ぼせるレベルで強いということくらいかしら……?」
「強い……ねェ」
「見た目の特徴としては、体のどこかに浮き上がった宝石のような輝きを持つ角質かしら」
「角質?」
「ほら。胸の上部に赤い宝石のようなものがあるでしょう。よく見なさい。あれ体に直で生えてるのよ」
再度五香は、ドクターと喋るメルトアを観察する。
他の宝飾品に紛れてあれもてっきりそうだと思っていたが、ジョアンナの言う通りだった。確かに身体から直接宝石が生えているように見える。
「あれ高いのよ。五年に一回くらいの頻度で生え変わるらしいのだけど。あれくらいの大きさなら時価百億円は付くかしら」
「ひゃくっっっ!?」
「でも誰も強奪できないらしいわ。強いから」
「……聞けば聞くほどスケールでけェ……」
「よし」
そこで雑談は打ち切られた。
メルトアとドクターの相談が終わり、メルトアが再び二人に目を向けたからだ。
「ひとまずこれで四人が合流、だな。これでミッション3はクリアなのだろうか」
「少々お待ちを。今、デバイスを確認いたします」
ドクターがデバイスを確認する。
間はそんなに開かなかった。
「……追記がありますね。『すべてのデバイスの距離が三十cm以下になった時点でミッションクリアと見なす』と」
「つまり全員で腕を突き出せばクリアなのだな? では早く終わりにして……」
「あ。すみませェん。もう一ついいっすかァ?」
五香が挙手すると、ドクターはうんざりした顔になった。
まったくもって無理もないが。
メルトアはまったく気にした素振りも見せず、五香の質問を鷹揚に許す。
「……はて。どうした? 五香とやら」
「いや、確認なんすけどォ。そこの巨人、一体誰が止めを刺したのかなーって」
「それは――」
「メルトア様だ」
ドクターが答えた。
メルトアの言葉に被せるように、見方によっては無礼そのものの態度で。
「もういいだろう。そんな質問に意味など――」
「なァ。ドクターって言ったかァ? アンタ、さっきより口調が硬くなってんなァ」
「……御前だ。そろそろ独断で無礼打ちしてもいいのだぞ?」
「何で嘘吐いてんだ?」
時間が止まったような気がした。
メルトアとドクターは、揃って目を見開く。
どちらかと言うと、反応が大きかったのはドクターの方だった。
「……何だと?」
「そろそろ不自然が過ぎて突っ込まずにいられねーんだよなァ。おい。どうして嘘吐いてんだ? こっちの化け物二匹を倒したのはどちらもメルトア様じゃなくてお前だろォ?」
確信の籠った言葉。
急に吊り上げられたドクターは、僅かな時間だが動きを硬直させる。
「な……ん……!?」
「まあ、最後の確認さァ。ちょっと付き合えよ、ドクター」
パンドラの箱が開いたような、そんな予感が場に満ちる。
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