邪神に纏わるエトセトラ その四

 一九一八年 一一月 宮森の自室





 カリスマ講師明日二郎先生が宮森に対し熱弁を振るっている。


『では始めるぞ。

 魔空界の勢力関係は、ほぼそのまま物質界での魔術結社の勢力関係と重なる。

 先ずはムーとアトランティスの二大勢力に大別されるな。

 この国でのムー勢力最有力は、大昇帝率いる九頭竜会陸軍派。

 表の顔は宗教団体【金如苑きんにょえん】。

 ココの魔術師の有力家系は、昨日の儀式で若苗色わかなえいろの斎服を着ていた【蓮田家はすだけ】。

 次点は瑠璃家宮を筆頭とした九頭竜会海軍派。

 表の顔は宗教団体【善理教ぜんりきょう】。

 魔術師の有力家系は朱色の斎服を着ていた【高曽我家たかそがけ】だ。

 次にアトランティス勢力。

 最近目覚ましい勢いで勢力を拡大してる【根源教こんげんきょう】がその中心だ。

 表の顔は宗教団体【本命堂ほんみょうどう】。

 ココの有力家系は藍色の斎服を着ていた【尾倉郷家おぐらざとけ】。

 後、ムー勢力にもアトランティス勢力にも力を貸してるのが【御光みひかりの教え】って宗教団体。

 ココの有力家系は墨色すみいろの斎服を着ていた【韮楠家にらぐすけ】。

 昨日の儀式で綾に〈ショゴス〉を飲ませてた奴らだ。

 肉人も飼ってるみたいね。

 そして最後に、灰色の斎服の我ら比星家だ。

 比星家もムーとアトランティス、そのどちらにも協力させられている……とまあ大体こんなトコ。

 で、それら魔術結社の大半は当然海外の有名魔術結社とも手を組んでる。

 海外の魔術結社の説明は別の機会にさせて貰うぜ。

 んで、その結社のトップ達には魔空界での有力邪神が漏れなく着いてやがる。

 後はムーとアトランティス、そのどちらにもくみしない野良のら邪神もチラホラ。

 こいつらは、反社会的集団カルトや一部の民族宗教と云った極少数の人間から信仰され物質界との接点を持ってる連中だ。

 まあ、一口に邪神と言ってもいろんな奴がいる。

 一匹オオカミ気取りの奴がいたって不思議じゃあない』


『野良邪神なんてのもいるんだな。

 それにしても本命堂……そこの会長は自分の大学の先輩に当たる。

 自分とは歳がだいぶ違うから詳細は知らないけど、随分ずいぶんな変わり者で有名だったらしい。

 あの多野教授と論戦を繰り広げて論破した、なんて話も聞いたな』


『フ~ン、また揃いも揃って怪しい奴ばかりだな』


『自分は違うぞ、どう見ても被害者だろうが。

 それで明日二郎センセー、一つ疑問がある。

 昨日の儀式では、ムー陣営とアトランティス陣営の魔術師達が一緒になってり行っていたのか?』


『そうだぞ。

 まあ、確かに魔術結社の新入りには合点がてんがいかないかもな。

 只、ムー陣営だろうがアトランティス陣営だろうが最終的な目的は邪神の復活。

 それが近付くとなりゃ、四の五の言ってないで取り敢えずは手を組むだろうぜ。

 それに、儀式に参加した神官達は瑠璃家宮や大昇帝みたいな為政者じゃない。

 常識からは随分とずれちゃいるが、魔術の深奥を追求する求道者ぐどうしゃ達だ。

 どちらかと云えばミヤモリ君、お前さんに近い。

 邪神の肉体を復元する為の儀式にたずさわれるとなりゃ、ソリャも~喜んで参加を決めるだろうぜ』


『神官達は学者、研究者の立場で儀式に参加しているんだな。

 でも、アトランティス勢力の根源教が何の規制もなしに九頭竜会の儀式に参加出来るんだろうか?』


『そんだけ邪神の肉体の復元を九頭竜会が重要視してるって事だろう。

 それに、根源教と尾倉郷家は九頭竜会に対して何らかの技術提供、利益供与はしてる筈だ。

 瑠璃家宮が横車よこぐるまを押し通したのかも知れん。

 ただ根源教は今急速に勢力を拡大してるみてーで、九頭竜会内部でもかなり危険視されてる。

 遠からず一悶着ひともんちゃく起こしそうな気配だぜ。

 まあ、神官達が儀式の最中でも互いに注意を払い合ってくれてるお蔭で後催眠暗示を仕掛ける余裕も生まれる。

 コッチとしちゃ好都合よ』


『なるほど、色々とあるもんだ。

 只、根源教の動向には気を配った方が良さそうだね。

 え~っと、他に訊きたい事は……そうだ、明日二郎センセーは魔空界に邪神を拾得しに行くんだろ。

 魔空界の住人達にはどう見られているんだ?

 攻撃されたりしないのか?』


『どう見られているかだと?

 フッフッフッ、聞きたいか?

 それはな……』


『またえらい自信に満ちた思念を発散させ乍ら勿体もったいぶりやがって。

 さっさと答えたらどうだ』


『聞いて驚くなよ。

 魔空界でのオイラはな……』


『魔空界での明日二郎は……』



『希望の星! ス・タ・アだ‼』



『すたあ?

 明日二郎センセー、打てない頭でも打ちましたか?』


『失敬な奴だな! 嘘でも何でもないぞ!

 オイラは魔空界の住人にとっちゃ、希望の星ソノモノなんだよ!』


『え、ホント? ホントに希望の星なの?

 明日二郎センセーが?』


『当たり前だろバカチンがー!

 魔空界の住人達はな、精神だけでも魔空界から出して人間に定着したいんだぞ。

 その願いを叶えてやってんのがこのオイラだ。

 アイツらにとっちゃ救いの神様みてーなもんよ。

 煙たがられる事など一切ないわ!』


『す、すいませんでした、明日二郎センセー。

 もー怒るなよ~』


『分かれば宜しい。

 それに、攻撃されたりしないのかとも訊いたな。

 仮に魔空界の住人がオイラに攻撃したとして、オイラを傷付ける事は一切出来ない。

 殆どの場合認識すら出来んだろう。

 どんなに大物の邪神だろうとソレは変わらん。

 これもよーく覚えておいた方がいい。

 低次元の存在は高次元の存在に対して一切の手出しが出来ない。

 奴らのいる魔空界は一次元、オイラの本体は幻夢界、詰まり二次元にある。

 一次元存在の奴らが二次元存在のオイラに何か行動を起こしたとしても、基本オイラまでは届かない。

 幽霊が生きてる人間に暴力を振るえないのと一緒だな。

 オイラも邪念で幽体をこしらえて物質界に投影してなきゃ、こうやってミヤモリ君のアタマン中に入って話したり、昨日の儀式みてーに人間に影響を与える事は出来ない』


『なるほどな。

 どんなに凶大な力を持つ邪神であっても、三次元で活動出来る肉体がなければ物質界の人間を直接殺す事は出来ないと』


『そうだ。

 人間を直接殺せるのは、人間を含めた物質界の存在かそれ以上の次元の存在だけだ。

 まあ、物質界より高次元の存在が悪戯いたずらに人間を殺すなんて事は有り得ねーと思うけど。

 詰まりだ、人間ヒトを殺すのは邪霊に取り付かれた同じ人間ヒトが大半だってコトよ』


『最終的には道徳的な話になったね。

 大変勉強になった。

 明日二郎センセーらしくはなかったけど』


『らしくないとは何だ、らしくないとは。

 オイラだって真面目に話す時ぐらいあるぞ』


『ごめんごめん。

 まあ、冷静な今日一郎と違って明日二郎は感情豊かだよ。

 でも、いざという時はしっかりするよな。

 今日一郎が不調になった時には急に頼もしくなるし。

 言葉遣いまで渋くなったもんなあ』


『あん? お前さん何言ってる。

 オイラはいつも渋くて、洗練されてるダンディーだろ?』


 精神感応テレパシーでの会話も半日を超えた。


 宮森は明日二郎の発言に若干の齟齬そごを感じたが、些細な事と割り切り深くは追及しない事にする。


『はいはい、明日二郎センセーは常に渋くて洗練されてるダンディーって事にしておくよ』


 僅か半日余りの対話ではあったが、宮森と比星兄弟ブラザーズは互いに打ち解ける事が出来たようだ。

 この短時間で意気投合出来たのも、精神感応テレパシーがあったからこそだろう。


 比星兄弟ブラザーズ胸襟きょうきんを開いてくれた御蔭で、宮森は邪神に関する多くの情報を得られた。

 何より、九頭竜会に共に立ち向かう仲間として見てくれている事が単純に嬉しく思える。


 明日の儀式に備えそろそろ休もうと進言する宮森。


『自分の訊きたい事は大体訊けたと思う。

 二人も疲れてるだろうし、そろそろ休もうと思うんだがどうする?』


『そうだね。

 もう遅いしこの辺でお開きにしよう。

 宮森さん、僕達を信じて話を聴いてくれた上に、協力を約束してくれてありがとう。

 ほら、明日二郎も』


『オイラは礼など言わんぞ!

 むしろこっちが色々とレクチャーしてやったのだ。

 ミヤモリ君の方こそ、礼を言うべきではないのかね?』


『明日二郎センセー、数々の貴重な御教示をたまわりマ・コ・トにアリガトウゴザイマシタ。

 この宮森、不肖ふしょう乍ら誠心誠意努力致す所存により、これからも御指導御鞭撻ごべんたつのほど宜しく御願い致します』


『心にもない事言いよって……。

 まあ、これからはミッチリ扱いてやる。

 覚悟するよーに。

 あとお前さん、オンナと付き合ったコト、なかったんだな……』


『おいっ、またその話蒸し返すのか?

 今日一郎、やっぱり明日二郎との同居は辞退させて貰う!』


『あははっ、可笑しいな。

 精神感応での事とは云え、腹の底から笑ったのは初めてだよ』


『今日一郎、君は……』


『僕は大丈夫だよ宮森さん。

 それよりも、明日の儀式に備えて英気を養おうじゃないか。

 明日二郎も居候いそうろうの身なんだから、あんまり宮森さんを玩具おもちゃにするなよ』


『分かってるってオニイチャン。

 ……それでだなミヤモリ君。

 君は女性と付き合った事が皆無の様だから、居候のよしみで今夜エロい夢、見せてやっても良いぞ?』


『変な事に能力を使おうとするな明日二郎。

 余計な御世話だぞ、まったくもー』


『宮森さんと明日二郎の掛け合いは何時までも見てられるな……。

 名残惜しいけど、僕もそろそろ休みたい。

 明日二郎、回線を閉じてくれ。

 じゃあ宮森さん、また明日』


『今日一郎もお休み』


『オヤスミ、オニイチャン』


 明日二郎が精神感応テレパシー回線を閉じ、宮森の頭の中から今日一郎の思念が消えた。


『さてと、自分達も床に就くとしよう……』


『さてと、エロイ夢のお相手は女将でいいか?』


『ヤ・メ・ロ!』


 こうして終業のチャイムが鳴り、宮森にとって初めての邪神学講義は和やかな雰囲気で幕を閉じる。


 だが、これから待ち受ける幾重もの艱難辛苦かんなんしんくを、彼らはまだ知るよしもなかった――。





            邪神に纏わるエトセトラ その四 了

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