14-16
懐かしい夢を見た。
どこか他人事のように、俯瞰した気持ちで。
見覚えのある校舎、教室。
実際にそんな出来事があったかは、覚えていない。
ただ、彼女の姿だけは記憶にある当時のままだった。
三鐘灯々希。
あの学校にある記憶の中で、想い出と呼べるものは限られている。
そしてそのすべての記憶に、彼女がいた。
いや、きっと逆だ。
彼女そのものが、想い出なのだ。
戸惑いながらも、彼女という存在に惹かれていく日々。
高校に入学した頃がある意味、一番前向きだったかもしれない。
施設の中では年長者として、後から入ってきた子供たちの面倒を見ていた。
一定の距離を保ちつつ、怯えを隠すようにして。
不幸を分け合うのではなく、幸せを共有するのでもなく。
ただほんの少しずつ、思いやりのかけらを持ち寄って、生きる糧にしていた。
それでもやはり、学校では他人と関わることを極力避けていた。
友達なんてものは必要ない。
話し合う相手が欲しいとは思わなかったし、笑い合う相手なんて望んではいけなかった。
刷り込まれた呪いの意識は、確かに薄れつつあった。
だがそれは消えるはずもなく、学校という他人しかいない場所では、どうしても意識せざるを得ないものだった。
それでいい、なんて考えたことはない。
そうするしかない。答えはたった一つだった。
どこからか噂は流れていたのだろう。
入学した直後こそ、話しかけてくる生徒もいたが、すぐに途絶えた。
今にして思えば、あれでもきっとクラスメイトは優しかったのだろう。
全力で関わることを拒んでいた俺に対して、彼らは排除しようとはしなかった。
ただ空気のように扱い、触れようとしてこなかったのだから。
もちろん、関わると不幸になるという噂が流れていたのも要因の一つだろうけど。
それで良かった。
誰も傷つかない、唯一の方法だ。
彼女だけが、例外だった。
三鐘灯々希は、誰もが関わることすら忘れてしまった俺を、わざわざ探し出してくれたのだ。
それまでにも何度か接触してくることはあったが、決定的だったのはあの日だろう。
体育祭をサボる幽霊のような俺を見つけた彼女は言った。
「一緒に行こ?」
どうして俺を探していたのかを、あとになってから訊いたことがある。
「本当に参加したくないなら、休むんじゃないかと思って。わざわざ学校に来てサボるのって、だからそういうことかなって」
そう指摘されたとき、不思議なくらいに納得してしまったのだ。
高校に通っていたのは、咲江さんの両親と相談して決めた約束だったから。
せめて高校は卒業する。
その先の進路は、自由に選べばいいと。
だから卒業とはあまり関係のない体育祭なら、休んでも見逃して貰えたと思う。
なのに学校へ行き、体操着に着替え、その上で集団から抜け出した俺は、心のどこかで思っていたのかもしれない。
本当はあの空気を、一緒に味わいたかった、と。
灯々希がそこまで考えていたのかはわからないが、俺にとっては衝撃的だった。
自分ですら見えていなかった自分を、見つけられてしまったのだから。
そこからだ、友人として灯々希と話すようになったのは。
幸せ、だったと思う。
事実、当時の悠里にすら、なんだか楽しそうだと言われたことがあったのだから。
わかりやすいくらいの変化が、俺にはあったはずだ。
でもそれは、ある日を境に反転する。
高校二年の、秋。
咲江さんの両親が、事故で亡くなった。
記憶が一瞬にして、暗闇に囚われる。
夢だと自覚したまま、息苦しさを覚えた。
喉を掻きむしりたくなる衝動に喘ぐ。
視線の先に、影が見えた。
記憶に刻まれた姿は、数週間前の彼女だ。
色を失ったような瞳で、俺を見ている。
彼女らしくない――灯々希にはして欲しくない、いつかの俺のような瞳。
込み上げてくるのは、彼女を助けたいという意志。
前に進もうとするだけで、空気に喉を締め付けられる。
そんなものは、構わない。
たとえ捩じ切られてでも、前に進み、手を伸ばす。
「――――っ」
一瞬の明滅。
手の中に、確かな感触があった。
細い彼女の腕を、間違いなく掴んでいる。
俺は彼女の名を叫ぶようにして、引き寄せた。
声は出たように思ったが、自分では聞こえない。
だが腕の中には、確かな温もりがあった。
彼女という存在を、抱き締めている。
強張る身体に構わず、決して離さないように、強く抱き締める。
ふと、匂いがした。
安らぎを覚える、女性特有としか思えない、胸を締め付ける匂いだった。
その匂いに、吐息が漏れる。
もう大丈夫だと、なぜか思えた。
だから俺はそのまま、安堵に身を委ねるようにして、落ちていった。
悪夢はもう、消えた。
そう思いながら、深い微睡みに。
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