19-19-EX

 何度キスをしたのか、数えるのは途中でやめた。

 軽く触れ合うようなキスから、深く絡め合うキスまで。

 どうするのが正解かはわからないまま、本能の後押しに身を任せて求め合った。

 ときおり息継ぎをするように唇を離し、互いの赤らんだ顔を至近距離で見て、笑う。

 キスを求めるあまり、灯々希をソファに押し倒すかたちになっていた。

 灯々希はソファのひじ掛け部分に頭を預け、力を抜くように腕を広げている。

「さ、触っても……」

「訊かないで、いちいち……」

 逆に恥ずかしくなると言いたげな灯々希に頷き、セーターを押し上げている輪郭に手を乗せる。

 大きすぎる、というほどではないが、確かな存在感を持った膨らみがそこにはあった。

 少し硬めの感触は、下着のものだろう。

 それでも伝わってくる柔らかさに、唾を飲む。

 加減がわからないので、探るようにゆっくりと撫で回してみた。

 灯々希はそんな俺の様子を見て、可愛らしい小動物でも眺めるように微笑む。

 照れ隠しにまた顔を寄せ、灯々希の唇を啄む。

 唇を包むように甘噛みし、体重をかける。

 誤魔化しようがないくらい自己主張している下半身を押し付けることになるが、構わない。

 そういうのもひっくるめて、灯々希に欲望を押し付けてしまう。

 微かに漏れた吐息を吸い込むように舌を舐め、唇を頬にずらす。

「――――ぁ」

 首筋に顔を埋めて舌でなぞった瞬間、ひと際甘い声が耳元で漏れた。

 気が付けば灯々希の腕が俺の頭を包み込んでいる。

「んっ、くび……くすぐったい」

「イヤか?」

「そうじゃ、ないけど……なんだか意外」

 俺の頭を掻き抱くようにしたまま、灯々希は微かに身じろぐ。

「男の人って、もっとこう……我慢、できないのかと思ったから」

「我慢してるつもり、ないけど」

「そうなの? でも、全然その……ぁ、っ」

 したいようにしているつもりだと示すように、灯々希の首筋に舌を這わせる。

 同時に胸の柔らかさを揉みしだいて堪能する。

 痛がっているような様子はなく、どこかもどかしそうな反応だった。

 首筋から鎖骨を辿るように舐め、そこから顎を伝ってまた唇に戻る。

 まるでそれを待っていたように、灯々希の舌が潜り込んできた。

 潤んだ瞳に、心臓を鷲掴みにされる。

 ほんの少し意識を逸らしただけで、灯々希の表情はわかりやすいくらい熱に浮かされていた。

 キスだけではなく、胸を触られたことでなにかが変わったのかもしれない。

 知り合いではなく、恋人として進むその扉を開いたように。

「桜葉、くん……」

 唇が離れても、灯々希の味がまだ残っている。

 ざらりとした舌の感触も、そこから漏れた吐息の熱でさえ、はっきりとしていた。

 セーターの下から手を潜り込ませ、滑らかな肌に直接触れる。

 脇腹をなぞるようにして、少しずつ上へ。

 またくすぐったそうに灯々希が身を捩ったが、構わず腕を進めた。

 下着の感触に、一瞬だけ手を止める。

 熱を宿した灯々希の双眸が、その先を待っていた。

 もう一度キスをして、唇を塞いだまま心臓を撫でるように、下着の中に手を滑り込ませた。

「――っ、あっ」

 信じられないくらいに柔らかな感触と、微かな突起。

 それがなんであるかは、俺にだってわかる。

 たぶん、灯々希は我慢しようとしていたのだと思う。

 声を上げたら、また俺が躊躇ってしまうとか、そんなことを考えていそうな気がした。

 だが声は漏れてしまい、抑えようとしたことがわかるからこそ、興奮する。

 もっと声を聞きたいと、漏らさせてしまいたいという欲求が湧いていた。

 だからそのまま小さな突起を指で摘み、軽く刺激を与える。

「――――っ!」

 反応としては、ほんの一瞬だった。

 それでも灯々希が声を抑えた分、身体が微かに跳ねた。

 密着していなければ、もしかしたら見逃していたかもしれないくらい、僅かな反応だった。

 唇を離し、灯々希の表情を観察する。

 熱はますます強くなる一方で、半開きになった唇が、なんだか艶めかしい。

 かつてないほどの興奮を覚えているのに、自分でも不思議なくらいに落ち着いている。

 もっとじっくり、灯々希の反応が見たいなんて、考えてしまう。

 とは言え、俺だって直接見たいという気持ちもある。

「……待って」

 だからせめてセーターは脱がせようと思って手をかけたところで、灯々希からストップがかかった。

 セーターをまくり上げようとしたまま、俺は固まる。

「……本格的にするなら、あっち、行こ?」

 胸元に手を当てた灯々希はそう言って、寝室のほうに顔を向ける。

「ここじゃ、さ……」

「……だな」

 本格的な行為になった場合、どんな感じになるかはわからないが、ソファの上で続けるのは、いろいろと得策ではない。

 事後の処理なども考えたら、ベッドに移動するべきだ。

 はやる気持ちを一度落ち着かせるためにも、それがいい。

 灯々希の手を取って身を起こし、立ち上がる。

 下半身に痛いほどの窮屈さを覚えるが、そこは我慢した。

 立ち上がった灯々希は、口元や首筋を気にしているようだった。

 軽く触れるその動作が、劣情を刺激する。

 だがグッと堪え、灯々希の後ろについて寝室へと向かう。

 その後ろ姿――背中から腰へと続くシルエットが、妙に色っぽく見える。

 あまり意識していなかったが、長めのスカートから伸びた両脚は、黒いタイツに包まれていた。

 その事実がどうしてか、手を伸ばしたい衝動に繋がる。

 今すぐ抱きしめたくなるそれを抑えるのに、かなりの理性が必要だった。

 リビングから寝室に続くドアを開け、灯々希がベッドに腰かける。

「電気は……」

「……このままじゃ、ダメ?」

「……いや、いいけど」

 明かりをつけるのは、どうやら恥ずかしいようだ。

 よく考えてみれば、俺も恥ずかしさはまだあるので、お互いにとってそのほうがいいだろう。

 リビングから届く、キャンドルの優しい灯りがあれば十分だ。

 灯々希の隣に腰かけ、手を重ねた。

 灯々希は小さく頷き、自らセーターの裾に手をかける。

 そんな必要もないのに、俺はそれを手伝うようにして、セーターを脱がせた。

 軽く髪を払うような動作に、一瞬見惚れてしまう。

 そしてすぐ、恥ずかしそうな表情の下にある光景に目を奪われた。

 黒い下着だけになった、灯々希の上半身。

 オレンジ色の灯りが、神秘的な雰囲気を漂わせていた。

 デザインのことはわからないが、落ち着いていて大人びた感じのする黒い下着だ。

 ……しかし、黒、か。

「……ま、待った」

 背中に腕を回し、下着を取ろうとする灯々希に今度は俺が待ったをかけた。

「……つけたままじゃ、困らない?」

 不思議そうに小首を傾げる動作も、可愛い。

 が、それはそれとして、俺は咳払いをした。

「ど、どうせなら……俺が、その……」

「…………そういう趣味?」

「あ、あえて言うなら……ロマン、かな」

「……バカ」

 呆れたように苦笑した灯々希は、腕を下げてこちらに背中を向けてくれた。

 肩越しに俺を見て、優しげに目を細める。

 任せてくれる、ということだろう。

 俺はまた唾を飲んで、灯々希の背中に手を伸ばした。

 なんとなくこうだろう、と考えてブラのホックを外し、両肩を撫でるようにして肩ひもをずらす。

 その滑らかな肌触りに新たな興奮を覚えつつ、灯々希の上半身を裸にした。

 ほんの少し残っている下着の跡。

 つい抱きしめたくなるその白い背中が、ゆっくりと向こう側に消えていく。

「…………手が、ちょっと」

「…………もぅ」

 乳房を隠すように腕を組んでいた灯々希は、俺の言葉に小さく鼻を鳴らし、それでもちゃんと両腕を下げてくれた。

 露わになる両の乳房は、控えめに言って芸術的だった。

 どれくらいのサイズかはわからないが、思っていたよりも大きい。

 もしかしたら灯々希は、着やせするタイプというやつなのかもしれない。

「み、見すぎじゃない……?」

「いや、最高で」

「……もう少し言い方、考えて」

 なにやら不満げだが、他にどう言えばいいというのか。

 形も大きさも文句などつけようがなく、先ほどの感触も手に残っている。

 なにより、つんと主張している二つの突起が可愛らしくも、いやらしかった。

「これで満足……なわけ、ないよね」

 顔を背け、灯々希はやや細めた視線を向けてくる。

 いつまでだって眺めていられそうだが、もちろん満足なんてできるわけがない。

 腰かけていたベッドに乗り上げ、灯々希に迫る。

 軽くキスをしながら、細い肩を押してベッドに横たわらせた。

 半裸の灯々希に覆いかぶさっている状態は、何とも言えない背徳感がある。

 仰向けのまま、両腕を投げ出すようにしている灯々希に、またキスをしてから胸に手を当てた。

 重力の影響を受けた乳房は、ほんの少し、先ほどと形が違っている。

 だからなのか、手のひらに収まらないその感触は、さらに柔らかさを増しているようだった。

 加減をしつつ揉みしだきながら、灯々希の反応を確かめる。

 やはり硬くなった先端に触れたときが、一番わかりやすい。

 ただじっくりと揉んでいるだけでも、衣擦れの音が断続的に鳴っていた。

 もどかしそうに動いているのは、灯々希の腰や両脚だった。

 それがなにを意味するのかは、なんとなくだがわかる。

 すぐにでもそちらへ手を伸ばしたくなるが、まだ堪える。

 先にもっと、胸を堪能したかった。

 首筋を甘噛みしながら、少しだけ身体ごと下にズレる。

「――ぁっ、ちょっ」

 驚くような可愛い声が頭上から漏れたが、構わずに舌を伸ばした。

 ビクリと灯々希の身体が跳ねるのも構わず、乳房の先端を舐める。

 灯々希はくすぐったそうに身を捩り、声を抑えるように手を口元に当てていた。

 嫌がってはいないと判断して、乳房を口に含む。

 甘噛みを繰り返し、舌で先端を転がすようにしながら、その柔らかさを味わう。

 微かに汗ばんだ柔肌は、その匂いも含めて甘く感じられた。

 だから夢中になってしまうのも、仕方がない。

 それに、なにかをするたびに直接伝わってくるリアクションが、一層興奮を掻きたてた。

「――んっ、ぁ!」

 乳首を歯で軽く挟んだ瞬間、甘い声が漏れた。

「痛かったか?」

 乳房に頬を当てたまま、顔色を窺うように見上げる。

「……ううん。でも、変な感じ」

 灯々希は発熱でもしていると思えるほど真っ赤な顔で、小さく首を振る。

 胸に集中している間に、どう変化していたのかは見逃してしまったが、明らかに様子が違っていた。

 ベッドに横たわる前よりも息が荒く、目元が熱を帯びて柔らかくなっている。

 自分の行為がただの自己満足で終わっていないという実感を得られた。

「まだ、続けるの?」

「もっと堪能したい」

「……正直すぎて、ちょっと引く」

「……許してくれ」

「……だったら私、シャワー、浴びたいかも」

「今から、か?」

「……だって、今日は出かけてたし……汗、気になる」

「いい匂いしかしないぞ」

「そ、そういう問題じゃない……」

 灯々希の言い分もわかるが、今からシャワーを浴びるのを待てるかと言われたら、否だ。

「って、ちょっと! なにしてっ……ぁっ!」

「このままで、いい」

 ここは強引に行こうと決め、灯々希の乳房に顔を埋める。

 頬を挟まれるような感触に包まれながら、思い切り鼻を鳴らして匂いを堪能する。

「だ、だから汗っ……やっ、嗅ぐのはちょっと、ね、ねぇ」

「興奮するし……あと、落ち着く」

「な、なにそれぇ……私は全然、落ち着かないんだけど」

「いや、本当に……俺、幸せを感じてる……今、もの凄く」

「……ず、ズルい、それ」

 恥ずかしがって俺の頭を押し返そうとしていた灯々希は、諦めたように手を離した。

 ただの思い付きで顔を埋めたのだが、これが思いのほか、満ち足りた気持ちになれる。

 乳房の柔らかさと、灯々希の匂い。

 肌触りの良さもあるのだと思う。

 だがそれだけではないなにか、ここにしかない安らぎがあった。

「……ずっとこうしていられそうだ」

「それは、困る……でも、もぅ」

 呆れたような吐息を漏らした灯々希の手が、また俺の頭に触れてくる。

 今度はそっと、包み込むように。

 誰かに頭を撫でられるなんて、いつぶりだろうか。

 背中を走るむず痒さに、鼓動が強くなる。

「……まさか、桜葉君が甘え上手だとは、思わなかった」

「……そんなつもりじゃ、ないんだけどな」

 だがそう思われても仕方がない、か……。

 乳房に顔を埋めて頭を撫でられるのが、こんなにも心地良く感じてしまうのだから。

 もう満ち足りすぎて、いっそこのまま眠ってしまいたいとすら思う。

「でも、大丈夫だ」

「大丈夫って?」

「甘えて終わるつもり、ないから」

 宣言するように言って、灯々希の乳首に再びむしゃぶりつく。

 先ほどのように優しいだけではなく、欲望を満たすように強く吸い上げた。

 灯々希の声が、一段高くなったように思う。

 それに高揚しつつ、無防備なもう片方の乳房を揉みしだいた。

 二つあるのに片方だけじゃ、勿体ない。

 そっちはあえて乳首を攻めず、乳房の柔らかさを存分に楽しむ。

 身じろぐ灯々希の反応は、ますます強くなっていた。

 片手で俺の頭に触れたまま、もう片方の手で声を我慢する。

 ちらりと上目遣いで確認してみたら、灯々希は自分の指を軽く噛んでいた。

 円を描くように乳房を揉みしだくが、意図せず指が乳首に触れたりもしてしまう。

 逆にそれがいいのか、灯々希の反応はすこぶるいい。

 もぞもぞと動く下半身が、なによりもわかりやすい証明だった。

 乱れ始めたスカートと、緩むように開いていく両脚。

 その間に片足を入れ、もう閉じたりできないようにする。

 ただ、太ももの付け根に膝が当たったりしないよう、細心の注意を払った。

「――んっ……」

 一瞬、灯々希と目が合う。

 切なさを秘めた、なにかを訴えるような視線。

 俺だって、気持ちは同じだ。

 一秒でも早く、灯々希と直接繋がりたいと思っている。

 下半身の窮屈さはもはや限界に近く、先走って濡れた感覚もあった。

 なのにまだ、我慢したいと考えてしまう。

 まだ知らない灯々希の反応や声があるのではないかと、そう思えて。

 好物を最後まで取っておくとか、そういうことを考えたことはなかったのだが。

 どうしてこんなにも我慢し、灯々希を感じさせたいと思ってしまうのか、自分でも理解できなかった。

 それからも灯々希の顔をときおり窺いつつ、上半身を重点的に攻め続けた。

 乳房の間から唇まで舌を這わせ、改めてキスをしたり。

 首筋から肩にかけて、甘く噛んでみたり。

 乳房とあばらの境界を執拗に舐めたりもした。

 中でも一番灯々希が恥ずかしがったのは、ヘソに舌を伸ばしたときだった。

 正直俺も、かなり興奮した。

 下腹部近くに顔を寄せ、ヘソを中心に舐めまわす。

 その時に感じた、下半身から立ち上ってくるような熱気。

 スカートに包まれたそこがどうなっているのかは、確かめるまでわからない。

 だがなにかがあるからこそ、灯々希も殊更恥じらったのではないだろうか。

 それを想像するだけで、果ててしまいそうなくらい興奮してしまう。

「……ね、ねぇ、もしかしてだけど……焦らして、る?」

 呼吸を落ち着かせるために上体を少し起こした俺に、灯々希はそう訊いてきた。

 四つん這いになって覆いかぶさっている俺を、潤んだ瞳で見つめてくる。

 悶えて乱れたスカートは、もう太ももあたりまで捲れ上がっていた。

 タイツに包まれた両脚は、喉を鳴らしてしまうほどに艶やかだ。

「……は、半分くらいは」

「……残りの半分は、なに?」

「お、おっぱいが、好き……みたいで」

 悪戯が見つかった子供のような心境で、素直に白状する。

 焦らしたい気持ちもあったが、主軸となる感情はそっちだったと思う。

「……私、そこまで大きくないと思うけど」

 大きさで言えば、と誰かの名前を口にしようとして、灯々希は黙り込む。

「十分大きいと、思うけどな……俺は、好きだし」

「…………ヤダなぁ。今のが嬉しいとか思う自分」

 複雑そうな表情を浮かべたあと、灯々希は苦笑する。

 俺にはわからない、女性として思うところがあるのだろうか。

「……気持ちはわかった。嬉しいし、私もイヤじゃ、ないんだけど……」

 何度か視線を彷徨わせた灯々希は、最後に横目で訴えかけてくる。

「……そろそろ我慢するの、辛い」

 ありったけの羞恥を詰め込んだような声と表情に、俺も限界だと悟った。

「悪い、自分勝手すぎた」

「いいけどね、それも……ただ、私も、さ……こんなの初めてで、変に、なりそうだから……こっち」

 こんなの、がなにを差すのかはわからないが、殺し文句としては究極だった。

 なにより、最後の言葉にあわせてスカートを掴み、自ら少したくし上げて見せたのだ。

 ここでまだ早い、などと言える男は、きっといない。

「……灯々希」

「……んっ」

 もう一度だけキスをして、そのまま灯々希の下半身に手を伸ばす。

 タイツに包まれた太ももに手を添え、撫でるようにして上へと滑らせる。

「……スカート、脱がせたほうがいいか?」

「……しわになるから、できれば」

「……ど、どうすれば」

 スカートの構造なんて、ちゃんと把握していない。

 ブラのホックはなんとなくわかったのだが……。

「ちょっと、待って……」

 気が抜けるように笑った灯々希は、僅かに腰を浮かせてスカートを脱いだ。

 そのまま邪魔にならないよう、ベッドの下に落とす。

 結局はしわになるのではないかと思ったが、穿いたままでは汚れる可能性もあるので無駄ではないはずだ。

 なにより、目の前の光景に比べたら、些細なことすぎる。

「これも自分でしたほうがいい?」

「いや、これなら俺でも……」

「……破りたいとか、考えてる?」

「いや。ただ、脱がせてみたい」

 教材などにある、タイツを破いてしまうという行為に興味がないこともないが、それはあくまで興味の話だ。

 そんなことで灯々希の機嫌を損ねたくはない。

 そもそも、言われるまでそうしようとすら思わなかった。

 ただ純粋に、この手で脱がせたいという欲望があっただけだ。

「……じゃあ、どうぞ」

 恥ずかしそうな呟きに頷き、左右からタイツに指をかけ、慎重に脱がせる。

 ブラと同じ色の下着に息を呑みつつ、腫物を扱うように少しずつ下げていった。

 手の中で丸まっていくタイツが、なぜか卑猥に見える。

「……あの、もう少し勢いよくしてもらって、いい?」

「え? なんか、マズいのか?」

「……慎重すぎてその、変なことされてるみたいで、落ち着かない」

 灯々希の恥ずかしがり方は、先ほどまでのそれと少し違っていた。

 どうやら慎重に脱がせすぎて、変態じみた行為に思えてしまったようだ。

 確かに言われてみると、特殊な性癖を連想させる。

 というか、他人のタイツを脱がせるという行為そのものが変態的だ。

 灯々希もそう思って、恥ずかしさが込み上げてきたのだろう。

 だが今更やめられないので、そのまま一気にタイツをずりおろした。

「――――っ」

 もはや下着一枚になった灯々希は、それを隠すように足を閉じ、顔に腕をかざした。

 灯々希の温もりと匂いが残っているタイツは名残惜しいが、断腸の思いでスカートの上に落とす。

「……じゃあ、最後に」

「…………わ、わかってる。一気に、とっちゃって」

 タイツと同じ要領で、最後の一枚に手をかける。

 ゆっくりと下ろし始めた瞬間、灯々希の身体が強張った。

 いよいよなのだと、俺も生唾を飲む。

 タイツのときよりも明確な背徳感を覚えながら、灯々希を裸にしていく。

 両脚から抜けた黒い下着には、余熱がある。

 それだけではなく、誤魔化しようがないくらいに濡れた形跡もあった。

 汗などでは、絶対にない。

「それ観察するの、やめて……本当に、お願いだから」

「あ、あぁ……悪い、その、つい」

「ついで許せる範疇、超えてるから……いいから早くそれ、見えないところに置いて」

 下着がどんな状態になっているかなんて、俺以上にわかっているのだろう。

 赤面では済まないくらいの羞恥に悶える灯々希は、目元を完全に腕で隠している。

 代償として無防備に曝け出された乳房と相まって、新境地とも言える興奮を覚えた。

 タイツと同じようにベッドの脇に下着を落とし、灯々希の閉じた両膝に手をかける。

「……えっと、舐めたり触ったりとかは」

「――ダメ!」

 思いのほか強い拒絶に、一瞬面食らう。

「……あ、その……必要ないっていうか、あのね……いきなりは私、耐えられそうにない」

 弁解する灯々希の声は、羞恥に震えていた。

「すまん。デリカシー、なさすぎたか」

「少しは、まぁ……でも、どっちかっていうと私の問題っていうか……せめてシャワー浴びてないと、いきなりは恥ずかしすぎるっていうか……そっちがチャレンジャーすぎるっていうか……」

「……そ、そうだよな」

 首筋や胸元の匂いを嗅ぐのとはわけが違う。

 シャワーも浴びていないのにいきなりでは、拒むのが当たり前だ。

 なんの相談もなしにいきなり行為に及んでしまえば、もしかしたら灯々希も諦めて受け入れてくれたかもしれないが……。

 逆の立場なら、俺だって拒む……というより、遠慮してしまう。

 期待に胸や股間が膨らもうとも、申し訳ない気持ちを拭えない。

 そもそも、初めてでなにもかもを試す必要もないのだ。

 そういうのは追々、経験していけばいい。

「じゃあ、次の機会にってことで……」

「…………するの、確定なんだ」

「え?」

 ぼそりとなにかを呟いたが、上手く聞き取れなかった。

「……ううん、なんでもない」

「そ、そうか」

 なんでもないと言うのなら、それで良しとしておこう。

 それよりも今は……。

「……脱ぐの、私だけ?」

 思わず喉を鳴らした俺は、その言葉にハッとした。

 灯々希が言う通り、服を着たままではいろいろと不便だし、フェアじゃない。

「……これは、確かに照れるな」

 目元を隠した腕を少しだけずらし、灯々希は俺の着替えを見ていた。

 少し前に灯々希がいる部屋で着替えたときはそうでもなかったのに、こういう状況だと照れくさい。

 まず上半身裸になり、ついで下も脱ぐ。

「…………ぁ」

 靴下も脱ぎ、あとはパンツだけという状況になってあることに思い至った。

 いろんなことに熱中しすぎて、ある重要なことを失念していた。

「……どうしたの?」

「いや、忘れてた……その、用意とか、してない。さすがにナシってのは、マズいだろ?」

「……あぁ、アレのこと?」

「たぶん、それ。悪い、こうなるとか、想像してなかったから」

 どうしたものか、とパンツにかけていた手を顎に当てて思案する。

 問題になっているのは、避妊具のことだ。

 恋人になったあとなら用意しておくとか考える余裕もあっただろうけど、いきなりな展開だったので当然持っていない。

 付き合う前から財布や鞄に忍ばせておくなんて考えは、今まで一度も浮かんだことがない。

 一度服を着て買いに行くしかない、か。

 ここで避妊具を使わずに勢い任せで、とは言えない。

 そこまで欲望に身を任せられるほど、子供でもなかった。

「ちょっと待っててくれ。コンビニで買ってくるから。なんならその間にシャワーでも――」

 浴びて待っていてくれ、と言ってベッドから降りようとする俺の手を、灯々希が掴んだ。

「えっと、灯々希?」

 思いきりそっぽを向いたまま、灯々希は顔を隠した手である場所を指差す。

 その先にあるのは、ナイトテーブルだ。

「……引き出し、見て」

「…………あるの?」

 予想外の言葉に、素で訊き返してしまった。

 こくりと頷き、灯々希は手を離す。

 自由になった手を伸ばし、ナイトテーブルの引き出しを開けてみた。

 本当に、避妊具がそこにはあった。

 未開封のようだが……。

「…………さすがに、ね。買うだけは、買っておいたの」

 真っ直ぐにこっちを見られないのは、恥ずかしさによるものか。

 どうやら灯々希は、俺よりも用意が良かったらしい。

「へ、変だと思う?」

「い、いや、どうだろう」

「……でもね、最低限用意しておかないと、さ……その、いくら桜葉君が相手でも、こう、部屋に招待とか、できないっていうか、さ……」

「あ、あぁ、だ、だよな」

「…………うん」

 つまり灯々希も、そうなる可能性を意識はしてくれていた、ということだろう。

 いつ頃からかはわからないが、俺とこうなる可能性を……。

 看病したときもあったのだろうか、と気になる要素はあるが、今はその用意の良さに感謝しておこう。

「じゃあ、これで」

「うん、あり、がとう」

「いや、当然だし」

「……うん」

 俺も灯々希も、こうなることは望んでいる。

 が、いきなり無責任にしてしまうわけにもいかない。

 ずいぶんと遠回りをしてきた俺たちだが、だからこそちゃんとするべきところは、しておきたい。

 つけ方の予習なんてしていなかったが、ちゃんと箱に説明が書いてあったのでなんとか装着はできた。

 我ながら不思議なものだが、ある意味冷静になったはずなのに、下半身は元気なままだった。

 いよいよだという意識が、装着したゴムの違和感からまた湧いてくる。

「灯々希……」

「んっ……ふふっ」

 軽く啄むようなキスに、灯々希は隠していた顔を見せて笑ってくれた。

 すべてを曝け出すように腕を広げ、閉じていた膝からも力を抜く。

 俺はその膝に手をかけ、一気に押し広げた。

「――――っ」

 正真正銘、灯々希の裸を目の当たりにする。

 息を呑んだのは、たぶん二人ともだ。

 耳まで赤くなった灯々希の揺れる瞳が、俺の顔と下半身に注がれる。

 一つになる瞬間を待っているような、そんな期待と不安の入り混じった目だ。

 今さら準備をする必要はないだろう。

 俺も灯々希も、これ以上ないくらい準備万端なのが一目でわかる。

 じっくりと顔を近づけて観察してみたい気持ちはあるが、グッと堪えた。

 灯々希の腰を両手で掴み、息を止めて自らを押し当てる。

 それだけで灯々希のそこから溢れる熱気が伝わってくるようだった。

 緊張に灯々希の胸が、わかりやすく上下する。

 その動きに導かれるように、ゆっくりと腰を進めた。

「――――――――っ!」

 枕に手を伸ばした灯々希が、ギュッとそれを掴む。

 耐えるように口と目を閉じ、鼻から息を漏らした。

 侵入を拒むような狭さに、思ったほど進めない。

 力任せに押し込むだけの勇気もなく、先端だけを擦るように動いた。

 それに気づいた灯々希が、目を開けて薄っすらと笑って見せる。

「ゴメンね……でも大丈夫だから……グイっと、きちゃって」

「平気か?」

「うん……私も力、抜くようにするから……だから……二人で、がんばろ?」

 辛いのはほとんど灯々希にも関わらず、彼女はそう言って俺を後押ししてくれた。

 だからこそ好きなのだと実感しながら、その優しさと強さに甘えて、力を込める。

 言葉通り力を抜いてくれたのか、先ほどよりも少しだけ深く進めた。

 二人で見つめ合い、笑い合う。

 そして一気に、抵抗を貫いた。

「くっ、んっ!」

 堪らず声を漏らした灯々希は、僅かに顔を曇らせた。

 破瓜の痛み、というものなのだろうか。

 俺には理解することのできないものに、耐えているようだった。

 が、あまり灯々希のことばかりを気にしている余裕はない。

 根本付近まで挿入することはできたが、そこから動くことができない。

 ちょっとでも刺激が加われば、一瞬で果ててしまいそうだった。

 それくらい、初めて感じる灯々希の感触と熱は、強烈だった。

 避妊具越しでさえ、息をすることすら怖くなるくらいの快感に、頬が引きつる。

 お互い、ただ息を荒げていた。

「……なんて言えば、いいんだろ」

「……さぁ、な」

 灯々希の言葉に苦笑して返す。

 びっしりと額に汗を浮かべた灯々希の表情が、穏やかなものになりつつある。

 痛みが引いてきたのか、慣れたのか、我慢しているだけか……。

「まぁ、一応私、初めてで……」

「それは、俺も……」

「……ど、どう、かな?」

「ヤバい。正直、動けないくらい」

「どういう意味、だろ」

「……すぐ、出るかも」

「……それは、いいこと?」

「気持ちは、いい……男としては、複雑だけど」

「……気にする、とこ?」

「……なんとなく」

 灯々希と繋がれているだけで感無量な感じではあるが、男としてはすぐ果ててなるものかという思いがある。

 意思だけで抗えるレベルの快感ではないので、強がるに強がれないのだが……。

「なんか、嬉しいって思っちゃう……相性、いいのかな」

「それはなんともだけど……めちゃくちゃ、好きになる、かも」

 まだ挿入しただけだというのに、そう思えてしまう。

「……私なら、平気だから。動いて、いいよ……あとは、好きにして……任せる」

 そう言って微笑む灯々希に頷き、上体を前に倒した。

「……ぁ、んっ」

 より深く挿入するため、じゃない。

「ここでキスは……んっ、ズル、ぃ」

 灯々希に覆いかぶさったまま、挿入に負けないくらい深くキスをする。

 そして同じくらい激しく、舌を絡め合った。

 唾液の量に比例するように、下半身の熱が増して、ついでに窮屈さも強くなる。

 灯々希の意思によるものか、勝手にそうなるものなのか。

「……はぁ、はぁ……んっ、あっ!」

 このまま動かなくても果ててしまうと、そう自覚していた。

 だからついに耐え切れず、キスの途中で腰を動かし始める。

 灯々希はそれを批難したりはせず、むしろ嬉しそうに微笑み、俺に抱き着くように両腕を回してきた。

 繋がった下半身とは別に、灯々希の乳房と乳首が俺の胸に押し付けられ、擦れる。

 キスをしたいと頭のどこかで思うが、そんな余裕はもうない。

 灯々希の名前を呼びながら、逃れることのできない快感の波に溺れてもがく。

 あと一秒、たった一瞬でもいいから長く、果てずに動き続けたいと。

 灯々希の痛みさえ気にかけてやれず、自分勝手な情欲に溺れてしまう。

 そこから果てる瞬間までの記憶は曖昧だ。

 何分くらいそうしていたのか、もしくは数十秒にも満たなかったのか。

 そこに至るまでの時間よりは、はるかに短い。

 だがその時間は、至福とも言えるほどに気持ち良く、脳が痺れた。

 熱に浮かされた灯々希の表情も、漏れる淫らとしか言いようがない吐息も、うごめくようなうねりも。

「――さくらばっ、くんっ」

 その声に、俺は導かれた。

 仰け反るように声を漏らし、限界まで己を押し込み、その先で果てる。

 視界が歪むほどの快感に、目を閉じた。

 灯々希の声が、閉じた瞼の裏側に響く。

 どれくらい、そうしていたのか。

 脱力することすら忘れ、灯々希の最奥に欲望を押し付けたまま、喘ぐ。

 情けない自分の声に、灯々希の吐息が混じっていた。

 ようやく、それがわかるだけの落ち着きを取り戻せたと言うべきか。

「……ひび、き……おれ」

「……おめでとう、でいいのかな?」

「……ならこっちは、ありがとう、か?」

「なんでも、いいよ……」

「じゃあ、これで……」

 妥当な言葉はわからないからと、漏れる吐息を甘噛みするように、唇を重ねた。

 収まる気配のない下半身の熱は、思考の外に追いやって。

 ただ満ち足りた気持ちを噛み締めるように、灯々希とキスをしたまま、抱き合った。

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ランプの女神の幸福論 米澤じん @yonezawajin

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