第6話 死の宣告
「クラス代表は、高階にする」
先生の無慈悲な声が死刑宣告を突きつけた。耳障りに浴びせられている拍手とオーバーラップした。
今、何が起こったんだ? 俺は現実を疑った。
ホワイトボードには「スピーチ代表者:」という右上がりの文字が書かれている。その下には決して見誤らない自分の名前。――高階泰河。
スピーチ代表者に、選出されたって? まさか? 馬鹿げてる。
この学校では六月にスピーチ大会が催されていた。一年次限定の大会で、なんでも目標の明確化という効用があるらしい。入学前には知らなかったこの伝統は、はたはた迷惑な話だった。もしその伝統を知っていたらこんな学校志望しなかったのに。
「俺ですか……?」現実を受け容れたくなくて笑いそうになった。「本当に、俺ですか」
「なんだ高階聞いてなかったのか。くじ引きで決めるっていっただろう」
「く、じ?」
俺は手許で丸まった小さな紙片を見た。「大当たり★」の文字がでかでかと書かれている。うざったくてもう一度丸めた。
「そうですね。……大当たりって、書いてあります」
「だろ? よし、そういうことで――」
「待ってください! これは民主的じゃないです。くじ、なんて。決め方が古すぎます」
俺は狼狽して訴えた。みんな俺の国語アレルギーを軽く見ている。何が何でも拒絶しなければならなかった。誰かに役割を擦り付けなければ。断じてこのままにしておくわけにはできない。
「あのさぁ」
教室の端の方に座っていた女子が声を投げてきた。
「さっき決め方の話したとき高階も手を上げたでしょ。くじでいいって。みんな手を上げた。だから、それでいいじゃん」
女子は机を指で叩く。明らかに早く切り上げたい様子だった。放課後だから早く帰りたい、もしくは部活に行きたいという魂胆が見え見えだった。
くそ、他人事だと思って。どうせ誰でもいいと思ってるんだろ。
「まあまあ。確かに、くじは早まったかもしれないな。やっつけ感があって先生怒られちゃうかもしれない」
先生のフォローで、乾いた笑いが散発的に起きた。俺は全然笑えなかったけれど、先生が肩を持ってくれたのはありがたかった。別の案を考えてくれそうだ。
「推薦にするのはどうだ」誰かがいった。
「あーいいかも」また誰かがそれに追従した。
いい流れとはいえなかった。やる気のない声たちだった。そのほっそい話の流れを掴んで、先生がコントロールしようとする。先生には頑張って欲しかった。
「そうか……。スピーチだろ? ならこのクラスで一番喋りが上手いのは――」
クラスで最も目立ちたがり屋の男子に視線が集中した。クラス内の自己紹介でも笑いを取っていた奴だ。これは期待できる。しかし男子の返答は芳しくなかった。
「あー……。俺そういうのパスだわ。笑いが取れないし、てか、上手くもないし。――むしろ成績が優秀な人がやるべきじゃないのか」
「そうか……。じゃあ、国語が得意なのは」
話がまた別の男子のもとに飛んだ。
「別にいいですけど、なんでもかんでも僕が担うのは不公平ですね」
座っていた大人しそうな男子は不機嫌に答え、予備校のテキストを眺めた。
「うーん。どうしたものか」
担任が低い声で唸る。
ついに沈黙が訪れた。
まずい――と思った。
みんな、目を逸らす。こういうとき一番不利なのはすでに名前が挙がった人だ。挙げられている選択肢から選ぶ方が、挙げられていない選択肢から選ぶより簡単だからな。今、候補者としているのは俺を含め、三人。このなかで決められそうな気配を感じた。くじも推薦も難しいならば、じゃんけんで、と言われても不思議ではなかった。
「一ついいですか」
小学校の頃の同級生――矢永だった。嫌な予感がした。矢永は俺を指さした。
「俺、高階と小学校が同じなんですけど、こいつ作文めちゃくちゃ上手いです。なんかのときに読書感想文? だっけ。書く機会があって、それでめちゃくちゃ褒められてました」
矢永は恐らく最もこの場でいうべきではないであろう余計なことをいった。
風向きが変わるのを感じた。吐き気がしてきた。
「マジ? それホント。なら高階で決まりじゃん!」
あの女子がテンション高めにいった。黙っていてほしかった。唇を封印しておきたかった。
「しかもテーマは『高校生活で頑張りたいこと』でしょ。楽勝じゃん」
女子は追い打ちをかける。ダメ押しの一発。
そう思うなら自分でやればいい、と思ったが込みあげてくる嘔気で迂闊に口を開けず。
「ちょっと待ってください! なら、せめてじゃんけんで」
口を押さえながら、ついに自分から切り出してしまった。先生の号令で俺たちは集まった。じゃんけんは回避したかったのになんたる失態。でももう、あとには引けない。俺は二人を交互に見た。勝つか負けるか。勝負――。
「「「じゃんけん――」」」
俺は神に願って、大きく広げた右手を差し出す。
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