第2話 ※新たな仲間はフルメタルジャケットエルフ
「あれは……!?」
五香は目を見開く。
先ほどの爆竹のような破裂音の正体がわかった。わかったが、信じ難かった。
遠目からわかるあの白い肌の美貌と、通常の人間にはない耳は間違いなく
長命、深い森林の奥が住処、人間との違いは長い耳と鋭敏な五感。
そして狩りの際には弓矢を用いる。
もう一度、傍点付きで繰り返そう。
狩りの際には弓矢を用いる。
「ハンドガンじゃねーかァ!? エルフのクセして銃火器使うのかよォ!」
直後、連続して響く銃声。ドラマで聞くよりもドライで簡素な破裂音。
遠目で見る限り、かなり堂に入っている。
しかも、何か様子がおかしい。
真正面から銃を撃っているはずなのに、巨大な猿の胸や顔や足にまったくヒットしない。
代わりに銃声が響く度に猿の後頭部から赤い血の花が弾ける。
どう軌道を計算しても、そんな場所に着弾するはずがないのに。
(なんだありゃァ……どういう仕組みになってんだァ?)
更に異様な光景は続く。
後頭部にしこたま攻撃を受けているはずの猿の攻勢が、不自然なほどにまったく緩まない。樹林を破壊する剛腕を、エルフに向かって無造作に振り回し続けていた。
エルフはそれらを軽やかに避けるが、いつそれがまともに胴体に入るか見ている方は気が気ではない。
(……私のワンコロのときも大概だったけど……あっちもあっちでバケモンだぜェ。人に合わせてミッションの内容を調整してんのかァ……?)
眼鏡のブリッジを弄りながら考える。
選択肢は二つ。この場でエルフの戦いを静観するか、助太刀するかだ。
「即断。すぐ助けるオンリーだァ!」
迷う余地が無かった。
万が一にどんな理由があったとしても、あんな美女を放っておくなど五香には考えられないことだった。
「お近づきになりたいぜェ。銃火器を使っているとは言え、きっと心の綺麗な上品お姉さんなんだろうなァ! バリクソ楽しみだァ!」
◆◆◆
「
子守り歌代わりの銃弾を更に何発もブチかましながら、エルフは不満を口から垂れ流していた。
体力的に余裕はまだある。一般人ならば避け切れない攻撃も、このエルフの動体視力の前には止まっているように見えるし、しかも予備動作も大きすぎて
しかし、倒れない。まともな生物ならば後頭部が抉れるほどの銃弾を浴びせかけられて、なお樹林を薙ぎ倒すような膂力を保つなど考えられないことだった。
(コイツの身体能力には何か
そこまで考えて、エルフはかぶりを振る。
(……アホか私は! それができないから困ってるんでしょうが!)
体力には余裕がある。だが、似たような攻防をずっと繰り広げていたエルフは精神的に限界が近かった。
このままだと、キレて相手の身体を丸ごとふっ飛ばしたくなる。
そんなことをすれば不都合になるのはエルフの方だ。
「臭いが付くのは本当にイヤだし……ああ、でも、もう……限界。すぐこの白猿を炭猿にしたぁぁぁい……!」
不快な音が脳の奥の奥まで鳴り響く。
よく聞くと、それは自分自身の歯軋りの音だった。
「誰か……誰か私を助けてよ……!」
「おォ。助けてやるぜェ。アンタみたいな別嬪さんなら百万回でも助けるさァ」
一瞬、幻聴かと思った。
だがすぐに現実だと悟る。
声の主は、猿を挟んだエルフの向こう側に悠然と佇んでいた。
先ほどの三つ編み眼鏡の少女で間違いない。
血の気が一気に引く、という体験をしたのは初めてのことだった。
「……なっ……あなた、いつの間に!?」
「へいへーい! エテ公こっちだァ! 後ろに肉付きの良さそうな極上巨乳美少女がいるぜェーーー!」
三つ編み眼鏡の少女は何をトチ狂ったのか、猿によって粉砕された木片を拾っては投げ、拾っては投げ。
あまりにも弱弱しいが、信じられないくらい腹立たしい挑発を繰り出し始めた。
「ばっ……ちょ、やめなさい! 死ぬわよ!? 頭からカプリコみたいにバリバリ食われたいの!?」
「当然、ヤなこったパンナコッタさァ。でもまあ、別に大丈夫だってェ。私のときもマーキングを引っこ抜いたら終わったしよォ」
三つ編み眼鏡は安心しろとでも言いたげに、軽薄な調子でウインクをした。
猿はゆっくりと、エルフから目を背けて三つ編み眼鏡の少女へと振り返っていく。
「無策じゃねーよォ? ちゃんと見てたからよォ。アンタの狙いがもう少し下なら、きっとその時点で終わってただろうなァ」
「何言って……」
「うなじだ。虫が引っ付いてるぜ」
ついに、猿の身体が完全に三つ編み眼鏡の少女へと向いた。
次の瞬間には、あの巨大な剛腕で三つ編み少女の身体を粉々に圧し折ってしまうだろう。
しかしこの瞬間、エルフは完全に平静を取り戻していた。
(……あ。マーキング……)
自らの獲物であることを示すマーキング。
白い毛皮のうなじの上に引っ付いた、赤黒い五角形が見える。
考える暇はなかったのですぐに撃った。
ギッ、という蝉に似た悲鳴が上がる。赤黒い五角形は、毛皮から外れてポトリと下に落ちた。
「なるほど。本体が別にいたのね。寄生虫? みたいな生態なのかしら。寄生宿を何遍叩いても無駄なわけだわ」
直後猿は白目を剥き、先ほどまでの猛威が嘘のように膝を付き動かなくなる。
勝敗は完全に決した。
今、エルフの足元には赤黒い五角形の虫が転がっている。
五角形の裏側は足と、悍ましい触覚がうねうねと渦巻いていた。
ただのマークではない。これは生物だ。
自分より大きな脊椎動物に取り付いて操り、近場の生物に害を成す類の脅威そのものだ。
「虫なら別にいいわ。私が殺害を躊躇するのは、ヘモグロビンのある脊椎動物だけなの」
構え、撃つ。そこに一切の容赦はなく、猿の威を借る虫は呆気なく絶命した。
止めを確認した後、エルフは銃をマントの下に仕舞い、息を吐く。
「お見事。これでアンタもミッションクリア……だよなァ? ええと……」
「ジョアンナ」
「……あァ?」
「ジョアンナ・バレルフォレスト。助けてくれたお礼に愛称で呼んでもいいわよ。ママはよくジョーって呼んでるの」
言うと、エルフ――ジョアンナは薄く微笑む。
何故か三つ編み眼鏡の少女の顔が真っ赤に染まり、挙動不審になり始めたがジョアンナは大して気にしなかった。
「あなた、名前は?」
「うす!
「こちらこそよろしく……え? 夜? 優しく? 何?」
この発言は流石に看過できなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます