アイ・ビリーヴ・イン
宮本南
プロローグ
「あのさ、渡したいものがあるんだけど。」
放課後、2人だけの教室。7月に入り、窓を開けていても教室の中はやや暑かった。
僕と夕子は互いの机をあわせ、向かい合って座っていた。美化委員として今度作成するポスターについて話していたのだが、突然僕はこんな話題を持ち出した。
「渡したいもの?」
「そう。プレゼント、みたいな。」
「プレゼント?こんな何でもない日に?」
そう、今日は夕子の誕生日でも、何かの記念日でもない。彼氏でもない僕が、突然プレゼントを渡すなんて、全くおかしな話であった。
僕は高校1年生の時から、密かに夕子に好意を抱いていた。
夕子は美人で性格も明るく、おまけに勉強も運動もできる。夕子はダンス部に所属しているが、大会ではいつも賞を貰っていて、エースともいえる存在だ。
2年生に進級し、僕と夕子は同じ委員会になった。それをきっかけに話す機会は増えたものの、もっと距離を縮めたいと思っていた。そこでこんな行動に踏み切ったわけだが、正直なところ、これは大きな賭けだった。
しかし、僕はこの賭けに勝つ自信がないわけではなかった。
「そんなことは気にしないでよ。これなんだけど。」僕は鞄の横に置いていた紙袋を手渡す。
「開けてもいい?」
「いいよ。気に入ってくれるといいんだけど。」
夕子は包装紙を丁寧に開いていく。僕はポーカーフェイスを貫いているつもりだが、どんな反応が返ってくるか、内心気が気じゃなかった。
夕子は包装紙の中から1枚の白いTシャツを手に取り、両手で広げた。それは、有名なスポーツブランドのTシャツだ。白い生地に、水色の幾何学模様があしらわれている。
「Tシャツ?」
「うん、いつも委員会で世話になってるお礼。部活でもうすぐ大きい大会もあるって言ってたし、練習も増えるだろうから、使ってもらえればと思って。」
突然のプレゼントというのもさることながら、Tシャツを渡すなんて、やっぱり気持ち悪かったかな。
いや、しかし、あのメッセージを信じるならば、これで絶対に喜んでくれるはず。
恐る恐る、夕子の顔を覗いた。
夕子の顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
「すごく嬉しい!丁度この前、お気に入りのTシャツ汚しちゃって、代わりの練習着を探してたんだ。郁斗くんって優しいね。」
よかった、喜んでくれたようだ。夕子はいつも、僕の良さを言葉にしてくれる。花のような笑顔に、僕の顔も綻ぶ。
しかし安堵と共に、驚きと不気味さが心に流れ込んでくる。また当たった、あのメッセージが。
「タイミングが良すぎてびっくり。私がTシャツを探してるって、誰かから聞いてたの?」
夕子は無邪気に聞いてきたが、僕は返答に困った。「まあ、そんなとこ。」と視線を泳がせて答えたものの、本当のことなど言えなかった。
誰とも分からないSNSのアカウントから、夕子がTシャツを欲しがっていることを教えてもらった、なんて。
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