夏休み初日
夏休みに入るのは、僕にとっては大問題だった。委員会活動はなくなるし、学校の夏期講習では夕子と違うクラスになった。夕子は夏休み中も毎日部活があり、午前の講習が終わると部室に直行するらしく、いよいよ話す機会がなくなってしまう。
しかし『X』はこの状況を見抜いてか、夏休み前日のうちにメッセージをよこしていた。
『夏休み中は売店が閉まるので、部活前にお弁当を差し入れると良いですよ。』
絶句した。よりによって弁当を差し入れろ、とは。しかし『X』がそう言うんだ、それで夕子が喜んでくれるに違いない。講習初日の朝、僕はちっぽけな料理の経験値を活かし、ネットで簡単なレシピを探してなんとか弁当を作り上げた。
講習終わり、弁当の入った巾着袋を片手に、3階の端にあるダンス部の部室へ向かった。ドアをノックしようとしたところで、突然がらりとドアが開き、中から背の高い女が出てきた。
「あれ、原田じゃん。何しにきたの?」
それは同じクラスの西江実樹だった。あまり話したことはないが、ダンス部だったのか。
「夕子、いますか?差し入れを持ってきたんですけど。」
「夕子なら、今顧問と話してるけど。そういえば原田、最近夕子とよく一緒にいるよね。」
「・・・まあ、委員会とかあるし。」
何でそんなことを聞いてくるんだ。僕は夕子に弁当を渡したいだけなのに。
「あっそ。それ、私から夕子に渡しておくよ。」
西江は僕の手から弁当の入った巾着袋をひったくると、そのまま背を向けて部室の奥へ歩いていった。
「え、あ・・・」
僕は呆気にとられながら、歩いていく西江の背を見つめた。弁当が夕子にちゃんと届いたか心配だったが、その夜メッセージアプリでお礼の言葉が送られてきたため、ひとまずほっとした。
翌朝、講習会の教室に入ろうとしたところで、夕子に呼び止められた。
「メッセージでも言ったけど、お弁当ありがとう。お弁当箱、洗ったから返すね。」
渡した弁当箱は、綺麗に洗われて戻ってきた。
「味、どうだった?口に合った?」
「えっと・・・。」夕子は口籠る。
「実は、お弁当に大きな虫が入ってて、食べられなくて。」
「虫だって!?」
驚いて声を荒げた。まさか、虫が入っていたなんて。
「それは、申し訳ない・・・。虫なんて、いつ入ったんだ?作ったときには勿論虫はいなかったし。あのさ、弁当ってちゃんと渡してもらえた?西江に渡したんだけど。」
「ロッカーの中に、郁斗くんからっていうメモと一緒に入ってたから、誰かが入れてくれたんだと思ってたけど。実樹だったんだ。」
夕子は何かを考えるように一息置き、
「・・・虫、実樹が入れたんじゃないといいけど。」
とぽつりと言った。
「えっ?」
夕子からそんな言葉が出てくるとは、意外だった。
「西江と何かあったのか?」
「中学の時から一緒なんだけど、実樹とはダンスでずっと競い合ってるんだ。だからかな、喧嘩になったり、嫌がらせみたいなのをされることが多くて。」
「・・・そうなのか。」
「この間も、Tシャツに実樹のカフェオレがこぼれてたんだ。事故かもしれないけど、大会も近いし、もしかしたらって思って。」
なんてこった、本当に嫌がらせじゃないか。『X』のやつ、こういう肝心なことを教えてくれないなんて。
その晩、『X』に西江のことを尋ねてみたが、『夕子さんに聞いてください』としか返ってこなかった。加えて『お弁当の代わりに、飲み物にしましょう。グレープフルーツジュースを好んでいますよ。』と返信が来た。
ちくしょう、肝心なことは教えてくれない割に、差し入れだけは持って行かせやがって。
しかし僕は『X』の助言に逆らえず、再び部室へと向かった。
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