次元裏の散歩者:異種間で百合やるタイプのデスゲ
城屋
樹海迷宮編
第1話 ※初期装備は眼鏡と三つ編みと学生服
疑問というものは余裕の証明だ。
切った張ったの世界において、迷いは隙と死を呼び込む。
「……よーし。この分なら次で終いにできるなァ。待ってろよワンコロォ」
幸運だったのは、彼女の切り替えの早さが尋常の速度ではなかったことだろう。そうでなければ、今ごろとっくに無残な屍をその辺の樹林の角に転がしていたはずだ。
気温はそこまでだが、高い湿度と緊張感とで汗がとめどなく溢れ出す。
眼鏡も曇ってきた気がする。
喉も急速に乾いてきた。
だが、彼女は目線を一点に据えたまま動かない。
その目線の先にいるのは日本には絶対に生息していない巨大な狼だ。
毛並みは灰色。獣臭さは濃厚。小学生のころに博物館で見たツキノワグマの剥製よりも一回り大きい。
そして、牙を剥き出しにして少女に低く唸っている。
「次で楽にしてやるからなァ……大人しくして――!」
不意を突かれた、とは言えない。狼は真っ直ぐ突進してきたのだから。
だが少女には心の準備ができていなかった。
心の中で舌打ちし、それでも寸でのところで冷静さを取り繕う。
やることは変わらない。少女――
「うおらァァァァァァァ!」
決死の覚悟で、五香は狼に向かって走り出す。
そして――!
ギリギリのところで爪を避け、すれ違い様に狼の脇腹からそれを抜き取った。
血飛沫が五香にも僅かに降りかかる。眼鏡に赤黒い染みができたが、しかしそれらを不快に思う暇すらなかった。
「ギャウ!?」
大きな体躯の割には情けない声を出し、狼はそれだけでバランスを崩し、よろけて転がった。
それを五香は申し訳なさそうに見ていたが、すぐに手元の物を見て、勝ち誇ったように笑みを浮かべる。
「……シャア! やっと抜けたなァ、クソナイフ!」
握られていたのは、黒く大きな刀身のナイフだった。どれだけ深々と刺さっていたのか、柄まで血に染まっている。
達成感にどっと疲れが押し寄せ、膝を付きそうになるがそれを精神力で制し、五香はその場から足早に立ち去ろうとする。
原因は取り除いたものの、さっきまで痛みで暴れていたのだ。今も傷そのものは残っているだろう。回復するまで刺激したくはない。
「じゃあな、ワンコロォ。落ち着いたらまた遊ぼうなァ」
五香はそれだけ言い残し、歩調を早めていく。走りのフォームになるのに時間はかからなかった。
だが。
「わふんっ」
「んっぎゃ!?」
後ろから圧し掛かられた。身体が巨大なので、毛玉に包まれた筋肉の塊と、剥き出しの木の根っこにサンドイッチにされる。
「はふっ。はふっ」
「うぎゃっ……ばっ、やめろォ! こら! こちとら
狼に情け容赦なく嘗め回されるが、体格では惨敗だ。抵抗できるはずもない。
ブレザー型の学生服が汚れに汚れるが、この樹林に放り込まれてから既に三日の時間が経とうとしている今、もうそんなことを一々気にしなくなって久しい。
だが――
「あ、やめ……髪だけはやめろ髪だけは! 眼鏡には三つ編みが
年頃の少女として、最低限の意地はあった。
◆◆◆
「あー……クソ。そろそろ
狼にやっと解放された五香は、学生服を手櫛で整える。
汚れも臭いも最早その程度でどうにかできるレベルを優に越しているが、それでもやらないわけにはいかなかった。
「たっく。いつになったら終わんだァ? これよォ」
ぼやきながら、腕に嵌められたデバイスの液晶を見る。
すると、位置にセンサーが反応して真っ黒だった画面が起動。
騙し絵のような立体映像を映し出した。
「クリア……ねェ。やっぱこれで正解だったわけだ」
そこに表示された内容を見て、五香は息を吐く。
この三日間、ずっとこんなことを繰り返している。
まず、始まりは唐突なものだった。目が覚めたら知らない樹海に、ブレザー型学生服と眼鏡と三つ編みをセットされた状態で放り出されていた。
眠った前後の記憶も曖昧で、心当たりもまったくない。
左腕にはこれまた見覚えのない腕時計型デバイスを付けられ、しかもどうやっても外せない。
どうやら腕時計を見るような姿勢になるとセンサーで起動する仕組みになっていたようだったので、覗き込むと立体映像が表示された。
内容はシンプルなものだった。
『MISSION:1
三日間の生存。
報酬・このデバイスの機能拡張』
メッセージボードに表示された任務。
従う義理は無かったが当然死ぬのは御免だったので、樹海脱出の探索をかねて達成した。
この狼は、その過程でなんとなく仲良くなった。
いや、正確には遭遇した瞬間に
そして、ふと朝起きたとき狼の姿が見えなくなった途端だった。
『MISSION:2
マーキングの付いた魔物の制圧。
報酬・あなたのチームメンバー三人の位置座標の開示』
腕時計に表示されていたのは、メッセージボードに書かれた新たな任務。
そして、先ほど狼から抜いたナイフの写真。
その後は、怪我で気が立ってその辺のものを噛み千切り、爪で引き裂きまくっていた猛獣そのもののこの狼から、どうにかナイフを引き抜き今に至る。
「つーか……三日間の生存って言いながら、三日目の朝に達成したことになんのかよ。カウントの仕方がわかりにきーぞォ」
ともあれ、二つのミッションはクリアした。
誰が何の意図を持ってこんなことをしているのかは不明だが、今回の報酬にはほのかに期待している。
「他のチームメンバー三人の位置座標……合流できりゃあ、人肌恋しさも多少は紛れるよなァ?」
「わおんっ」
「……つーかお前、まだついてくる気かよォ」
傍らの狼に呆れながら、デバイスを操作する。
画面ではなく、立体映像をスワイプ、タッチして操作するようで、感覚的にはわかりやすいものの技術の高さにうすら寒いものを感じた。
「……あ。これっぽいなァ。この矢印付きの赤い丸が私で……」
他に三つ。『MISSION:2挑戦中』と書かれた色違いの似たマークがあった。その内の一つは、すぐにクリアしたのか注意書きがフッと消えた。
「私が一番乗りかァ……ええと、じゃあ近場にいる他の挑戦中のヤツは……」
確認中に、爆竹のような音が響いた。
映像から目を離し、そちらに目を向けると――
「……!」
遠目からでも、一瞬で心が奪われた。
長い距離でも関係なく、その瞬間は間違いなく二人は見つめ合っていた。
◆◆◆
「……あれは……
呟いたのは
髪は金色。迷彩柄のマントに動きやすい薄着の服に身を包んだ、痩躯ながら白い肌の眩しい健康的な雰囲気の美女。
たまたま樹林の狭間を縫うようにして遠くに見える、眼鏡に三つ編みの少女に気を取られたが、すぐに頭を振って切り替える。
「……まあ、いいわ。今はどうでもいい!」
武器を構え、獲物に向き直る。必ず追ってくるはずの忌まわしい敵との戦いは、まだ終わっていなかった。
樹林を薙ぎ倒し、涎を撒き散らしながら現れるのは巨大な白い毛皮の猿だ。
頭だけは、ペンキでもぶちまけたかのように真っ赤だったが。
「……さて。あと何発頭に
虚ろな目の白猿は恨みを吐き出すような大声で鳴き、エルフに迫る。
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