第3話 ※次なる任務は全員集合

「よくわかったわね。マーキングそのものが敵の本体だって」


 地面に転がった虫の残骸を眺めながら、ジョアンナは感心したように言う。

 それを受け取る五香は素直に喜んで笑っていた。


「半分は勘だったんだけどなァ。私のミッションっていう前例もあったから予測は立てやすかったぜェ。しかもあの猿、全身が真っ白な毛並みだろォ? 初見だとしても赤い五角形があったら『あれがマーキングか』ってすぐにわかるしよォ」

「……ところであなた、見た目と口調のギャップが激しいわね。何で三つ編み眼鏡の優等生ルックからべらんめぇ口調が飛び出してるのよ」

「気にすんなァ。大和撫子にゃー色々事情があるんだよォ」


 五香の場合、マーキングには『狼に痛みを与える物』という役割があった。

 ジョアンナの場合は正体と意図のよく分からない赤い五角形だ。猿とジョアンナの戦闘の邪魔にならない場所から、五香はマーキングを観察することにした。


 そうして、やがて意図に気付いた。マーキングが僅かに蠢いていたのだ。しかも五角形の裏から触腕や節足のような物まではみ出して見えた。


「マーキングは生きてる。そして猿の身体を無理やり動かしている。後頭部がエグれて頭蓋骨までバッチリ見えてたからなァ。あそこまでボコボコにブチのめされて気絶しねー生物なんざ哺乳類にいるはずねーしよォ」

「もっともらしいけど、その推理が間違っている可能性はまだあったわよね。それで囮になるなんて、本当にいい度胸してるわ」

「そん時はそん時さァ」

「そん時が来たら死ぬのよ?」


 無策ではなかった。だが無謀ではある。

 聞けば聞くほど背筋がゾッとするようなギャンブルだ。度胸だけならジョアンナの数倍はあるかもしれない。


「……ところで、前例とか言ったわね。あなた賢人種サピエンスのクセしてあんな化け物に勝てたの?」

「サピ……森精種エルフって私たちのこと学名で呼んでんのかァ?」

「質問に質問で返したらテストは零点よ」


 五香は溜息を吐いて、無言である一点を指さす。

 怪訝な顔をしながらもジョアンナはそちらに向き、瞠目した。


「……発砲ブチ込んだ方がいい?」

「よせよせ。私の友達ダチだァ。で、ミッション2の相手」


 ちょこんと座っているはずなのに、遠近感が狂ったのかと疑うような大きさの狼がいた。

 敵意はない。どこか五香に対する敬意のようなものを瞳から窺うことができるのみだ。


「もう一度言うわ。よく勝てたわね?」

「勝っちゃいねェ。ちょっと撫でただけさァ。ナイフを抜くついでになァ」

「……あなた、何者?」

ムテキ女子高生おとめ


 答える気がないようだ。

 どこの世界に見知らぬ樹海で三日間生き抜き、巨大な狼を手懐ける女子高生がいると言うのだろう。


「……そういえばあなた、ような……五香って名前も初めて聞いた気がしないし」

「う……!」

「それとまだ苗字を聞いてないわ。そっちも教えてくれる?」

「あー……えーっと、そのー……」

「……?」


 ずっと笑顔を絶やさなかった五香が、急にしどろもどろになった。

 そこまで難しい質問をしているつもりはないのだが。


「あーーー! あんなところに見知らぬ少女がーーー!」

「いや騙されないわよ。そんな苦し紛れの誤魔化しで――」

「酷いなぁ。人の言うことはちゃんと聞くべきじゃない?」


 頭の上から冷や水のような声を浴びせかけられた。

 五香のものではない。そもそも五香は目の前にいるのだから、声が真上から降ってくるはずがない。


「……!?」


 直後、これまでに嗅いだことのない酷い悪臭。

 何故今まで気付かなかったのか疑問なほどの。即座に胃の内容物を吐き散らしたくなるような、地獄の釜の蒸気を思わせる凄まじい臭気。


(この臭いは……!)


 しかしそれは森精種エルフの五感だからこそ感じ取れるものでしかない。

 その少女を見る五香はまったく平気そうだった。

 デバイスの地図と、彼女を交互に見つめて言う。


「……位置情報からしても間違いねーなァ。ジョー、三人目だぜェ」


 ジョアンナは努めて平静を取り繕いながら、降りかかった声の方へ振り向く。

 太い木の枝に腰かけて、こちらを見下ろす少女がいた。


 見た目だけなら、五香よりも一回り幼い。


 褐色の肌に銀色の髪。そして頭についた左右対称の禍々しい黒い角。

 服装は生足を誇示するかのような短パンに、フード付きのタイト気味なパーカーとボーイッシュな出で立ち。


「……邪鬼種イビルね、アレ」

「イビル?」


 ジョアンナの呟きに、五香は首を傾げる。

 どうやら森精種エルフほどには馴染みのない種族らしい。不思議そうに少女を眺めるばかりで、その挙動には何の警戒もない。


「さぁてと。どこから話したものかな。ええと……そうだ。次のミッションが発令されてるの、もう見た?」

「え」


 初耳だ。

 ジョアンナと五香は、すぐにデバイスを操作し確認する。


 少女の言う通り、新たなミッションがそこにはあった。


『MISSION:3

 チームメンバー総勢四人の合流

 報酬・安全な拠点の提供』


「見た? 見たよね? じゃあもういいよね? 自己紹介とか時間の無駄だよね?」

「いやいや、流石に名前くらいは知っといた方がいいと思うぜェ?」

「二度手間になっちゃうでしょ。これから四人目に会いに行くんだからさ」


 悪臭をできる限り吸い込まないために、ジョアンナは喋ることをとっくに放棄した。

 この臭いを持つ相手に払う礼節など持ち合わせておらず、仮に喋りかけられても返答する気もない。


「……」


 ただ一人、邪鬼種イビルの少女だけがジョアンナの敵意に気付いたようだ。

 今は興味なしとばかりに完全無視を決め込んでいるだけで。


「じゃ、行こうか。彼女も首を長くして待ってるよん」

「彼女……?」

「いと尊きお方。偉大なる混竜種ドラゴニュート。その中でも更に誇り高き王女。その名をメルトア・グレイルバルド様」

(……グレイルバルド!?)


 そのネームバリューに思わず息を乱しそうになる。

 その家名は、とある国では騙るだけでも懲役刑になりかねないほどの重要なものだ。


 正真正銘、王の血族に連なる者の名前なのだから。


(いや。本物の王族までこんなところにいるはずないでしょ、とか。そもそも混竜種ドラゴニュートまでいるって時点で随分と胡散臭い話だな、とか。そんなことは全然どうでもいい! コイツ! この女……一人や二人じゃない! この臭いは!)


 マントの裏の銃の位置を確認しながら、ジョアンナは至極真面目に考える。

 どのタイミングでコイツを射殺しようか、と。


 何故なら、この少女からは――


(人殺しの臭い……!)


◆◆◆


「……早くしろ、ドクターよ。あまり余を待たせるな」


 三人より離れた場所。

 王女は不満気に、少女の帰りを待っていた。


「……余は気が長い方ではないのでな。早く。早く早く早く……」


 気が逸り、思わず吐息に熱が灯る。

 比喩ではなく、混竜種の吐息は鉄を溶かせるほどの灼熱だ。気が昂るなどして、制御が外れるとうっかり周囲の生物に大火傷を負わせてしまう。


 王女は極めて不機嫌だった。


 わかりやすいからと、彼女が待ち合わせに指定した場所が問題だった。


 そこに転がっていたのは、燃え尽きた大木でできた山。王女はそれに腰かけて、じっと待っている。


 その山は、巨人の形をしていた。王女の巨体も、それに比べれば豆粒同然のスケールだ。

 立ち上がれば頭が天を貫きそうな威容は、今は煙を上げながら沈黙している。

 先ほどまで王女を襲っていた、ミッション2のターゲットの死骸だった。


「遅い遅い遅い遅い遅い遅い……」


 王女の我慢の限界は、もうすぐそこまで迫っている。

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