無法者は煙草を吸い、ダメ人間はパフェを食べ、お人好しはエナドリを飲む

東山統星

運命の仕事

 ────彼らの世界は、彼らが望むように変わる。

「楽勝だぜ……ッ!」

 少年は緊張を覚えつつ、助手席に座る少女へ話しかけた。

「ホントに?」

 こんな焦り口調な時点で楽勝な訳がないのに。少女は訝るような口調で少年へ語りかける。

「ホントさ。こんなのは過程に過ぎねェ。オレ達はこの力を使って、世界をいい方向へ傾ける義務があるんだ。その為に苦労を払ったんだからな」

「そりゃ同意見だけど、少しは落ち着いたらどうなの? 荒い運転してたら、警察が顔真っ赤にして向かってくるよ?」

 少年と少女が努力と苦労の末に手に入れたモノ──ダイヤモンドの原石のような輝きを持つそれは、三センチ程のサイズでポケットにも収まる。ダイヤモンドとして売ったところで、大した金にはならない。そもそもダイヤモンドのように見えるだけで、実際はダイヤモンドではないのだから。

「仕方ねェだろ……オレ、こんな犯罪したのは初めてなんだよ。捕まれば数十年と外に出る事も叶わねェ大仕事。ッたく、動悸がヤベェ」

 少年の心拍数は急上昇を続ける。ここまで来るのに多大な計画を立ててきた。

 できる限り警備員や警察に悟られないように。

 どこにそれが運ばれるのかを正しく知るように。

 この不毛の大地を走る車は、決して惰性で生きている訳ではない。心の奥底から必死に生きている。自分の目的の為に、少年は少女を乗せながら走るのだ。

「────あァッ!?」

 もっとも、必死に生きている事が逃げ切れる事を保証する訳ではないのだが。

 少年と少女の乗った軽自動車は、大型SUVに衝突した。基、SUVが突撃してきた。軽自動車は枯れ木が生い茂る路肩に吹き飛ばされたのだ。

「クソッ! 前見て運転しろよッ!」

 少年も少女も致命打は受けていない。追突してきた車に文句を言えるくらいには。

「小さすぎて見えなかったんだ。悪りィな。まァ……」

 運転席から人が出てくる。

 鮮やかな金髪と、中性的に整った容姿。目は青く澄んでいて、首元にはタトゥーが見える。身長は平均──一八〇センチ程だ。

 そんな彼は、少年へ拳銃を向けた。黒塗りの拳銃には、金鷲の紋章が入れられていた。


「どうせ死ぬんだ。車がへこんだぐらいで落ち込むなよ」


 瞬間、少女は思わず目を瞑った。

 乾いた破裂音、硝煙の匂い。目を開けると、隣には哀れな亡骸が転がっていた。

 少女は理解し、叫んだ。その声とともに、少女もまた少年の後を追う事となった。

「ガキどもが。一〇代前半ってとこか?」

「ルーシ、アナタだって一七か一八歳ぐらいじゃない?」

「そこかよ。タイペイ」

 タイペイは今日も天然だ。

 東アジア系統の肌の色をした少女。そして見た目もアジア人らしい美しさ──最上級の美しさと儚さがある。生まれが日本か朝鮮半島か中国なのかは、ルーシもタイペイも知らない事だ。

 ルーシは少年の車の中に入る。

「おっ、あったあった。予測ぐらいにはあったぜ」

「そりゃ良かった。明日のパンにはありつけそう」

「もう炊き出しに行くのはゴメンだぜ……」

 ケースに入った宝石をルーシは手に持ち、タイペイの元へ向かおうとした。

 刹那、ルーシの目に珍妙な現象が入った。

「なんだこれ。後生大事に抱えやがって」

 少女は死んだというのに、ケースを抱えていた。その様子がおかしく思えたルーシは、少女から容赦なく白いケースを抜き取った。

「タイペイ、変なケースがあった。どうやらこっちが本命のように見える。宝石店強盗すら偽装に使う程の大物。もらうしかねェだろ」

「好きにすればいい。どうせ警察は走っちゃこないんだからさ」

「言えてんな」

 二人は淡々と二人の生命をこの世から消し去り、奪い取り、逃げ去る。その国における一番の刑罰を受けても不思議ではない悪事を働いたが、二人はまるで慄いてはいないのだ。もっとも、日常の一幕だと思えば、ある意味当然ではあるが。

「さァて、どんなお宝が眠ってるかなー?」

 ルーシは喜びをあらわにしながら、少女が大事そうに抱えていたケースを開く。

「……なんだこれ」

 長年盗みと殺人をしてきたルーシとタイペイにはわかる。見た目はダイヤモンドの偽物。価値は二束三文。とてもではないが、思いを託すモノには見えないのである。

「つまんね。ルーシ、それ捨てちゃえ」

「そうだな」

 ルーシはジロリとその石を眺める。少年少女の二人が生命を落とす覚悟を決められる程に、この石っころには価値があるのだろうか。

「わからねェな。まァ、人の心は複雑怪奇という事なんだろうな」

 奇怪な石をルーシが取り出すと、それはあっさり砕けた。どこまでもダイヤモンドを愚弄しているとしか思えないような作りである。

「……ホントによくわかんないね」

 タイペイは頭を傾げる。

「しゃあねェだろ。そんな事より、お宝ゲットだぜ? 喜ぼう」

「うん。皆んなにも知らせないとね」

 ルーシとタイペイは常に二人で行動している。世界各地を駆け回る無法者として、国際指名手配犯になりながらも、二人は楽しく生きているのだ。

 そんな二人にも仲間というモノがあった。最盛期で三〇人は数えた仲間達が。しかし今となれば、様々な要因が重なり、二人の組織は二人だけなのだ。

「死刑になったアイツらにも、行方不明になったヤツらにも、地獄の鬼を拷問しているであろう連中にも、今日の勝利をともに乾杯しねェとな」

 無法者には世知辛い世の中である。ルーシとタイペイだって、いつ捕まっても不思議な話ではない。彼らのやり方ではなおさらだ。映画や小説、アニメや漫画の世界のように華麗な盗みは働けないのが実情なのだ。

「さて、ズラがるか」

 極寒のある国にて、一〇代前半少年少女の窃盗犯の遺体が見つかるのはそう遠くない未来の話である。


 *


「おお……」

 ルーシは風呂場にてタトゥー塗れの身体を見ながら、一人驚いていた。まだ刺青を入れる場所がある事を発見した訳ではない。驚いた理由は、彼の目の色が変色していた事だった。

「タイペイ、来てみろよ。オレの目が紫色になってやがる」

「あら、喧嘩でもしたの?」

「んな訳ねェだろ。オレはさっきまて寝ていた。喧嘩する余裕はない」

「思い当たる節は?」

「ヤクかな」

「なに使ったの?」

「マリファナ、LSD、コカインぐらいだな。健康に気を使っているんだ」

 そもそも違法薬物が健康に悪いと感じる気持ちはないようだ。タイペイは半ば呆れつつも、ルーシの行動を振り返る。

「……思い返せば、あの偽物ダイヤモンドを砕いた時から変だったかも」

「おいおい、マジか。ヤベェ薬物でも詰めてたみてェだな」

 そう考えれば大事なのもわかる。ルーシは納得した。しかし、納得したところで状況は変わらない。昨日まで青かった目が、今日となれば本紫──明るい紫色になったのだ。ルーシは慌てつつあった。

「病院に行くか……? いや、逮捕されるな。いやいや、守秘義務があるか。つか、病院に行って治るモンなのか? ……検索するか」

 困った時こそインターネットである。ルーシは携帯を取り出した。

 そこで知るのだ。少女が必死に抱えていたケースには、それ相応の価値がある事を。

「……なァ、タイペイ」

「なに?」

「オレは日本の学校に通う事になるのか?」

 タイペイは怪訝な顔になり、ルーシへ言う。

「意味がわかんないね。アナタの目が紫になって、なんでワタシの生まれた場所候補が出てくるのさ。しかも学校? アナタ小卒でしょ?」

「……そりゃそうだ。オレはもう一回寝る事にする」

 寝る前の薬物は欠かさない。ルーシは錠剤を噛み砕き、ベッドに倒れ込んだ。

 タイペイはすかさずルーシの携帯を見る。そこには驚愕するに値する情報が提示されていた。

「……ごく稀に宇宙から降り注ぐ隕石には、人間の秘められた力を解放する物質がある……?」

 タイペイはスクロールをしながら、情報を読み漁る。

「とても砕けやすく、粉となった隕石は皮膚に注入され、リミッターがかけられた人間の真の力を解放する……」

 信ぴょう性の高い新聞会社の記事である。しかもソースもしっかりしている。タチの悪い冗談としか思えないにしても、しかし事実なのだろう。そこでタイペイは知るのだ。

「超能力と言えば創麗、か……」

 東アジアに浮かぶ島国、日本。没落の一途を辿るこの国にも、成長を続ける企業があった。

 時価総額世界一位。人間離れした超人を傭兵として扱い、世界中に民主主義を届ける代わりに利権を貰っていくの企業。

 名前は「創麗グループ」。僻地にポツリと置かれたタイペイとルーシの隠れ家にすら、その名前は轟いているのだ。

 ──脅威以外の何者でもない企業として。

「解体される? ルーシが? なんでこんな目に……」

 タイペイは彼女らしくもなく焦る。狭い隠れ家を歩き回り、ひたすら地面を見つめる。

 もしもタイペイの予測が正しければ、ルーシは間違いなく消される。創麗によって、歴史から消滅させられるのだ。

「うるせェぞタイペイ。寝れないじゃないか」

「寝てる場合だと思うの?」

「思わねェよ。ただ……寝る以外の方法を知らないのさ。オレも、オマエも」

 ルーシは自暴自棄である。タイペイの考えている事くらい、ルーシにもわかる。どのような手段を使われるかはわからないが、それでも二人はこの世からいなくなる。それは、ほぼほぼ確定事項なのだ。

「創麗の傘下に入るか、創麗と延々に戦い続けるか。どっちがマシだろうな」

 どちらにせよ、ルーシの手に入れた『秘めたる力』がよほどの力でもない限り、創麗によって身体をバラバラにされるか、惨めな殺され方をされ分割されるかの二択である。そしてルーシには自分の力がわからない。当然、タイペイにもわからない。

「……不運だね。ワタシ達」

「あァ、クソ程に運がねェ。しがない悪党ってのも、楽じゃないな」

 ルーシは葉巻に火をつける。一本五〇ドルの贅沢は、少しだけルーシの不幸を拭おうとしているようだ。

「なんでこうなるんだろうな……」ルーシは弱々しく呟く。

「時間が止まれば楽なのに」タイペイもまた呼応するように呟く。

 しかし時間は動き続ける。それがこの世のルールなら、仕方のない事なのだ。


 *


「ルーシ、起きて。ヤバいのが来てるみたい」

 先に目覚めたのはタイペイだった。崖の上にポツリと置かれたこの隠れ家に、不穏な音が大量に響いた。

「……オレの寝起きが悪い事ぐらい、オマエもわかってんだろ? 後五分待ってくれ。そしたら確実に起きる。約束する」

 呑気な人間である。諦めているのかもしれないが。今にも、軍靴の音がこの家に聞こえてくる。

 タイペイは仕方なしに、拳銃で弾を天井へ発泡した。

「うおッ! 完全に目が覚めたぜ!」

「ほら、アサルトライフルを持って」

 ルーシの手元にアサルトライフルが投げ渡される。安全装置を解除し、ルーシは窓を銃弾によって割った。

「もう創麗の軍隊が来たのか。ヤベェな」

 まるでわかりきっていたかのような反応である。もっとも、怪訝に思っても仕方がない。

 そしてルーシの銃弾は着弾する。悲鳴が聞こえた。

「もはや対談するつもりはないようだ! 撃てェ!」

 その声に呼応するかのように、軍服をきた軍隊は発泡を開始した。

「弾が尽きるのが先か、戦闘不能になるのが先か。どっちに傾こうと、オレ達の明るい未来は待ってなさそうだな」

「中には能力者もいるみたいだし、コレは魂の解放だね」

 諦観すれば、大半の事は恐怖には感じない。一〇代後半の少年と、一〇代前半の少女は、ひたすら発泡する事とした。

 撃ち、撃ち続け、撃ちまくる。マガジンを交換し、すぐさま攻撃に入る。この間、ルーシとタイペイは無言である。表情を引き締め、目の前に迫る敵性を一人でも多く道連れにしようとしているのだ。

「……弾が切れたな」

「ワタシも」

「了解……まずオレから突撃するぜ」

 終わりである。ルーシはニヤリと笑い、死など恐れずに突撃する。

「オレの終焉劇だ! よォく見ろよてめェらッ!」

 ルーシは死を決めた。自分の死に場所くらいは選ばせて欲しかったが、そもそもルーシには生に対する執着心が薄い。死ねば新しい世界に行けるという考えの元、少年は数多の銃弾を身体に浴びた。

 そんな中、

「あァ……?」

 撃たれたのは間違いない。思いのほか、感覚はないようだ。痛みは走らないし、なにかが吹き飛んだ訳でもない。あまりにも多大な鉛玉を受け、一瞬であの世に行った訳でもなさそうだ。

「……ッ!」

 ルーシとタイペイに対峙した小隊指揮官は、脂汗をポタリと垂らした。

「やはり、あの物質は……ッ!」

「……?」疑念を覚える。

 ルーシは死ななかった。しかも指一つも動かす事なく、一個小隊の大半を吹き飛ばしたのだ。これは決してルーシの誇大妄想ではない。今ここで、決定的に起きた事なのだ。

「……タイペイ、今オレはどうなっている?」

 後ろから声が聞こえた。愛しき妹のような存在は、唾を一回飲み込み、言った。

「……鷲の翼みたいのが生えてるよ。ルーシ」

 神々しいオーラと、魔術的な美に満ち溢れたロシア連邦の国章は『鷲』である。ルーシは『鷲』をとても気に入っていた。まさか自分の背中に『鷲』の翼が生えるとは、さしものルーシでも考えた事はなかった。

「くそォッ!」

 部隊は家族。そんな教えを愚直に受け取った彼は、自分の両手に風を集めた。同胞の仇を獲る為に、彼はルーシに向けて風をぶつける。

「よくわからねェが、とりあえず言えそうな事もある」

「それは……」ルーシはこの状況を理解し、口角を上げ言う。


「オマエらの墓標はココで決定だ」


 刹那、爆音とともに風はかき消され、小隊は壊滅した。

「さて……戦後処理しないとな」

 一度は死ぬ事を覚悟した戦いである。しかしルーシは生き残った。タイペイとともに。二人は無邪気な笑顔を浮かべながら、抱擁し合った。

「ははッ……まさか五体満足で抱き合えるとは思ってもなかったよ」

「全くだ」

 ルーシはタイペイから離れ、息の残った残存の腹部をナイフで刺す。

 悲鳴が聞こえた。気にする事もなく、ルーシは喋り始める。

「なァ、てめェらの狙いはオレだろ? 隕石を拾っちまって皮膚に入れちまったオレを、消してバラバラにする事で研究材料にしようとしてたみたいだな」

 息も絶え絶えな彼は、しかし生命が尽きるその時までルーシを睨み続ける事に決めた。

「だがオレが覚醒してしまった事で、その方法は取れねェ。じゃないのか? だったら話は早い」

 ここまで来てしまったら、創麗が使える手段はそう多くはない。ルーシはそれを見透かすように、提案をする。

「オレとコイツ、タイペイを創麗傘下の学園に入れろ。そしてオレ達の安全保障をしろ。その代わり、オレが悪趣味な実験に付き合ってやる。互いにメリットがある提案だと思うぜ?」

 この提案は、ルーシの言う通り互いに利益がある。

 ルーシ達は創麗の配下に入る事で、今までの犯罪履歴をなかった事にできる。

 創麗はルーシの力を合法的に研究する事で、更なる軍事力上昇を期待できる。

 ビジネスとして、ルーシ及びタイペイと創麗による取引は成立する余地があるのだ。

「どうだ? 乗るか? 乗らねェなら仕方ない。いつか創麗から呼び声がかかるまで、創麗傭兵をぶっ殺して回ればいいんだからよ」

「……上官へ連絡をしてみる」

 腹部を突き刺された彼ではない彼が、無線機によって連絡を開始した。

「そりゃ結構。仲良くやろうぜ」

 僅かな隙を練って、ルーシは世界一の大企業相手に取引を持ちかけた。もし力が発生してなかったら、このような事態にはならなかった。しかしこうなれば、ルーシの戦術的勝利は決定したようなモノなのだ。

「タイペイ、オレ達の犯罪はなかった事にされるぞ。イェーイッ!」

「コレは朝まで飲むしかないね!」

 ルーシとタイペイは勝手に盛り上がる。契約が決定した訳でもないのに。

 しかしルーシは彼の言葉をしっかり聞いていた。その言葉が合っているのならば、ルーシとタイペイは一ヶ月後に日本にて高校生をする事になるのだ。

 不運は結果として二人の世界を変えたのだった。

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