事の始まり

 例のアカウントに出会ったのはおよそ1週間前。

 部屋のベッドに寝転び、スマホを片手にSNSの書き込みを眺めていた時だった。そのSNSは出来事や感情を150字程度で書き込むと、フォロワーのタイムラインに表示される仕様である。また個人宛てにメッセージを送る機能も存在する。

 夕子はこの手のSNSはやっていないらしいが、もしやっていれば、夕子の趣味や近況をもっと知れるのに。


 そんなことを思いながらタイムラインを流し見ていると、スマホの通知欄が動いた。そこには、誰かからフォローされたという通知と、メッセージを受け取ったという通知が表示されていた。

 誰だろうかとアカウント名を見ると、『X』という名前が表示されていた。知り合いに心当たりはいない。ユーザーページを見ると、書き込みの内容はネット記事のリンクばかりだった。

 迷惑アカウントだろうな、と思いメッセージを開くと、僕の指は固まった。


『原田郁斗さん。斉藤夕子さんと仲良くなりたいと思いませんか?』


 ぞっとした。僕は本名と全く異なるアカウント名を設定しており、知り合いじゃなければ僕だと分かるはずがない。


『誰ですか?いたずらですよね?』


『いたずらではありません。私は夕子さんをよく知っています。私を利用すれば、夕子さんともっと仲良くなれますよ。』


 結局、誰なのかは明らかにしてくれない。勿論夕子と仲良くはなりたいが、何者なのか分からなければ、ただ不気味なだけである。

『誰ですか?いたずらならブロックします』

 少し苛立って返信をするのとほぼ同時に、メッセージが送られてきた。


『夕子さんはダンスの練習が忙しく、勉強に困っています。数学のベクトルの部分で躓いているので、来週の小テストに向けて教えてあげると良いですよ。』


 はっとしてメッセージを見つめた。確かに来週、数学の小テストがあり、ベクトルも範囲に入っている。そこまで知っているとなると、少なくとも同じ学校の人間に違いない。

 それは置いておいて、これを信じるとすると夕子はベクトルが苦手なのか。夕子は成績が良いから、苦手な分野があるなんて知らなかったな。

 返信を書こうとする手が止まる。こいつが誰かは分からないが、テストのことまで書いているんだ。試しに夕子に、勉強の話題を持ちかけてみてもいいかもしれない。ここは下手に返信せず、様子を見てみようか。 


 翌日、委員会の会議のついでに夕子に数学の話をしてみた。

「ベクトルのところ?実は最近、部活が大変で授業に追いつけてないんだ・・・。」

 夕子は困り顔でそう答える。何てこった、当たっているじゃないか。そして完璧だと思っていた夕子が、ベクトルに苦手意識を持っているなんて、こういう一面もまた可愛いな。

 僕は『X』を怪しみつつも、これを利用すれば夕子が僕のことを頼ってくれて、もっと近づけるかもしれない、そう思い始めていた。


 それから、僕は『X』の言う通りに夕子にアプローチを続けた。Tシャツのプレゼントはその一つで、他にも勉強を教えたり、メッセージアプリのスタンプをプレゼントしたり、好きな歌手の情報を仕入れたりした。

 それらの情報はどれも正しく、夕子は喜ぶとともに、なぜ夕子の興味や困りごとを当ててられるのか不思議がっていた。

 僕も嬉しい反面、不思議だった。『X』とは誰で、目的は何なのか。問い詰めたい気持ちはあったが、下手に刺激してこの情報源がなくなるのは惜しい。僕は心の引っ掛かりを見て見ぬふりしながら、メッセージのやり取りを続けた。


 そうこうしている内に、夏休みに突入した。

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