第4話 ※嘘暴きの少女の無邪気な疑問
「……なァジョー。さっきから大丈夫かァ?」
先ほどからこのエルフは様子が変だ。
顔色は病人みたいに青いし、息は物凄く浅い。
しかも、さっきから口を使った会話を一切しなくなった。
『気にしないで。今口まで開けたら味覚までイカれるから。慣れが来るまでもう少しだから。大丈夫だから』
「何だその未知の攻撃を食らってる最中みたいな文章はよォ」
口を使った会話の代わりとして、ジョアンナが今使っているのはデバイスのメモ帳機能だ。
ミッション1で拡張された機能の中に、一般的な携帯に入っているようなアプリまであったらしい。
立体映像に文章を打ち込んで見せるというまどろっこしいコミュニケーションだが、タイプが早いので意外に流暢に話せてはいる。
「ま、大丈夫だって言うんならいいけどなァ。今は別のことが聞きてーし。
『端的に言えば不死の種族ね』
「……ふ、不死……? 胡散臭ェ……」
『言いたいことはわかるわ。でも私の知っている限り
ジョアンナの知っている限りの
一つ、寿命は産まれてから六十六年ジャスト。それ以上より長くも短くもならない。
二つ、自分の寿命が厳密に決まっているからか異常に契約に厳しい傾向がある。
三つ、寿命以外の死因で亡くなった
『実行できない約束はしないし、逆に一度した約束はどんなに小さい物でも絶対に履行することから、私の故郷では
「それ確か私の世界の逸話なんだが……」
『
「……気に入ってくれてどうもよォ」
つらつらと並べ立てられながらも、五香はどこか半信半疑だった。
流石にジョアンナが嘘を吐いているとは思えないが、不死というのも『病気に罹りにくい』という特徴を大袈裟に言っているに過ぎないだろうと。
損する情報ではないが、聞いて得したという気もしない。話を別のものに向けた方が建設的かもしれない。
「しかし、アイツいい匂いすんなァ。これ桃の果実の匂いかァ?」
『匂い……? 桃……? ごめんなさい、よくわからなくて』
「あん? 森精種って人げ……じゃなくて賢人種より五感鋭くなかったかァ?」
『今は一々アレの匂いなんて気にする余裕がないのよ』
本当に調子が悪いようだ。
話している最中もチラチラと邪鬼種の少女の様子を伺っているようだったし、気があちこちに飛んでいまいち話に集中していない。
「……早くどっかで休めるといいよなァ。どんだけ歩くんだか」
『そうね』
「……アイツどうやって移動してきたんだ?」
急な疑問にきょとん、とジョアンナも反応に困ったようだった。
それでもすぐに文字を打ち込んだのは、頭の回転が早いからだろう。
『何の話?』
「だって残りの一人と待ち合わせしてんだろォ? で、そいつと引き合わせるために私たちのところにやってきた。私たちは徒歩でそいつのところに向かっている。位置情報を見るにそこは間違いねーさァ。
でも時間がおかしい。私たちが猿と戦って、長話をした時間に匹敵すんぞ? そろそろよォ」
『……そうか。歩いた時間ね』
「正解」
単純に、距離的な辻褄が合わない。
猿と戦い、倒し、長々と話をしていた間に、邪鬼種の少女は同じように自分に差し向けられた化け物を倒し、もう一人と合流。そして五香とジョアンナのところに向かわねばならない。
その移動に、今回と同じような時間がかかるのだとしたら合流はもっと遅かったはずだ。二人は邪鬼種の少女に言われてやっと新たなミッションの内容を知る始末だったのだから。
「まー、高速移動する方法があった、で話は解決なんだけどなァ。私が気になってるのはその具体的な方法さァ。何だと思う?」
『さあ……でも有益な情報よ。それ』
「そうかァ? ただの雑談だぜェ?」
『手の内が一つ予想が付いた、という時点でバカにできないわよ』
「……」
これから戦うかも、みたいな裏の意図が透けて聞こえる口調だった。
(……まさかな)
流石にこれは邪推だろう。
五香は息を吐いて、その考えを打ち消した。
◆◆◆
「……ん? なァおい。ちょっと待てよォ」
移動中、ふと五香は停止を促した。
先行していた邪鬼種の少女は気だるげに振り返る。
「何? あんまり時間かけたくないんだけど」
「大して時間取らせないってェ。あれが気になってよォ」
「あれ……? あ、ちょっと!」
許可を取る前に、五香はその場を離れた。
樹海の根っこに足を取られないよう走っているので、追いつけなくはない速度だが。
「……やっぱり見間違いじゃなかったなァ」
五香に追いつくずっと前からジョアンナにはそれが見えていたが、しかし近付くと尚凄惨な光景だった。
真新しい大鳥の残骸が転がっている。
大きさは先ほどの狼と大差がなく、この体躯で飛べていたのかどうか怪しいほどの巨体だ。
そこら中に羽を撒き散らし、夥しい量の血を周囲に撒き散らしながら事切れている。
死因は、一目見ただけで素人でもわかるほどに残っていた。
「これ……切創だな。しかも刃渡りがクソでけェ」
『斬殺されてるの? この大きさの鳥を? 嘘でしょう?』
「見た感じ切り傷は一、二、三……四つかァ。ほぼ等間隔に並んで方向は同じ……いや僅かに放射状に広がってる……」
言いながら情報を整理していく。
五香の脳裏に、あるシミュレーションが浮かんだ。
「……爪だ。爪で殺されてんぞ、コイツ」
『爪?』
「……この威容と言い、もしかしてコイツ」
「ウチの獲物だった生物だよ」
邪鬼種の少女はぶっきら棒に答えた。
別に大事じゃないでしょう、とでも言いたげな調子だ。
「ま、横取りされちゃったけどね。ウチがモタモタしている内に」
「横取りだァ?」
「自分の獲物をさっさと片付けて、位置情報を元にやってきたメルトア様にやられたの。そいつ」
「……ん?」
何かが引っかかる。
五香は念のため確認する。
「それ、本当か?」
「……嘘を吐く理由がどこにあるの?」
「……」
確かにない。だが何か引っかかる。
「……悪かったなァ、寄り道して。先を急ごうぜェ」
「こっちの台詞だってば」
再び少女が先行し、それに二人が付いていく形になる。
その間、五香はずっと思っていた。
(……嘘臭いなァ。そんなはずねーしよォ)
違和感の原因をここで突き付けてもいいが、だから何だと突っ撥ねられる話でしかない。
今は疑問を呑み込んで、少女についていくことにした。
(ま、大したことじゃねーだろ。この程度、単なるシャレ程度の話だしなァ)
十数分後、その考えが甘かったと後悔することになるのを、五香はまだ知らない。
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