太歳と肉人の考察 その三

 一九一八年 一一月 宮森の自室





 今日一郎の知識を据え付けインストールし終えた宮森は、今日一郎に更なる問いを呈した。


『今日一郎の知識がどんどんと頭に入ってくる……。

 で今日一郎、〈ショゴス〉は一応生物なんだよな。

 身体を維持するには食事が必要な筈。

 他の動植物との融合が出来なくなったのなら、一体何を食べて生きているんだ?』


『それがよく解っていないんだ。

 植物との融合に成功した場合は、光合成が可能になっているかも知れないけどね。

 只、植物との融合個体はここ最近確認されていない。

 人間以外の動物との融合個体は稀に発見報告があるみたいだけど、既に肉体が崩壊してしまっている事も多くてまともな遺骸も残らないそうだ。

 少なくとも、九頭竜会に標本はないと思う。

 妖怪の太歳や視肉が地中に潜っている事と関連がありそうだけれど、如何いかんせん発見が難しくてね。

 九頭竜会と云えども、充分な検証は出来ていないのが実情だ』


『では今日一郎、昨日の儀式で綾に使用された〈ショゴス〉は?』


『あれは瑠璃家宮派の魔術師達が近年捕獲したとうわさされる個体でね。

 畑を耕していた百姓が偶然掘り出した。

 先ずは近所の駐在所に通報があり、不審に思った巡査が警察署に指示を求め、警察署内部の九頭竜会会員が連絡を寄越よこす。

 その連絡を寄越した先が瑠璃家宮派だった。

 瑠璃家宮派にとっては僥倖ぎょうこうだったろう。

〈ショゴス〉がなければ綾の肉体を変異させる事が出来ず、これまで通り邪霊定着のみの儀式しか出来なかった訳だからね。

 逆に〈ショゴス〉の捕獲を許してしまった大昇帝派は、邪神の肉体を復元する糸口をまんまと瑠璃家宮派に掴まれてしまい歯噛はがみして悔しがっているよ。

 その所為もあって、瑠璃家宮派に先んじられた大昇帝派がこの先どんな無茶を打つのか予測が付かない』


『まさに虎の子だった訳だ。

 九頭竜会の両陣営は、〈ショゴス〉を発見する為に何らかの積極策を取っているのか?』


『〈ショゴス〉が地中に生息している以上、地面を掘り起こすしかない。

 地中の〈ショゴス〉を探知する術式もあるにはあるが、捜索範囲が広大だと消費霊力も多くなるし、よしんば発見出来たとしても捕獲出来なければ意味がない。

 術師の数も限られているからね。

 術師活用の効率をかんがみた場合、百姓なんかが掘り起こすのを待ち、その都度捕獲部隊を編制して事に当たらせた方がまだ効率がいい。

 基本は待ちの一手になる。

 積極策とは言いにくいけど、国が推奨している海外への植民計画には、〈ショゴス〉が眠っている土地の発見と云う意図もあるらしい』


『なるほどな、国策として一般国民を使うか……。

 所で、〈ショゴス〉を発見した百姓と直接連絡を受けた巡査はどうなったんだ?』


『〈ショゴス〉を目撃した所為で死んだりはしなかったらしい。

 直接〈ショゴス〉に触れなかったのと、掘り起こした後必要以上に近付かなかった為だと思う』


『じゃあ、まだ生きているのか。

〈ショゴス〉が一体どんな姿をしているのか、話を聞きたいね』


『宮森さん、その願いは叶わない。

 彼らは口封じの為に消されたよ。

 彼らにとってせめてもの救いは、瑠璃家宮派が事件の発覚を少しでも遅らせようと、目撃者達を速やかに始末した事だ。

 もし大昇帝派に嗅ぎ付けられて捕縛され様もんなら、凄惨せいさんな拷問を伴う尋問を受けていただろうね』


『よく解った……話を変えよう。

 昨日の儀式で、綾が少量と云えども〈ショゴス〉との細胞融合に耐え切れた理由は何だ?』


『その秘密はあの練色の粉末にある。

 あの粉末の原料は肉人だよ』


『なっ、肉人だと?

 ぶよぶよ肉塊妖怪の肉人か?

 まさかあの伝承は事実だと、今日一郎はそう言いたいのか?』


『伝承は事実だよ宮森さん。

 肉人は〈ショゴス〉と人間との融合個体。

 しかも、駿府城に現れたとされている個体だ』


『今日一郎、自分は昨日から驚きっぱなしだよ。

 しかも駿府城に出現した個体だとは……』


『駿府城に現れた個体は、ある魔術師家系が飼育していたものでね。

 とある儀式に使用されたんだけど、術式の手違いで封印まで手間取ったらしい』


『飼育だと?

 それに、とある儀式とは何だ?』


『場所を考えに入れさえすれば、宮森さんなら自ずと答えに辿り着ける筈だよ』


『……家康公も滞在していた駿府城か。

 儀式の場としては相応ふさわしい。

 だとすると、その時行っていた儀式は……いや、家康公は薬学に精通しており本草ほんぞう研究も行っていた。

 まさか家康公本人が肉人を……』


『そのまさかさ。

 家康は肉人を食べ不老不死を得ようとしたらしい。

 肉人を直接食べたのか、それとも煎薬せんやくにして服用したのか。

 公式には逝去したのが満七十三歳、大阪夏の陣で真田さなだ 信繁のぶしげに打ち取られたとの説もあるけどね。

 それでも満七十歳以上生きたんだから、当時としてはかなりの長寿だ。

 一般に流布るふしている死因の一つに、胃に出来た腫瘍しゅようと云う説がある。

 もしも家康本人が肉人を食べた、若しくは煎薬にして服用したのであるなら、後遺症として胃の腫瘍やその他が生じたとしても不思議じゃない。

 宮森さんはどう思う?』


『家康公の先見性や専門家顔負けの薬学知識は魔術師を彷彿ほうふつとさせるね。

 危険を承知で自身の身体で試したのも、肉人自体が貴重である事と数年後には大阪冬の陣、夏の陣が勃発した事から、豊臣方と早目にけりを付けたかったがゆえなのかも』


卓見たっけんだと思うよ宮森さん。

 その時に家康が身を挺して実験してくれたお蔭で、肉人についての研究が大きく前進した。

 九頭竜会は更に研鑽けんさんを重ね、肉人の細胞が〈ショゴス〉と人間との融合に有効である、と結論付ける迄になる』


まずいな、そこまで研究が進んでしまっているとは。

 でも、化物絵などに描かれた肉人は身体が崩壊している途中の姿にも観える。

 飼育など可能なのか?』


『そこは僕にも解らない。

 駿府城に現れた個体はどう云う訳か身体が完全には崩壊せず、ぶよぶよの肉塊状態を維持し続けているらしい』


『らしい?

 今日一郎程の者であっても、肉人の実物は見た事がないのか?』


『うん。

 実は九頭竜会の抱えている魔術師の系譜に、〈ショゴス〉や肉人の探索、捕獲、飼育を専門とする家系がある。

 駿府城での儀式に肉人を献上したのもそこだよ。

 その家系にとって肉人は門外不出の家宝。

 部外者、特に魔術師には先ず見せないだろうと思う。

 昨日の儀式で例の瓢箪を持っていた神官と、練色の粉末を綾に飲ませていた神官がその家系の者だね』


『憶えているよ今日一郎。

 それで、肉人から作られた粉末がいかなる作用を及ぼしたと云うんだ?』


『あの肉人の土台生物が人間だと仮定すると、その細胞は〈ショゴス〉と人間両方の遺伝的性質を持つ事になる。

 あくまで推測に過ぎないけど、肉人の細胞が〈ショゴス〉と人間双方の拒絶反応を軽減する、融和剤ゆうわざいとしての効果を発揮したのではないだろうか』


『もしそうだとすると、九頭竜会は〈ショゴス〉さえ発見し捕獲出来れば、〈異魚〉の様な異形を量産しようと云う魂胆なのか?』


『そうだね。

 邪神の肉体の復元を見据えれば異形の量産化は必須だろう。

異魚〉はその第一歩に過ぎない。

 逆に言えば、ここで奴らの計画を頓挫とんざさせる事が出来たなら、邪神の完全復活は夢のまた夢に終わる』


『そうか……。

 なら、〈異魚〉の肉体で最も懸念すべき箇所は何処どこになるんだ?』


『〈異魚〉の身体はひれえらなど、水棲すいせい生物の特徴が見受けられる。

 それだけならまだ良かったんだが、綾に定着した邪霊がこれまた曲者くせものでね。

 その曲者の所為で厄介な変容が起こった。

 見た目からでは判らない部分だけれど、先ずは横隔膜おうかくまく

 そして宮森さん、綾のくび部分を思い返して欲しい』


『確か……頸部けいぶ左右に縦長の裂け目が入っていたな。

 綾の声も二重三重に発せられていたと感じたよ』


『一番の問題はそこだね。

 綾の横隔膜と声帯が変異してしまい、人間には出来なかった事が出来る様になってしまった。

 宮森さんにはこの意味が解るだろう?』


 ここまでは今日一郎と交わした学究的アカデミックな議論と明日二郎と共に満喫した食事の所為もあり、宮森は身も心も熱っぽい程であった。

 しかし、今の今日一郎の問い掛けで背筋が瞬時に薄ら寒くなる。


 宮森の思念が震え、戦慄する他はない結論へと導いた……。


 ――邪神の真名の、完全なる発音。





               太歳と肉人の考察 その三 了

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