契約金
二〇××年四月一〇日。この日は、日本国に一二校存在する『創麗高等学園』の入学式である。
この日、ある決定が下された。大型入学生『ルーシ』の所属学校である。
「一〇億円」
「一五億」
「三〇億」
創麗傘下学園には、一つの決まりがある。それは、生徒が入学金を払うのではなく、
一二校の理事長が集められ、淡々と大金を提示する。平等に有望株を獲得できる機会を与える為、このように奇妙な儀式が行われるのだ。
創麗はグレーゾーンな能力開発を行っている。それが故に、他国へ有望株が行ってしまう可能性があるのだ。そこで創麗は、まだ有望株で止まっていて戦場に投入できる可能性が半々程の生徒に大金を見せびらかす事で、少年少女の心を砕くのだ。金こそが創麗の力である。
「ご……五〇億円ッ!」
大金が蠢く中、創麗学園横浜校理事長は手を挙げた。そして彼は言う。
「九〇億円」
淡白な声である。九〇億円提示。これは、創麗史上二番目の提示額となる。
「九〇億。他の者は?」
声はなかった。創麗学園総合理事長は、横浜校──通称、学園横浜の理事長へ告げる。
「確定だ。創麗学園横浜校が交渉権を持つ事になる」
大金とともに、ルーシは学園横浜に属する事となる。
*
ある街にて。
「日本って変な匂いしねェか?」
「多分、醤油ってヤツだよ」
「あァ、アレか。サシミってモンにかけるヤツ」
ルーシとタイペイは日本国に入国した。契約はおおむね完了しており、後は創麗による連絡を待つだけである。
「ホームシックになりそうだな。右を見ても左を見ても、東アジア人しかいねェ」
「ていうか、ワタシ達の言語が通じないんじゃね?」
「そりゃヤベェ問題だな。ボディーランゲージで突破するには、無理がある」
世界各国を飛び回った二人の話す言語は、とある国の言語となっている。当然、日本では通用しないだろう。
「一応日本語は勉強したんだがな。変態、ぶっかけ、引きこもり」
「それだけじゃあ、無理でしょ」
「つか、オマエは東アジア系だろ? なら日本語に適応できる可能性があるかもしれない。頑張ってくれたまえ」
ルーシはタイペイに任せる事とした。そして少年はコンビニに入る。
「煙草吸いてェし、葉っぱもキメたい。この国ってマリファナ合法だっけ?」
「多分違うと思うよ」
「煙草で我慢すっか……」
ルーシはコンビニ店員にスマホを見せる。検索欄に『九〇』と入力する事で、九〇番の煙草を買おうとしているのだ。
レジに値段が表示される。五二〇円である。
「ありがとうございましたー」
ルーシはコンビニの前で煙草を咥えた。そしてタイペイに愚痴を吐こうとした。
「なァ、煙草が意外と高けェぞ。中国やロシアよりも……あ?」
タイペイは三人程の日本人らしき男達に絡まれていた。容姿からして、同じ日本人とでも思ったのだろう。ルーシは無言で詰め寄り、煙草に火をつけ、それを一人の
途端に彼らは驚愕したような顔になるが、しかしやめるつもりもなさそうだ。
「あー、やめてく……?」片言の日本語にて、ルーシはコミニュケーションを図る。
「あァ!? なに言ってんだてめェッ!」
当たり前だが、流暢な日本語である。しかも随分と威勢が良いように聞こえる。
ルーシは吠えてきた彼に、頭突きを喰らわせた。彼は地面に這いつくばる。
「良かったなオマエら。拳銃は創麗が預かってんだ」結局ルーシは話しなれた言語で話す。
普段だったら射殺して終わらせるが、ここは日本である。そんな事はできないのだ。
「そ……創麗だァ!?」
創麗は日本語である。彼らは慌てながら逃げた。
「ッたく、治安が悪いようだな」
「ホントだよ。先進国じゃないみたいだ」
基本、発展途上国にて仕事をしているルーシとタイペイは、先進国に入る度に治安の良さに感動するモノである。しかしこの街は違うようだ。
「しゃあねェ。なんてたって超能力だからな。治安が悪くとも、不思議じゃない」
ルーシは煙草を咥えつつ、新天地に来た事に思いを馳せる。そして彼は続ける。
「まァ、普段と変わらねェって事なんだろう。いい事じゃねェか。治安が良すぎるってのも、難儀なモンだからな?」
「言えてるね」
犯罪履歴が消えようと、ルーシとタイペイにはあまり関係のない話なのかもしれない。物心がついた頃からあらゆる犯罪を行っていた二人は、言い換えると裏の仕事以外で金を作る方法がわからないのだ。
「そして一つわかった事がある。オレ達、やはり日本語が話せねェ。本一冊で日常会話をコンプリートしようっていう考え自体が、物凄くおごましいんだろうな」
『一冊でわかる日本語!!』なんて本を一応、二人は読破した。しかし実際に日本へ来てみると、思ったようには話せないモノである。
「欲しいモノリストに、護衛及び執事兼任通訳を入れておこうよ」タイペイはそう提案した。
「なるほど、全部任せるのか。効率化の時代だもんな」
この街の治安は芳しくない。しかもこれから住む寮は、超能力者が集う危険な学校の中にある。よって護衛は必ず必要だろう。通訳はそのついでで良い。そしてあわよくば家事も任せられると、更に喜ばしいのだ。
「まァ、必要なモノは多い。ハンドガンも返して欲しいしな。とにもかくにも、創麗学園横浜校まで歩くか」
そもそも学校に向かわない限りには、話も動かない。ルーシとタイペイは街を歩き向かう事にした。
*
「入学式のようだな。すげェ人だかりだ」
周りは人だらけである。こうして見ると、一番多いのは東アジア系統の人間だが、意外と白人や黒人、中南米人といった外国人も多い。この学校は多国籍で構成されているのだろう。
「さっさと目的地まで行こうよ。ココにいたって、拳銃と資産は返って来ないよ?」
「そりゃそうだ」
ルーシとタイペイは、この巨大な学校の中心部まで歩いていく。
しかし大きな学校である。校舎らしき建物がズラリと並び、ファーストフード店やコンビニもあり、銅像が建てられていて、芝生まであり、テニスコートやサッカーの球技場、野球というスポーツ用らしき場所もある。目視した限りでも、一日では回りきれない程に巨大な学校だ。
「どんだけ金かけてんだよ。なァ?」ルーシのテンションは上がる。
「時価総額第一位の大企業なんだから、傘下の学校にも金をかける余裕があるんでしょ」冷めているような口調ながら、タイペイもまた興奮を覚えていた。
「今日からココで能力開発だぜ。こりゃ飽きなさそうだな」
二人はこの学校の中心の中の中心へ向かう。そこには、学園長室があるのだ。
「学園長はなにを言うんだろうね?」
「さァな。まァ、社交辞令を伝えるんだろう。ちゃんと会って伝えるとは、いい心構えじゃねェか」
この時、ルーシとタイペイは自分達に付けられた価値に気がついていない。気がつく余地もないのだ。
「ココだな」ルーシは指を指す。
「随分と大きいね……」
三つのビルが繋がってできている建物は、摩天楼のように高い。その情報はタイペイを圧倒した。
「世の中金がありゃ、こんだけの事ができるって事なんだろ。相手を縮こまらせる為に、わざわざ作ったんだろうな」
対照的にルーシは冷めていた。この場面で臆すれば、創麗という企業に飲み込まれてしまうと思ったのだ。
「入るぞ。タイペイ、最善の条件を勝ち取ろう」
これ程までに金を持っている事をアピールされたのだから、ルーシは創麗学園について調べて出てきた情報を少し信じる。契約金制度である創麗には、生徒が大金を支払うのではなく、学校が大金を支払うという噂があるのだ。
「う……うん」タイペイは物怖じしているようだった。
「おいおい、オマエらしくもないな。いつもみてェにひょうひょうとした態度を取り戻してくれよ。心配になっちまう」
「で……でもさ、ワタシ達こんな場所に入った事が」
「あるだろ。金払いの悪いヤツをお仕置きする為によ。あの時、オマエもいたはずだ」
「あの時とは訳が違うでしょ? 無理やり来たのと、望まれて行くのは、天と地の違いがあるよ。無理やり来たんなら奪えばいいけど、望まれてんなら相応の態度を見せないと」
どうやらタイペイは遠慮しているようだ。彼女らしくもなく。
ルーシはため息を一回吐き、タイペイの肩を結構な力で叩いた。
「いたっ! なにするのさっ!」
「落ち着いて、冷静に行動しろ。オマエはガキだが、同時にプロだろ?」
こういう時はタイペイのプライドをくすぶれば良い。意外と少女は子供扱い──アマチュア扱いを嫌うところがあるのだ。
「……わかった」
タイペイに落ち着きが宿った。ルーシ達は入口に向かう。
ビルというからには、受付がいる。ルーシは話しかけた。
「ルーシ、タイペイ。わかり……ますか?」
日本語ではある。もっとも、ルーシとタイペイの発音は日本語のそれではないが。
「認証が通りました。最上階の学園長室へ向かってください」
ルーシ達が普段話す言葉で返答されれば、少し負けた気分にもなる。
「おい、アイツオレらの言葉わかってんぞ?」
「そりゃ国際企業だもん。わかるでしょ」
「おォ、落ち着いたみたいだな」
「おかげさまで」
そんな事を話しつつ、二人はエレベーターに乗った。そして最上階へ向かう為のボタンを押し、謁見(えっけん)に向かう。
「いやー、コレからアジアの島国で暮らすのか。不思議な気分だな」
「今まで寒いところだったから、新鮮だね」
「そうだな。ウォッカなしでも身体が冷えねェのは、素晴らしい事だ」
「この際だから、ヤクもやめちゃえば?」
「やめる気にならねェな。使う頻度は減りそうだが」
マリファナすら非合法な国である。薬物を手に入れるには、それなりの勉強が必要そうだ。
「昨日まではしょうもねェ国際指名手配済み犯罪者。今日から高校生。世の中なにがあるかわかったモンじゃねェな」
そうして世の中の奇妙さを思っていると、最上階へたどり着いた。まずタイペイが降り、続いてルーシが降りた。
グレーのスーツに第二ボタンまで開けた赤いシャツという格好の白人少年。
花柄の暗い青のドレスを着て、高いハイヒールを履くアジア人少女。
「御二方、コチラへ」
案内人の彼は、少し緊張気味に二人を学園長室へ案内する。
子供ではある。しかし同時にオーラも感じ取れる。触れてはならないオーラが。
そして学園長室には、ダブルスーツを着た壮年期の男がいた。
『創麗学園横浜校』の頂点にして、創麗グループの行動方針を決める事のできる大物中の大物。
男は椅子を回し、振り返った。そしてニヤリと笑いながら、言葉を発した。
「創麗学園横浜校学園長、
ルーシは一瞬寒気を覚えた。まるで魔物に睨まれたかのように。
この小柄な老人のどこに、魔獣のようなオーラを感じ取れたのだろうか。
短い日本語が故、ルーシとタイペイに権藤の言葉の意味は伝わった。
「ルーシくんにタイペイくん。手短に話そうか」
案内人は即座に通訳を開始した。ルーシは固唾を呑んで話を聞く。
「まず、キミ達の犯罪履歴は消去される。表向きは死んだという事にしてな。そしてキミ達はココに住んでもらう。寮を用意した。最上級の寮を」
ここまではわかり切った事である。
「と、ココまではわかり切った事だが、二人には更なる報酬を渡す」
更なる報酬。つまり、契約金。ルーシは思った事を即座に言った。
「契約金、って事ですかい?」
案内人は翻訳し、権藤は一度頷いて言う。
「そうだ。わざわざ遠いヨーロッパから来たのだから、相応の対価は欲しいだろう?」
対価。それは、金である。そんな事は言うまでもない。誠実さは金そのものなのだから。
「それはおいくらで」
この時、ルーシは創麗という企業をまだ少し侮っていたのかもしれない。近未来兵器と近未来戦闘員を創造する戦争屋の誠意を、未だに感じとれてなかったのかもしれない。実際、ルーシの思い浮かんだ『契約金』とは、多く見積っても一〇億円程だったのだ。
しかし、その思考は覆される事となる。権藤和久の一言によって。
「九〇〇〇万ドル。あるいは、九〇億円だ」
ルーシの脳がデタラメに動く。
九〇〇〇万ドル?
九〇億円?
今まで稼いだ金と比べ物にならない。まるで今までの苦労が無駄になったようである。
ルーシは訝るような表情で、権藤を見る。
そして権藤はルーシの考えを見透かすように、答えた。
「キミ達は国際指名手配にされる程、沢山の犯罪を行ってきた。先進国から発展途上国まで手広く。しかしそれでも九〇〇〇万ドルを手にする機会はなかっただろう。しかし! 我々なら、夢のまた夢である金を支払う事ができる。創麗はパートナーには誠実的だ。キミ達が我々のパートナーとなるのなら、九〇億円などはした金なのだよ。わかるか?」
長い言葉である。翻訳され、ルーシは権藤の言葉の意味を知る。
「……
もちろん、普通の友情とは話が違う。創麗とルーシ&タイペイの友情とは、互いに利点があるから成立するモノであり、利害関係が一致しなくなれば破棄される友情なのだ。
そんな二束三文な友情に九〇億をかける程に、創麗はルーシの手に入れた能力に熱心なのだ。
「そういう事だ。友好を築き上げよう」
創麗学園横浜校学園長権藤和久は、ルーシに手を差し出した。
この手を握れば、ルーシとタイペイに大金が渡り、創麗との友好が始まる。
「……なるようになるさ」
この言葉はあえてか翻訳されなかった。
そしてルーシは権藤の手を固く握り締める。
「タイペイ、握手をしろ」
「う……うん」
もはや戻れない道である。タイペイはルーシの言った事へ従う事にした。
「……素晴らしい」
この時、権藤の身体は小刻みに震えていた。表情は大仕事を成し遂げた後のように、達成感に満たされていた。
ルーシにとっても、タイペイにとっても、創麗にとっても、この契約は多大な意味を持つ。
「では、創麗学園横浜校へようこそ。今この時をもって、キミ達はこの学校の生徒だ」
小卒から高校生へ。なんとも不思議な気分だが、それは隣にいるタイペイも同じ事である。
「ルーシくんは高等部へ。タイペイくんは中等部へ。学年は二人とも二年生からだ。制服は寮に用意してある。着てみると良い。では、また会える日まで」
ルーシとタイペイは後ろを向き、学園長室から去っていった。
*
今日は多くの生徒が希望とともに入学をする事になる。
創麗学園横浜校。総生徒およそ一〇〇〇〇人。小等部から高等部まで、六歳から一八歳まで。超能力の才能があると認められた子供達が在籍する。
その中にルーシとタイペイの名前は載っている。
二〇××年四月一〇日。創麗学園横浜校入学式は、順調に進み終わったのだった。
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