14-17

「………………ん?」

 目が覚めた瞬間、視界に入ってきた光景が理解できず、変な声が漏れた。

 身体が向いているのは天井ではなく、テーブルがある方向だ。

 これはまぁ、別によくあることなので問題はない。

 カーテンを閉め切った部屋には、隙間から光が差し込んでいる。

 眠る前と、ほぼ変わらない光景が、そこにはあるはずだった。

「…………ん」

 微かな吐息が漏れる。

 それは、俺のものではない。

 ベッドの横に座り込み、突っ伏すようにして目を閉じている人物の口から漏れたものだ。

「…………夢、じゃないよな」

 額に手を当ててぼやく。

 どれくらい眠っていたのかはわからないが、寝る前に貼ったはずの冷却シートは、まだ冷たさを保っていた。

 寝ぼけたまま自分で交換したのでなければ、答えは一つしかない。

「朝一で来るって、言ってたもんな」

 ベッドに突っ伏しているのは、もちろん音羽ちゃんだ。

 合鍵を使って入って来たとして、一体いつからいたのだろう。

 枕の横にあるはずのスマホを探そうとして、違和感に気づく。

 額に当てた手とは逆の手に、自分のものではない温もりがある。

 視線でその先を追い、理解する。

 眠っている音羽ちゃんの手が、重ねるように添えてあった。

 下手に動かせば起こしてしまいそうで躊躇する。

 空いているほうの手でスマホを探り当て、時間を確認した。

「もう昼か……」

 ということは、半日近く眠っていたらしい。

 夜中に目が覚めたかは、正直定かではない。

 ただ、夢を見ていたということは覚えている。

 懐かしさと共に蘇るのは、不安だ。

 でも最後は、穏やかな気持ちになれた。

 やけにリアルな、優しい匂いに包まれた気がして……。

「ん……ぁ、おはよう、ございます」

「あ、あぁ、おはよう。起こしちゃったか」

「いえ、可愛らしい寝顔だったので、ついつられただけですから」

「……やめてくれる?」

 病人の寝顔を見た感想としては、極めて不適切だ。

「……こんな時間まで眠っているなんて、夜、眠れなかったのですか?」

「いや、普通に半日くらい寝てた。だからちょっと、頭痛い」

「熱はかなり下がったようですが、一応測っておきましょうか」

 何事もなかったように手を離した音羽ちゃんは、鞄の中から体温計を取り出す。

「わざわざ持ってきてくれたのか」

「えぇ。使い方は、わかりますか?」

「さすがにわかるよ」

 軽い頭痛に耐えて起き上がり、体温計を受け取る。

 身体が熱いという感覚はほぼないし、気怠さもない。

 おそらくは寝過ぎによる頭痛だと思うが、一応確かめておいて損はないだろう。

「いつ頃来たの?」

「八時くらい、ですね」

「そっか。悪いね、気づかなくて」

「気づかれないようにしていたので、それで正解です」

 少しだけ悪戯めいた笑みを浮かべ、音羽ちゃんは立ち上がる。

「食事はどうしますか? おかゆ以外が行けそうなら、そうしますけど」

「あぁ、たぶん大丈夫だと思う。でも冷蔵庫の中、使えそうなものあったっけ?」

「昨日確認しておいたので、ちゃんと買ってきました」

「……用意がいいね。とりあえずレシート、見せてくれる? ちゃんと払うから」

「別に構いません、と言いたいところですが、素直に渡したほうが桜葉さん的には楽ですよね」

「そうしてくれると助かる」

 きっちりできるところは、きっちりさせておきたい。

 それをわかってくれる女子高生で、本当に助かる。

「朝食……にしては遅いですね。お昼を食べたら、もう一度身体、拭きましょうか。念には念を入れて」

「……そ、そうだね」

 またあの時間が訪れるのかと思うと別の意味で頭が痛くなるが、自分でもかなり汗を掻いたのがわかるので、背に腹は代えられない。

 薬のせいもあるだろうし、夢を見たせいもあるのだろう。

 不快感を覚える程度には、汗を掻いた。

 汗臭くないだろうかと気になるが、自分ではちょっとわからない。

 かといって音羽ちゃんに『俺くさい?』と訊けるほど豪快にはなれなかった。

「……よく、眠れましたか?」

「ん? あぁ、それなりに」

「なにか夢でも?」

「あー、そうだね。懐かしい夢とか、見たかな」

「……そうですか」

 背中を向けている音羽ちゃんの表情は見えないが、声に違和感を覚えた。

 なにか、奥に引っかかっているとでも言うか……。

「もしかして俺、なんか寝言とか言ってた?」

「さて、どうでしょう」

 振り返ってそう答えた音羽ちゃんは、いつも通りだ。

 違和感があると思った声も、特に変な感じはしない。

 気のせいだったか。

「熱、どうです?」

「あぁ、平熱よりちょっとだけ高いくらいだから、もう大丈夫だと思う」

 音が鳴った体温計を確認し、テーブルに置く。

 やはり、薬を飲んだのが大きかったのだろうか。

 心配してきてくれた音羽ちゃんには、改めてお礼をしないといけないな。

「っと、ちょっと失礼して」

「一人でできますか?」

「だ、大丈夫だから、放っておいてくれ」

 立ち上がってトイレに入ろうとする俺を、音羽ちゃんは笑いながら見てくる。

 なにをしようとしたのか察したのなら、そこはスルーしてくれて良かったのに。

 そう思いながら俺は、トイレで一息ついた。

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