名探偵を殺す、3つのメソッド

佐伯 侑

一日千終 01

人殺し。そのレッテルを貼られたことは果たしてあるだろうか。大抵の人は──読者は──そんな経験はないだろう。あってたまるか。人を殺すには労力が必要だ。

例えば人間の頭はボウリング並みの重さがある。

首を切り落とすのは相当の手間であるし、バラバラ殺人などもってのほか。毒殺には誤って別人を殺さないように細心の注意を払う必要があるし、突き落とすにしても目撃者が絶対にいない状況などまずありえない。

けれど。それでも。人には、いつか必ず、誰かを殺さなければならない場面がある。命を守るため?世間体を守るため?それは分からない。けれど、何かを守るために人は人を殺すのだ。

たとえ、何を代償にするとしても。


──探偵を殺す。その依頼が舞い込んできたのは、11月の終わり、雪が舞い散るような日曜日だった。街は朝から冷え込んでいて、その上、降り積る雪で道は滑りやすくなる。そのため事故渋滞がひっきりなしに起こるので、散々である。

F県、神羽市(かんばし)。どこにでもあってどこにもないような、なんとも言えないこの市には、私の構える個人事務所──と言うより自宅兼仕事場と言った方が正しいか──には時々、困った人々がやってくる。

困った人々、というのは別に、変わり者だ、とかいくら注意してもルール違反を直してくれない、とかそういう意味の「困った人」では無い。もちろん。そんな意味であるはずがない。彼らは、「困り果てた人々」、「頼るあてがほかになくなってしまった人々」なのである。

その日、私の事務所に訪れたのは背筋のピンと伸びた恭しい初老の男性と、車椅子に乗った上品そうな女性だ。

男性は手は両方とも女性の車椅子を押すために使われており、玄関の扉ははて誰が開いたのだろうかなどと少し疑問に思う。

夫婦かな、と当初は思ったのだ。男性が車椅子に乗った女性を恭しく介護しているから。けれど近づいてくるについて、そうではないと気づいた。男性が女性に忠誠を尽くす騎士のように思えるその構図は、その景色は、私にとってあまりに衝撃的だった。

なぜなら。わたしは、てっきり初老の男性が甲斐甲斐しく世話していた女性はご婦人だと思っていたのだ。けれど。

車椅子の上の女性は。

否、うなじに届くか届かないか程度の銀髪を有するは。


「名探偵の尽くを殺してください。」


齢15歳にも満たないであろう彼女は、その年齢に不相応なほど大人びた、そして凄惨な笑みを浮かべたはそう告げた。

私が困惑している間に、彼女は続ける。


「あなたは人を殺すことを極端に避けたがると聞いています。つまり、人がどうやったら死ぬか分かっている。知っている。その知識を貸してください。其の手腕を貸してください。私が有効利用して差し上げましょう。」


やっと私は自らが置かれている状況に気がついた。違う。そうじゃない。私は確かに人を殺さないように細心の注意を払っている。けれど、

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